報告48 学習効果の高いノートの取り方
【1】
私は、数学のノートを開き3人に見せた。
「え?何これ?」
上野がそう言った。当然のリアクションだろう。
私のノートは、中央に長方形の枠が書かれており、その枠の中に黒板で書かれた内容がそのまま写されている。枠の外には、先生が言ったことや授業の流れ、生徒の発言などがメモしてある。
「だから、参考にならないって言ったろ。」
「北沢、このノートは何なの?」
水上が私に尋ねた。私は、正直に答えた。
「そもそも、ノートを取る目的が違うんだ。3人は、勉強のためにノートを取ってるだろ?もちろんそれは当たり前の事だ。このノートは、そんなものじゃ無い。簡単に言えば、授業の観察記録なんだ。」
「観察記録?」
大塚が言った。
「授業の分析をするのが好きなんだよ。どうしたら、成績が上がるのか、楽しい授業になるのか、わかりやすい説明が出来るのか。こういう記録を取って分析すると参考になるんだよね。(教師が授業見学をするならば、こんな記録の仕方をするといいんだよな。)」
「考えてることが違うんだな…。ところで、このノートに書いてある導入ってなんだよ?」
上野が私に聞いた。
「導入は、授業の前置きみたいなもんだ。授業ってのは、導入、展開、まとめの3つ段階に分かれるんだ。
導入では、その日の授業の目的を明確にすること、興味を持たせる事がとても大切だ。実は、授業の良し悪しのほとんどは導入で決まるんだ。だから、導入の内容はこのノートに必ず記録してあるわけだ。」
私は上野にそう答えを言った。大塚は、少し残念そうに言った。
「そんなふうにノートを取っているんだね。勉強の参考になるかと思ったけど…参考にならなそう。」
「そうだな。参考にはならないだろうな。せっかくだ、正しいノートの取り方を少し教えよう。」
【2】
「確かにノートの取り方って、インターネットとか、本とか色々紹介されているよね。でも、何が正解なんだろう?」
「まず、そこから話そうか。ノートの取り方には正解が無いが不正解はある、と俺は思っている。」
「え?それってどういう事?」
「要するに、NGなノートの取り方さえしなければ、なんでもオッケーって事だ。そもそも、ノートを取る目的は次の二つだ。
1、自分が復習をするときのための記録
2、ノートを取ることで、授業の理解や定着を助ける。
特に大切なことは二つ目の目的だな。だから、理解する気のないノートの取り方ってのは、ダメなんだよな。例えば、こんな取り方がNGだな。
1、ただ黒板の内容を写すだけ。
2、ノートを取る事に力を入れ過ぎている。
3、自分にとって見づらいノートを作る。(空白部分が少ない、変なところでページが途切れている、レイアウトがぐちゃぐちゃなど。)
3つめに関しては、すぐに改善できるだろうな。問題は、最初に言った2つだ。これは、意外とやってしまう生徒が多いんだ。」
「なるほどね。でも、黒板を写す以外特にやることなく無い?後は、先生が言った事をメモするくらいじゃん。」
「確かに、水上の言う通り、そう思うよな。そこで、さっきの俺のノートの話を思い出して欲しい。授業は、導入、展開、まとめに分かれるって言ったよな。ノートを取るときも、この3段階を意識するとだいぶ違うぞ。
まず授業の最初、つまり導入では、今日の授業の目的を明確にする事が大切だ。目的を黒板に書いてくれる先生もいるが、そのまま写すよりも、自分の言葉で自分がわかるように書き換えるといいだろうな。その授業では、どのような事を学ぶのか、何が出来るようになるのかなどを、必ず記録しておくんだ。
次に展開。これは、導入で触れた授業の目的を解決するためのステップになる。最初に記録した授業の目的を確認しながら、意識して写すとだいぶ違うぞ。ちゃんと、目的を解決しているようなノートになるように、ノート作りをするといいだろう。
最後に授業のまとめだな。ここでは、ノートの内容を簡単にまとめて書くと良い。その時に、そのまとめの内容が、最初に書いた目的に合っているかも確認しよう。
この3段階でノートを取るだけでかなり、学習効率は変わると思うぞ。もちろん、プリントで授業する先生もいるし、導入、展開、まとめのステップを踏まない授業(例えば、問題演習とか今までの内容の総復習など)もあるから、一概に言えないけどな。中学校の授業は基本的に、これで行ける。」
「へー。そんなもんかね?でもさ、目的を意識するだけでそんなに変わるもんなの?」
「そうだな、具体的にどのくらいとは言えないが、目的を意識すると、知識を覚えやすくなる事が一つ。そして、目的を意識する事で、その知識を正しく使うトレーニングが出来るんだよ。」
「ん?どういうこと?」
「例えば、英語の文法問題について考えてみようか。文法の問題集って上に、タイトル書いてあるよな?例えば!〝現在完了形〟とか。だから、その問題を解くときに、どの文法知識を使えばいいのか、簡単に分かってしまう。でもこれが入試問題、つまり何の文法を使えばいいのか、分からなくなった途端に解けなくなってしまう中学生も多い。そんな経験、上野はあるんじゃないか?」
「確かに、何をすればいいか分からないから地獄だわ。」
「これは、問題文を見て、何の文法の問題なのかを、〝連想〟出来ていないことが原因なんだ。そして、このように、ある情報から別の情報を連想する知識の構造を認知心理学では〝スキーマ〟って言うんだ。
話を戻すと、このノートの取り方は、有用なスキーマを構成する手助けになる。なぜなら、常に授業の目的を意識するわけだから、授業で出てきた用語や公式をその目的とつなぎ合わせ(連想させる)ないと行けないからな。」
「な…なんか、分からないけど、とりあえずスゴイ。」
【3】
私が3人に、ノートについて説明していると、教室の扉が開く音がした。どうやら、もう帰りの会の時間らしい。北野が教室に入ると同時に皆、速やかに席についた。普段なら、すぐに教卓の前に移動するのだが、彼女の足は、私の机の前で止まっている。私は、そのとき、先ほど3人に見せていた数学のノートが、机の上に開いたままおかれていた事に気がついた。そして、北野は私の数学のノートを取り上げ、私に言った。
「北沢くん。他の教科のノートも全部出しなさい!」
私には、彼女の意図がわかりかねていた。そのため、思わず言ってしまった。
「家に帰って復習したいのですが。」
「いいから出しなさい!!」
結局、私のノートは北野に持っていかれてしまった。なぜ、あそこまで彼女が怒ったのか、その原因に気づいたのは、次の日の事だった。




