報告35 非行グループの調査方法
【1】
次の日の放課後、私は飛田に生徒指導室で密談をしていた。生徒指導室は、他の教員や生徒から会話が聞かれることもない。話すならピッタリの場所だ。私と飛田は、ここで昨日の、進路面談の件について、話をしていた。
「北沢さん。生徒の進路面談の件、引き受けてくれますか?」
「構いませんが、生徒が納得して面談を受けてくれるように、ちゃんとフォローして下さいね。」
「もちろんです。最善を尽くすとしましょう。」
結局、生徒との進路面談は、私が行うということで落ち着いた。
「それから、本件とは関係無いのですが、一つお願いがあります。」
私は、昨日の公園で起こった出来事を確認するために飛田に聞いた。
「何ですか?」
「生徒の顔写真と名前を記録した台帳を見せてもらえませんか?」
「写真台帳ですか?どうして急に…。」
私は、昨日公園で起こった出来事を飛田に説明した。
「昨日、中高生のグループに遭ったんです。彼らの身なりから、おそらく何校かの高校生と中学生が集まって出来た、非行グループだと思われます。その中に、うちの中学の制服を着ている人間がいたんです。」
「本当に!?ちょっと待っててね!すぐに持ってくるから!!」
飛田は、そう言うと職員室に台帳を取りに行った。
私は、非行グループの中にいた、生徒に心当たりがあった。非行グループに居たメンバーに、誰一人見覚えのある者は居なかった。にも関わらず、自分と同じ制服を着ている生徒がいた。この事から考えられる可能性は2つだ。一つは、本校の卒業生である可能性。そしてもう一つは…。
本校の不登校の生徒である可能性だ。うちの学校で不登校になっている生徒が1名だけいる。しかも、私の所属しているクラスだ。私は、自分のクラスで不登校になっているその生徒が、非行グループに関わっているのではないかと睨んでいた。
しばらくすると、飛田は写真台帳を持ってきた。
「どうぞ。今年度の生徒分です。」
私は、すぐに自分のクラス全員の写真をチェックした。残念ながら、私の予想は当たってしまったようだ。私が抱いた残念な気持ちは、声となって微かに開いた口から漏れ出していた。
「残念ながら居ますね…。」
私は、大崎保久と記載されている顔写真に指を指していた。飛田は、分かっていたかのように、言った。
「彼ですか……。」
「先生も心当たりが、あるようですね。どんな生徒ですか?」
飛田は、大崎について話し始めた。
「彼が学校に来なくなったのは、去年の夏休みが明けた頃でしたね。まず、学校が把握している範囲では、いじめなどの人間関係のトラブルはありません。家庭環境も、特に特筆すべき点はありません。学習面も特に問題はありませんね。むしろ成績は優秀な方です。」
「彼が不登校になったきっかけは、あったのですか?」
「こちらでは把握出来ていません。ただ、他校の生徒と交友関係にあったことは、前々から知っていました。夏休みに入り、他校の生徒とよく遊ぶようになったと報告も聞いています。その報告を担任から受けた後ぐらいですね、来なくなったのは。
ところで、北沢さん。この話を聞いてあなたはどうするつもりですか?」
「そうですね。できることなら、わかばスクールにだけ通わせようかなと。とりあえず、彼の生活を改善させます!」
私は、さも当然だと言わんばかりに返事をした。対して、飛田は私に対して、厳しく尋ねた。
「北沢さん。公立中学校では、時たまこのような問題が起こります。私立でも起こるでしょうが、その場合、退学にしてしまうでしょう?つまり、あなたが経験したことのない指導と言う事になります。この手の問題は、闇が深いですよ。それに、あなたには、私たちに指導を任せると言う手もあります。それに、大崎とは全く面識がないでしょう。あなたが、彼を更生させる道義がないように思えるのですが。」
飛田から、そう言われる事は予想できた。確かに彼の言う通り、この手の生徒指導は、私立の教員には無縁だ。かつての私なら、報告だけして後は放置していたかもしれない。だが、今はそんな気分になれない。私は飛田に言った。
「もちろん、先生方に指導はお願いしますが、私にも手伝わせて欲しい。それだけです。」
私の言葉を聞いた、飛田の表情は少し穏やかになった。彼は、分かっていたかのように言った。
「そうですか。まず、北沢さんの意見を聞きたいですね。何から始めましょうか?」
「まずは、事実確認からですね。彼がどんなことをして過ごしているのか。その後は、彼に接触を試みてみます。少し時間はかかるとは思いますが…。」
「そうですね。あなたには、直接生徒として接触すると言う、最強のカードがありますからね。まずは、お互いに情報収集と行きましょうか。」
「では、私は彼を探してきます。」
そう言って私は、部屋を出た。
「だいぶ、戻ってきましたね…あの頃に。でも、ここからが本番ですよ…。」
【2】
学校を出た私は、わかばスクールの会議室で、弟に昨日の出来事と、今日、飛田と話した内容について話していた。
「それにしても兄さん。また、また随分な厄介事に首を突っ込んだね。でも、非行グループなんて指導したことないんでしょ?」
「そりゃ、私立の教員だったから、あんまり縁が無かったな。そんなやつ、私立なら速攻で退学だからな。だが、私には2つの強力な武器がある。一つは、私が中学生であることだ。この立場で相手に接触できるアドバンテージは大きい。まずは、接点を持って信頼を勝ち取る。」
「それで、もう一つの武器は?」
「もう一つは、財力と人脈だ。永、お前が時々利用している探偵を紹介してくれないか?彼に、大崎くんの行動を記録してもらい情報を収集する。」
「教員なら一発アウトなやり方だね。いいよ、紹介してあげる。」
「いつも、済まないな。ところで、何でお前は、探偵にどんな事を依頼しているんだ?」
「それは…秘密だよ。あ!そうだ!兄さんに言っておかないといけない事があったんだ。」
「な…なんだよ?」
「その探偵の人から連絡があってね。兄さんの事を調べている人が居るみたいだよ。依頼主は教えてくれなかったけど。」
「そうか…。まぁ、私は正体を隠しているわけでもないし、面倒くさいことにならなければ、それで良いのだがな。」
「うん。とにかく、誰が依頼したかも分からないし、用心に越した事はないよ。兄さん。」
永が、「兄さん」と言ったその時だった。突然、会議室の扉が開き、一人の講師が入ってきた。その講師は、驚いたように言った。
「塾長!お兄さん…北沢先生を見つけたのですか!!?」
その講師は、桜だった。桜は、会議室に居る人物が、私と永だけである状況を見ると、状況を理解できないのか固まってしまった。弟が、桜に聞いた。
「水上先生、どうしたのですか?ここに兄は居ませんが…。」
「いや、会議室の会話少し聞こえていたので…。あの、一体どう言う事か、説明してもらっても良いですか?」
永は、しどろもどろになりながら言い訳を探した。
「いや、兄さんが見つかってさ。電話で話をしてたんだよ。」
しかし、弟の嘘は、簡単に見抜かれてしまう。
「でも、塾長のデスクにスマホ置いてありましたけど!」
「と…とにかく、水上先生、これから授業でしょ。時間作るから、授業が終わってからお話ししませんか?」
弟が、桜に提案した。桜は、まだ納得していない様子ではあったが、弟の提案を飲んだ。
「分かりました。授業に行ってきます。」
そう言って桜は、会議室の扉を静かに閉めた。弟は、私と目を合わせ言った。
「兄さん…これって。」
「ああ…。」
「面倒くさいことになったな…。」
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