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報告42 勉強することの意義

【1】


 飛田との進路面談を終えた私は、わかばスクールに行き、奥の事務室で事務処理を行なっていた。今までは、弟が毎日出勤して作業をしていたのだが、とりあえず塾の運営が軌道に乗ったため、別の仕事に出かけることが多くなっていた。今、私が行なっている事務処理も一時的なもので、今後は事務員を雇い、私たち兄弟の管理から独立する予定だ。それにしても、これだけの仕事量をこなしているのに、疲労感がほとんどない。中学生のスペックは、本当に計り知れないものがある。そう感じながら、仕事をしていると、桜が小さな声で私に話しかけてきた。


「北沢先生お疲れ様です。何やってるんですか?」


「ああ。お疲れ様。これは、給料の処理ですね。」


「そんな事もやってるんですね。妹から聞きました。今、妹のクラスの面談をやってるんですってね。一体どうやってそこまで話を持っていったんですか?」


「当初は、私が行う予定ではなかったんです。ここまでお膳立てをしたのは飛田先生ですよ。」


「それって、良いように使われているだけなんじゃ…。」


「私の目的は、あの子たちの成績を上げる事です。その目的と利害が、一致しているだけです。」


「どうして、給料ももらっていないのに、そんな事するんですか?」


桜のその言葉を聞いた私の手は、いつの間にか止まっていた。私は、桜の質問に少し悩んで答えた。


「どうしてなんでしょうね…。ただ、あの子たちを見ていると、なんか元気になると言うか、協力してあげたくなるというか、不思議な気持ちになるんです。」


私のこの言葉に、桜は目を丸くして言った。


「先生もそんな気持ちになるんですね。私は先生のことを誤解していたのかも知れません。教師とは思えないくらいドライな人だとずっと思っていたので。」


桜の様子を確認した後、私は再び画面に目を向けて言った。


「さっきのは、冗談です。今の中3の子たちの進学実績が、そのままこの塾の評判に直結するからです。私は、ここのオーナーなので!」


「……私の言葉返してください。」


「それに、もう一つ…。」


「なんですか?」


私は辺りを見渡し、誰もいないことを確認してから、桜に言った。


「飛田先生は、まだ何かを隠している。私がもう少し、彼の掌で転がっていれば、何かわかるかも知れない。そう思っています。」


「これが、大人の闘いというやつですか?じゃあ、最後に一つ聞いても良いですか?」


「なんでしょう?」


私はそう言いながら、デスクに置いてあったコーヒーに手をつけた。


「先生は、もしクラスの女の子から告白されたら付き合うんですか?」


「ブッ!!ゴホッ!!」


桜の質問に思わず、危うくコーヒーを、吐き出してしまうところだった。私はむせながら彼女に言った。


「なんてことを聞くんですか!」


「あれ?動揺してます?もしかして彼女とか出来たことないんですか〜?」


「その話は、やめて下さい。というか、君そんなこと言う子でしたっけ?」


「ごめんなさい。つい、からかっちゃいした。……でも、もし本当に告白されたら、どうするべきなんでしょうね。変な話してしまってすみません。妹の面談よろしくお願いします。」


そう言って、彼女は持ち場に戻っていった。


……どうやら、この件については、桜の方が一枚上手なようだ。



【2】


 次の日、また次の日と面談は順調に進み、いよいよ最後の1人が面談室に入ってきた。


「うわ!北沢がやるの!?」


そう言ったのは水上だった。なるほど、これが最後の1人、ラスボスというわけか。私は、水上に質問した。


「水上は、進路について何か決めてるのか?」


「特に決めてない。高校で部活ができればそれでいい。」


     あかんやつキター。


 だが、実際のところ、自分の進路に対して、きちんと目標を立てられる生徒は、なかなかいない。これが現実である。例えば、高校で学ぶ勉強がどれだけ役に立つというのだろうか。これを子どもに納得させられる答えを持った大人がどれくらい、いるのだろうか?そう言った今では、彼女のような生徒は普通といえば普通なのだ。私は質問の内容を変えてみることにした。


「水上は、何のために高校に行くんだ?お世辞抜きで言っていいぞ。」


「その前に、北沢はどんな理由で高校に行くの。」


私は、自分が本物の少年だった頃に抱いていた、下心を正直に言った。


「俺か?まず、高校に進学すると仕事の選択肢が増えることだな。そして、一番の目的は、遊ぶ時間と友達が欲しいからだ。そうは思わないか?」


「北沢でも、そうなんだね。なんかちょっと安心した。」


「俺も人間だからな。高校卒業と大学卒業ではつける仕事の選択肢が変わってしまう事も残念ながら事実だ。でも、就職という理由を抜きにしたとしても、勉強はしなくちゃいけないと思ってるんだ。」


「どうして?まさか、これだけのことを言っておいて、社会に出たら使うとか言わないよね?」


「確かに、社会出て役立つ事はあるかもしれない。でもそんなものは、おまけだと思う。そして、ごく稀に学校の勉強をしなくても成功する人間がいる事も事実だ。それでも、勉強が大切だと思っているのは、学校の勉強や受験勉強には、他にはない性質があるからだ。」


「なに?その性質って?」


「今、俺たちがやっている勉強は、努力をした評価が分かりやすいという性質をもつんだ。」


「ん?…ん?」


水上は首を傾げた。


「例えば、会社員になった時のことを考えてみよう。きっと上司は、仕事の良し悪しを評価してくれるだろう。でも、それは点数にならないし、成長したことをどれだけ具体的に評価出来るだろう?」


「そんなの無理じゃん。」


「その通り。次に、バドミントンを例にしてみようか。水上は、努力してそこそこ強くなったけど、努力しても試合で1度も勝てないやつっているよな?それは何でだ?」


「うーん。才能が無いから?」


「それは、参加者が少ないからだ。もし全国の中学生全員が集まって、バドミントン の大会を開いたら、そんな奴でもそこそこ結果は、出せるだろうな。」


「でも、そんなこと出来るわけないじゃん。」


「でも、それをやっているのが学校の勉強だ。確かに学校によって学力に差がある、テストの問題も違うだろう。でも、国が決めた基準で授業は行われる。そんな差は微々たるものだ。つまり、よっぽどのことがない限り、勉強は適切に努力をすれば、その分だけ結果が付いてくるんだ。」


「ふーん…。で、それが勉強をしなくちゃいけない理由と何の関係があるの?」


「理由は、自分の努力に対してどれくらい評価が返ってくるのかを体験出来るからだ。別に、順位を気にするとか、満点を取るとかそういうことじゃないんだ。目標を立ててきちんと努力し、点数や評定という形で評価をもらうこと。そうすれば、自分はどんな努力をしたらどんな評価をもらえるのか?これを体感する事ができるんだ。」


「それは、大切な事なの?」


「とても大切だ。幸せになりたい、楽しく生きたい。その為には、どこかで目標を立てて行動しないといけない。どこかで必ず競争が発生する。

 勉強で努力し評価をもらう体験を積み重ねた人間は、そう言った場面でも、きちんと一歩を踏み出せるんだ。よく聞くだろ?俺は、本気を出せば何でもできる、なんとかなる。って言ってる何もしないやつとか、受験や就職活動に少し失敗しただけで、絶望して何も出来なくなるやつとか。(流石に大失敗をしたら誰でもへこむだろうが)」


「うーん…。」


「一概には言えないが、彼らは、努力と評価をもらう機会が足りなかったんだと思う。本当は、学校で学んだ教養が社会人になって役立つ事は言うまでもないんだろうな。でもそれは、まだ分からなくていい。ただ、努力をして数字で評価をもらって喜ぶ、褒めてもらう、失敗したなら悔しい思いをする。それを今のうちに積み重ねる事が一番大切なんだと思う。」


「うん…。そこまで言うなら、辛いけど頑張ります。」


「それじゃ、まずやらないといけないのは、水上に見合った目標を設定すること。それが志望校選びだ。最後にはなるけど、努力は幸せのためにするものだと俺は思う。だから、その目標を叶えられる高校をきちんと考えて探すんだ。」


「幸せのために努力するか…。恋愛でも、努力が足りないのかな…。」


「ん?なんかいったか?」


「な!何でもない!!」






いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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