報告34 飛田領の行動記録
【1】
桜の尋問から逃げた私は、スマートフォンを操作し、弟に電話をかけた。今日、弟は飛田と臨時で会議を行っていた。その内容が、私にはどうしても気になったのだ。弟は、そこで何があったのかを私に報告してくれた。
「あ、兄さん。そっちは大丈夫だった?」
「ああ、とりあえず問題ないが、そっちはどうだった?」
「うん。とりあえず進路面談を兄さんにやって欲しいって言ってたよ。」
「ああ。私もそれは直接頼まれた。それにしても、彼は何を考えているんだ。進路指導が充実した仕組みを作る方が遥かに合理的だというのに…。と言うか、俺が面談するのどうやったって無理だろ。」
「兄さんしか信じていないんじゃないかな。」
「…そんなものか。永、後は何か言っていたか?」
「うん。あと、講師を使うのもいいんだけど、兄さんにも講師をして欲しいって。」
「どうやってだよ。生徒は納得しないぞ。」
「飛田先生が学校で宣伝しまくるって。ずいぶん、がむしゃらなこと言ってたよ。」
「なんか、北野に目をつけられそうだなそれ。で、お前はなんて言ったんだ?」
「僕も、兄さん一人よりも、講師を使って全員で支援した方が良いと思ったんだけどさ。でも、飛田先生は出来るだけ指導を兄さんにやって欲しいってずっと言ってたね。流石に、あそこまで言われちゃうとね。とにかく進路面談は、兄さんがやるしか、ないんじゃない?とりあえず自分のクラスは。」
弟の様子に違和感を覚えた私は、問いただそうと言った。
「永、飛田に何を言われたんだ?何か隠してないか?」
「いいや、そんなことはないよ。あと兄さん、今日の食事の約束だけど、キャンセルしていいかな。」
「どうした?」
「もう少し、飛田先生を説得してみるよ。」
「そうか…分かった。」
私は、電話を切った。電話越しで確信は持てないが、飛田と弟が何かを企んでいる、とまでは言わないが、私の知らない何かを共有しているように感じられた。気になって仕方がないが、いずれ分かることだろう。私は、夕飯の買い出しのために商店街へと向かった。
【2】
私は、夕食の買い出しのために、駅前のスーパーに立ち寄った。ここは、この地域のスーパーの中でも比較的値段が高い事で知られており、肉などの質が良い。歩に落ちない事が続いたので、少し良いものを食べようと思ったからだ。精肉売り場で肉を選んでいると、私の背後に気配を感じた。私が背後を向くと、そこには水上が、こまった様子で声をかけてきた。
「北沢、助けて…。」
「え!?何!?」
「ズッキーニって何?」
「……………お前マジか。店員に聞けよ。ネット使えよ。」
「…ハッ!その手があった!!」
どうやら、分からない食材があり、20分近く彷徨っていたらしい。だが、こう言った生徒は、意外と珍しくない。地域によっては、電車の乗り方を知らない中学生も実はいたりする。私は、水上の買い物を手伝う事にした。水上が見つけられなかった商品をものの数分で見つけていく。
「北沢、あんたは何でも出来るの?欠点とかないの!?」
「自分で料理していれば、誰でも出来るようになるさ。で、次が最後か?」
「うん。えーっと…何これ?キヌア?」
「キヌアか?たぶんこのスーパーに売ってないぞ。」
「え!?うそ!!?」
というか、中学生にキヌア買ってこいって鬼畜なのか?スーパーじゃ手に入らないだろこんなもん。
「とりあえず会計を済ませて、次の店に移動するぞ。」
私たちは、会計を済ませて、別の店へと移動した。次に向かった店の前で、水上は私に言った。
「北沢、ここコーヒーショップだよ。こんなところに売ってるの?もしかしてキヌアってコーヒーなの?」
「いや、キヌアは穀物だ。ここのコーヒーショップには、海外の食品がひと通り取り揃えてある。俺も結構お世話になってる。」
「そうなの?っていうかこんなところで何を買うのよ?」
「たぶん言っても分からないと思うぞ…。」
キヌアを無事に買い終えた、私たちは、商店街を歩いていた。水上が私に話しかけた。
「で?北沢は何を買ったの?」
「MCTオイル」
「は?」
「なんか、体にいいらしいぞ。」
「説明めんどくさいから、わざと適当言ってるでしょ!」
「なんだ、バレたか。すまん、そこの肉屋に寄っていいか?」
「いいけど、なんでさっきのスーパーで買わなかったの。」
「いい肉なくてさ。それに肉屋の方が、質が良くて安い肉、手に入ることもあるし。」
「もう、主婦じゃん。」
そんな会話をしながら、私たちは、肉屋で素早く買い物を済ませた。私は会計の際に店員に言った。
「あ、あとコロッケ2つ下さい」
私は、肉とコロッケを受け取り、一つを水上に渡した。
「はいこれ、肉屋の買い物に付き合ってくれた礼だ。」
「え?いいの?」
水上は嬉しそうにコロッケを受け取った。この子は、実に分かりやすい反応をするものだな。
店を出た私たちは、コロッケを食べながら、帰路についた。隣では水上がリスのように、もしゃもしゃとコロッケを食べていた。ちょっと愛らしい。水上は、コロッケを完食し終わると私に礼を行った。
「今日はありがとう。あのままだと、絶対買い物出来なかった。」
「そうか。それはよかった。」
「あのね。北沢。」
「なんだ。」
「今更なんだけど、連絡先交換しない?」
「あー。そう言えば、してなかったな。でも何で今更…」
「べ…別にいいでしょ!それに数学の質問したいし。」
「そうか。それもそうだな。」
私は、水上と連絡先を今更ながらに交換した。その時の彼女の嬉しそうな様子は、こちらにも伝わってきた。
なんだろう、これが中学生の青春なんだろうか…。
ふっ…柄にもないか。私たちは、公園に面した交差点のところで立ち止まった。水上は私に言った。
「じゃ、私こっちだから。今日はありがと。」
「公園の中を通るのか?最近物騒だと聞くが…。」
「大丈夫でしょ!じゃ!」
そう言って水上は、公園の中に消えていった。この公園は、木々が生い茂っており中はあまり見えないのだが…。心配だ、少しだけ、様子を見ておくか。
【3】
公園の中に入って辺りを確認すると、中高生と思われる人影を数人確認できた。最悪な事に、その人影は、水上の動きに合わせて移動していた。彼らは小声で合図を出した。
「次はあいつにするか。」
「よし、いくか!」
「楽しそうだな!どこに行くんだ?」
私は背後から中高生のグループに声をかけた。彼らは誰も、私に気がつかなかったようで、驚いた様子で私の姿を確認した。これでもう、水上には追いつけないだろう。さて、逃げるか!面倒だし。
私は全力疾走でその場から立ち去った。途中まで、追いかけられていたが、私に体力があった事や隠れる場所が多かったこともあり難なく逃げ切れた。しかしながら、一点気になる事があった。
先ほどのグループの中に、自分と同じ学校の制服を着ていた者がいたのだ。
いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想がありましたらお待ちしております。ブックマーク、レビュー等頂けましたら嬉しいです。よろしくお願いします。