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報告41 北沢明の面談記録

【1】


 私と飛田は、応接室に入り席についた。反対側には、私のかつての部下が座っていた。飛田は、彼に話しかけた。


「引き止めてしまって、申し訳ないですね池上先生。ちょうど御校の入学を志望している生徒がいましてね。少しお話が出来ればと思ったのですが。」


 池上は、私がかつて青葉学園に勤務していたときの部下だ。私の勤務校では、進路指導という部署があり、数名のチームで仕事をこなしていた。彼はそのチームに所属していたメンバーの1人だ。私が中学生になったあの日、居酒屋で話しかけてきた若者が彼である。まだまだ、若者言葉も抜けず心配な所もあるのだが、まさかこんなところで再開するとは。(せっかくだ。色々と聞いてやろうじゃないか。)私は、そう思いながら、池上に挨拶をした。


「はじめまして。北沢明と申します。お忙しいのに呼び止めてしまって申し訳ありません。ぜひ、御校についてお聞かせください。」


池上は私の名前を聞いて、一瞬怯んだそぶりを見せたものの、すぐに持ち直し返事をした。


「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。青葉学園の池上の申します。なんでも聞いてくださいね。」


「まず、大学受験に向けた学校の取り組みについて聞きたいのですが…。」


 彼は、私の質問に対して完璧に答えていった。彼を進路指導に引き込んだ理由は、進路指導の知識があるからとか、授業が上手いからとかそう言った理由ではない。彼は、コミュニケーション能力、特に渉外能力が、ずば抜けて高かったのだ。私は、その能力を買い。部下として、引き込んで育てようと思っていたのだが、こうしてみると本当に説明が上手い。そう感心していると、飛田がある質問をぶつけてきた。


「そう言えば、池上先生は進路指導をご担当されているのですね。そちらの仕事も、忙しいのではないのですか」


「そうなんですよ。前の上司がとんでもなく厳しくて、一時は死ぬかと思いました。それだけ真剣に進路指導やってるってことなんですけどね…。」


「そうですか、それは大変ですね。」


飛田は若干笑いを堪えながらむせていた。なんて事を聞くんだこの男は。私は、少しむくれながら、池上の方を見ると、彼は話を続けた。


「確かに、厳しい方でしたが、心強い味方でしたし、安心して仕事をすることが出来ましたよ。」


「そうですか、御校には本当に良い先生が居るのですね」


飛田はそう言いながら、私の方をチラリと見た。


     こっちを見るなよ…。


「もうすぐ昼休みが、終わりますね。今日はこの辺で失礼します。わざわざお話し頂きありがとうございました。」


飛田はそう言って、池上を見送った。



【2】


 放課後になり、飛田は昨日と同じような手口で、生徒を私が待機している面談室に次々と送り込んでいった。何人かの面談を終えた後、昨日同様に飛田が面談室に入ってきた。いよいよ、私が面談を受ける番になったのだ。飛田は、開口一番に質問をぶつけてきた。


「それじゃ北沢さん。今後の進路について聞こうじゃないですか?」


私は、昨日考えに考えたその結果を飛田にぶつけた。


「決められませんでした。私には、やってみたいことが山ほどあります。だから、今私がやるべきことに全力で取り組む。それだけです。本来、受験勉強で割かなくてはいけない時間は私には、ありませんから。」


飛田は少し残念そうな顔をしていった。


「そうですか。面白い答えを期待していたんですけどね。それでは、質問を変えましょう。あなたは、なぜ教師になったのですか?」


「大した理由は、ありませんよ。初めは、研究職を目指していましたし、それに挫折して、それでも物理からは離れたくない気持ちが若干あったのかもしれません。正直なところ何となくですよ。ただ、学校でさまざまな取り組みに挑戦するうち、新しい価値を生み出すことに喜びを見出すようになりましたけどね。」


「そうですか。では、教師をしていて感動したことはありましたか?」


「やはり一番は、苦楽を共にした仲間と共に結果を出した事ですね。進学実績のノルマを達成して、生徒数が増えたときは本当に仲間と喜びましたし、もう一度味わいたいですね。」


「もう一度学校の教員を目指したいと思いますか?」


「そうですね。その点は悩んでいます。」


「北沢さん…それで本当に満足していますか?」


「満足してるかですか…。」


「確かに、他の教職員と協力して目標を達成すること。これは、確かに感動することでしょう。でも、この仕事の本当の魅力にあなたは気付いていますか?いや…」


「気づいていないフリをしていませんか!?」


「どういう意味でしょう?」


「あなたは、一番大切なものに向き合っていないのでは無いですか?

もっとはっきり言いましょう。あなたの口から生徒という言葉が、一度も出てきてないことに気づいていますか?」


「………そんな事は、わかっていますよ。」


私は少し沈黙した後に話を続けた。


「体罰、モンスターペアレント、不登校、非行、いじめ、暴力行為、インターネットの誹謗中傷。本当に学校は問題が山積みです。教師のちょっとした判断ミスが、取り返しのつかない事態を招く事だってある。だから、私たちは冷静に判断し行動することが求められます。そのためにある程度、感情を押し殺さなければ、やっていけないのがこの業界です。それが現実です。


 だが、かつての私にはそれが出来ずにとんでもない過ちを犯した!


だから、がむしゃらに勉強をした、仕事をした、我慢し努力してきた、誰よりも学び続けた!同じ過ちをしない為に!!今の私があるのもその努力の積み重ねです。」


 こんなに強く言ったのは、本当に久しぶりだ、もしかしたら初めてかも知れない。そんな剣幕で飛田に私は迫ってしまった。飛田は、静かに口を開いていった。


「すみませんね、北沢さん。別に悪い事を言うつもりは無いんです。あなたは、とても優秀な教師だと私は思っています。本当にお世辞抜きです。ただ、それ以上に悲しい方だと思います。

 

 私はね。あなたが中学生に戻った事は、神様があなたに与えた救いだと思っています。どうか、あの子たちと大切な時間を過ごして下さい。今は、大切なものと向き合えるとても良い時間を過ごせると思います。


 もう、いい時間ですね。今日のところは引き上げましょう。今日は、ありがとうございました。今後も引き続きよろしくお願いします。」


「いえ、こちらこそありがとうございました。」


いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

感想がありましたらお待ちしております。ブックマーク、レビュー等頂けましたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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