報告40 将来を考えることの意義
【1】
大塚の面談を終えたあとも、私は引き続き面談を続けた。5、6人は面談しただろうか。時計の針は6時になっていた。もう、今日の分は終いだろう。そう思ったその時、飛田が部屋の中に入ってきた。飛田は、椅子に座るなり私に声をかけてきた。
「北沢さん、お疲れ様。どうだい?久々の面談は。」
「高校での勤務ばかりでしたからね。なかなか新鮮でしたよ。それよりも、ずいぶん強引に面談セッティングしましたね。よく生徒も信じて受けてくれましたよ、まったく…。」
「まあまあ、いいじゃないですか。上手くいったんだし。この調子で明日も頼みますよ。」
「もちろんです。それから、今日の面談の内容についての報告は、今しましょうか?それとも、書類にまとめて提出しましょうか?」
「いえ。その必要はありません。この件は、全て北沢さんに一任します。」
「分かりました。最後に一つ聞いてもいいですか?」
私は、この面談を行うことに関して、不安になっていることを、飛田に尋ねた。
「この面談が北野先生に知れた時に、彼女は黙っていないと思うのですが、その点については策はあるのでしょうか?」
飛田は、笑顔で答えた。
「一つ、作戦があります。」
「作戦?」
「成り行きまかせ大作戦です!」
おぃぃぃぃぃぃぃ!!!
「さて、冗談はこれくらいにして、本題に移りますか。」
飛田は、少し前のめりになって私に言った。
「…。一体何です?」
私は、彼が何を考えているのかを読み切れないでいた。
「あなたの進路面談をしないといけませんね。」
彼の返答は、私にとっては、つまらないものであった。そのためか、私は少しドライに返答をした。
「それは、必要ですか?それこそ、北野先生との面談だけで良い気がしますが。」
「いえ、せっかくの機会です。あなたのような経緯を持った人間が、今後何を志すのか、どんな答えを出すのか。気になるじゃないですか。」
「別に構いませんが…。私を使って楽しんでないですか!?」
「まあまあ、そう言わないで。明日まで時間をあげます。たまには、自分の将来を考えてみるのも悪くはないでしょう?明日の生徒面談が終わったら、またこの部屋に来ますから、そこで面談を行いましょう。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
【2】
学校を出た私は、歩きながら自身の面談のことを考えていた。私は、行き詰まると歩きながら考える事が、昔からの習慣になっていた。こうすると、自然にアイデアが浮かんでくるものだ。それにしても、中学卒業後の進路については、ずいぶん保留にしていた問題だった。
このまま、塾を増やして経営者になるのも面白いかも知れない。いや、いっそのことインターナショナルスクールにでも通って、海外の大学にでも行ってみるか…。いやいや、大学で1度挫折した物理の研究に、もう一度取り組むのも良いかも知れない。最近では、国内でも飛び級入学を行う大学が見られるようになった。時間はたっぷりあるだろう。
いや、本当に時間はあるのだろうか?私の体は、分からないことだらけだ。いつ、何が起こってもおかしくない。しかし、だからといって将来の事を悲観的に考えるのも合理性に欠けてしまうな。様々な考えが頭の中で何度も駆け巡った。それこそ、周囲の景色を認識することを忘れるくらいに。そして、気がつけば…。
「ああ…やってしまった。」
私は、自宅を通り越して数駅先の町まで、歩いてしまっていた。私は、考えにふけると、時たま歩きすぎて関係のない場所に行ってしまう事がある。私は、スマートフォンを開き現在地を確認した。
「ここは…。」
そこは、ちょうど例の神社の近くだった。自分で歩いたとはいえ、またここに来てしまうとは、もはや神の力をも感じる。私は、せっかくだと思い、例の神社に立ち寄ることにした。
【3】
神社の境内は、相変わらずいつもと変わらない雰囲気だ。私は、賽銭を投げ入れ二拍一礼した後、近くの自動販売機でコーヒーを買い、境内近くのベンチに腰掛けながら夜空を眺めた。しばらく座り込んでいると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「北沢先生?何してるんですか?」
声の主は桜だった。
「いや、散歩していただけです。水上さんは、どうしてここに?」
「この神社には、定期的に来るんです。願い事が叶うって噂が前からあって。それに、先生のこともあったので、やっぱりこの神社は本物かなと。」
「一体何をお願いしているのですか?もしかして、私のように中学生に戻る気ですか?」
「しませんよ!そんなお願い!!」
「冗談ですよ。…水上さん、あなたは人生をやり直せるとしたら、何をしますか?」
「どうしたんですか?いきなり。悩み事ですか?」
「まあ、そんな所です。」
「そうですね…。私は、結局教師を目指すために進学すると思います。今まで、ベストを尽くしてきた結果がこれですし、それは、やり直したところで変わらないと思います。」
「そうですか…。ベストを尽くす、ですか。」
【4】
次の日、私は昼休みに飛田に呼び出された。私の面談は放課後のはずなのだが…。私は、飛田に言われた通り応接室に向かった。飛田は、応接室前に私がたどり着く前に扉の前で待っていた。
「悪いね、北沢さん。急に呼び出して。」
「どうしたのですか?面談の時間の変更でしょうか?」
「そうじゃないんだ。ちょっとお客さんが来ててね。今、応接室で待たせているんだ。ほら、私立の先生たちってこの時期に、学校訪問があるでしょ?」
学校訪問は、私立学校で広報活動の一環としてよく行われるものだ。一部の私立では、生徒を確保するために、パンフレットやらポスターやらを公立中学校に持っていき挨拶しに行く業務が存在するのだ。私も昔は、汗水垂らして配っていたものだ。
私は、飛田がなぜ私を呼び出したのか大方予想がついた。
「今、青葉学園の先生が来ているんだけどさ。北沢さん話ししたいかなって思って。」
そう言って、飛田は名刺を私に渡した。そこには、池上という名前が書かれていた。この名前には見覚えのある。たぶんあいつだ。
「そうですね。彼とは久々に話したいですね。仕事ぶりも確認したいですし。」
「じゃ、行きましょうか。ちなみに、どんな関係だったんですか?」
「ざっくり言うと、私の部下です。」
「それは、楽しみですね。」
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