表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/135

報告44 初めての接触

【1】


 その日は、まだ日が上らない時刻に目を覚ました。いや、正確にはただ目を瞑っていただけで、眠れてなどいなかった。私は身体を起こし自身の両手を見た。やはり、震えている。今日は、大崎くんに初めて接触をする。もちろん状況が違うことは、わかっている。たが、どうしても私が、かつて担当した不登校の生徒のことが、頭をよぎってしまう。私には、彼の一件を飛田に任せると言う選択もあった。しかし、どうにも放っておく事が出来なかった。それは、過去の過ちを精算したいと言う気持ちもあったのかも知れない。私は、重い腰を上げ家を出た。



【2】


 家を出た私は、近くの公園で大崎が家から出るまで待ち伏せしていた。7時を過ぎたあたりだろうか、学校の制服を着た大崎が姿を表した。おそらく、学校に登校するフリだけしているのだろう。しばらくの間、人気のない場所で時間を潰すはずだ。私は、しばらく彼の様子を遠目で見ながら後をつけた。当の本人は、私には気付かず、公園の中のベンチに腰掛けスマートフォンをいじり始めた。さて、どうやって接触しようか…。しかし、そんな事考えたところでどうにもなるまい。とにかく行動あるのみだ。私は、彼の元に近づき声をかけた。


「君、うちの学校の生徒なの?」


私は、とぼけたふりをしながら大崎に行った。返事など返ってこないだろうと思っていたが、意外にも彼は返事をしてくれた。


「…同じ制服、たぶん同じ中学じゃないですか?というか君はだれ?」


私は、てっきり無視されてそのまま何処かに、逃げてしまうのではないかと思っていたのだが、良い意味で予想が外れたようだ。それに、受け答えもそれなりにきちんとしている。私は、彼の質問に答える。


「ああ。自己紹介をしてなかったね。悪かった。3年1組の北沢明だ。今年、転校して来たんだ。」


「北沢…?」


大崎は、スマートフォンを操作する手を止め、初めて私の顔を見た。彼は、しばらく沈黙した後に質問を続けた。


「思い出した。大塚が言ってた、とんでもなく頭のいい奴だろ?で、俺に何の用だよ?」


どうやら、クラスの何人かとは交流があるようだ。これは、クラスメイトからも情報収集が出来そうだ。まず、何よりも彼の警戒心を解くこと、味方であることを意識させる事が最優先だ。私は、彼に言った。


「今日、学校サボりたい気分でさ。暇潰してるんだよ。」


それを聞くと、彼はベンチから立ち上がり言った。


「へー。優等生でもそんな事あるんだな。それじゃ、俺と暇を潰すか?」


とりあえず作戦成功だ。


 私と大崎は、屋根のあるベンチでスマホゲームをしていた。そう提案したのは、大崎だった。ゲームセンターなどの施設を利用すると、警察に通報されてしまう可能性があることを知っているのだろう。なかなかにしたたかな中学生だ。それにしても、最近のゲームは本当に進化したものだ。マルチプレイという奴だろうか。実に面白い仕組みだ。生徒の中には、スマホゲームに飲まれてしまうものも居ると聞くが、確かにこれは良く出来ている。私がこの時代に生まれていたのなら、受験勉強も疎かになってしまったかも知れない。大崎は私に言った。


「お前、初めてにしては、上手いな。」


「そうか…。ゲームは昔よくやってたからな。(10年以上前の話だけどな!)」


「意外だな…。」


 彼とやりとりをしていると、教員一年目の頃をどうしても思い出してしまう。あの時も、不登校になっていた白河くんという生徒と、一緒に話したり、勉強したりしていた。隣でゲームをしている大崎の姿が、白河くんの姿と重なる。その度に私は、スマートフォンを強く握った。


 時間はあっという間に過ぎ、時刻は正午になろうとしていた。今日は彼とコミュニケーションを取れただけで大収穫だ。いきなり学校や塾に通わせるのも難しい。今日はこれくらいにしておくか。私は、大崎に言った。


「ふー。久々にゲームしたら疲れた。悪い、そろそろ塾行くわ。良い気分転換になった。ありがとう。」


「まだ、正午だぞ。塾まだ空いてなくね?」


「前!この近くにスーパーあったろ?」


「ああ、最近塾になった所か?」


「あの塾のオーナー俺の親なんだ。だから使い放題なんだ。鍵も持ってるしな。また学校サボりたくなったら、その時は声かけるわ。それじゃ。」


私がそう言うと、大崎は私に言った。


「なぁ、一つ聞いて良いか?」


「ん?」


「俺は、選ばれたのが自分だけじゃないと思ってずっと生きてきた。お前は、どう思うんだ?」


彼が何を言わんとしているのか。私には、さっぱりわからず、何も答えられずに立ちすくんでしまった。しばらくして大崎が言った。


「いや…何でもない。さっきのは忘れてくれ。」


そう言って彼は去っていった。



【3】


 大崎と別れた後、私は学校には行かず、わかばスクールに向かった。今日、大崎に接触してわかった事がいくつかある。一つは、あの手の生徒としては珍しく、粗暴な態度をあまり取らず、友好的に接しようとする性格であること。もう一つは、受け答えがきちんとしていることから、ある程度の学力があることが考えられた。そう考えると、彼が学校に来ない理由がなかなか読めてこない。学校に何かしらの原因があるのだろうか?はたまた家庭環境なのだろうか?


 私は、それなりの人数の生徒を今まで見て来たが、彼は何かが違う、しかしこれは、あくまでも勘だ。それにしても、接触初日は大成功と言っていいだろう。気がつけば、手の震えも消えている。私は、今日の事を記録した後、教室の清掃やら事務処理を行った。


 しばらく時間が経ち、下校してきた生徒がスクールにやってくる時間になった。私が入り口付近のパソコンで作業をしていると、大塚から私に意外な質問が飛んできた。


「北沢くん。今日学校に来ないなと思ったら、大崎くんに会ってたの!?」


「何で知ってるんだ?」


「大崎くんから連絡があって。私、もともと仲が良かったから…。とは言っても、連絡が来たの本当に久しぶりなんだけどね。北沢くんが、どんな人か聞かれたよ。」


ちょうど良い機会だ、大崎のことを聞けるチャンスかも知れない。私は、大塚に提案した。


「大塚さん。少し聞きたいことがあるんだけど、ちょっと時間もらえないかな。」


「うん。良いよ。」


私は、大塚を別の場所に案内した。場所を移すなり、大塚の方から私に質問をしてきた。


「どうして、大崎くんに会ってたの?」


「この間、夜に彼を見かけてさ。うちの学校の制服着てたから気になったんだ。それで声をかけたんだよ。大塚さんは、同じ小学校だったの?」


「うん。塾も一緒だったよ。小学校の頃は、大崎くんが一番頭良かったね。」


「去年までは学校に来てたんだよな?」


「うん。一学期まではね。でも、2年生になってから急に様子がおかしくなって。なんか、何かに怯えてるような…そんな感じ。」


「そっか…分かった。」


「北沢くんは、彼をどうするつもりなの?学校に来させるの?」


「いや、そこまでは考えてないよ。今のところはね。話をしてくれてありがとう。」


大崎が学校に来ない理由が、彼女の話からだいぶ絞れてきたような気がする。話を聞く限り、学校で、しかも在籍していたクラスに原因がある可能性が高そうだ。


これは、大変な仕事になりそうだ。


いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

感想がありましたらお待ちしております。ブックマーク、レビュー等頂けましたら嬉しいです。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ