報告32 電子黒板のすすめ
次の日の放課後、私は、電子黒板教室のパソコンを起動させていた。今日は、飛田に電子黒板の使い方や活用法を教えることになっていた。しばらくして、飛田が教室にやってきた。
「いや…お待たせしまいましたね。申し訳ない。」
「いいえ、構いませんよ。それでは始めましょうか。私が説明するのは、あくまでも活用法についてです。操作は出来ますよね。」
「ええ。問題ありません。」
私は飛田に説明を始めた。
「はじめに、電子黒板を使う意義を理解していない人が非常に多いです。例えば、授業の全てを電子黒板で行おうとしたり、全く使わなかったり、結局効果が無いのです。その人たちは、根本が抜けています。」
「ほう。何が抜けているのですか?」
「この手の先生たちは、授業内での生徒の生産性を全く意識していないんです。授業内で生徒がどれだけ内容を理解できるのか、どこまで学習内容を進められたのか。そして、これらを向上させようとする意識がありません。電子黒板は、あくまでも生徒の生産性を向上させるための物なのです。」
「なるほど。で!その生産性を向上させるにはどうすれば良いのですか?」
「最も簡単な事は、無駄な時間の削減です。例えば、これは私が授業で使っていたプリントです。」
そう言って私は、電子黒板に授業プリントを投影させた。
「このように、生徒に配った授業プリントをそのまま電子黒板に映して、直接書き込みます。簡単でしょ?」
「こんな簡単な事で、効果が出るのですか?」
「この手法で得られる効果は3つです。
一つは、生徒がプリントを正確に記入できるようになります。学力に課題のある生徒は、プリントの穴埋めも間違える事がよくありますが、このように、プリントを映して直接書き込めば、そのミスも激減します。
2つ目は、生徒のストレスの減少です。生徒にかかる負担を減らせば、その分、集中が持続しやすいです。例えば、数学ならば、問題演習の際に問題文などを電子黒板に映しておくのも手でしょう。あの狭い机で、教科書を開きながらノートに計算するのは、意外と煩わしいですからね。これだけでも、かなり生徒の取り組み方が変わりますよ。
3つ目は、何といっても時間短縮です。私も、板書から電子黒板に切り替えてから説明のスピードが概ね3倍〜5倍程度になりました。浮いた時間は、問題演習、グループワーク、実験など様々なことに使えるわけです。」
「確かに、簡単だしメリットがありそうですね。」
「これは、電子黒板の活用例の中でも最も簡単で高い効果が期待出来る例ですが、もちろん活用例はまだまだあります。ですが、他の先生方が納得して使ってくれるには、この活用法から始めるのが良いかと思います。後は、5教科の活用例を、まとめたものを資料にしておきました。このCDにデータが入っていますので使ってください。」
「ありがとう助かったよ。それから、もう一つ頼んでもいいかな?」
私は、機材を片付けながら返事をした。
「何でしょう?」
「学年の子たちの進路面談をお願いできないかな?」
彼のこの要求は、私も想定済みだった。進路の確認することや、進路について生徒、保護者と話し合うことは、偏差値を向上させることよりも遥かに重要といえる。私は当然、準備をしていた。
「その点は大丈夫です。わかばスクールの講師に研修をしているところですので、適切に指導できると思いますよ。」
私は自信満々に答えた。ところが、飛田の反応は微妙なものだった。
「そうですか…。講師の方にやってもらうんですね。」
「ええ。私はあくまで、仕組みを作っているだけなので。」
「そうですか。それで、本当に満足なのですか?」
私は、飛田の反応に疑問を抱き、彼に尋ねた。
「何が言いたいんですか?」
「北沢さん。あなたは、教師にとって何が一番大切だと考えていますか?」
「それは、コミュニケーションとコラボレーションですかね。」
「なぜ、そう思うのですか?」
「この2つが、学校に新しい価値やシステム、組織を作るからです。」
「なるほど…確かにそうですね。教員みんなが、そうなればもっと素晴らしい組織や仕組みが出来るかもしれないですね。ですが…。北沢さん!あなたは、何か大切なものを見失っていませんか?」
私は彼が言わんとしている事が何なのかがさっぱり分からなかった。いや、気付いていないフリをしているだけでかもしれない。飛田は続けて言った。
「あなたが、この学校に来てから2ヶ月が経ちます。そろそろ、自身の変容に気がついているのではないのですか?」
「………。」
私は、何も言い返せなかった。確かに、中学生に戻る前の私の人生は、それなりに満足していたし、結果も出してきた。順風満帆な人生ってやつだ。だが、私は思い出したのだ。神社で倒れたあの日、走馬灯の中で「何かが足りない」と思ってしまった自分がいた事を…。
飛田は続けて私に、こう言った。
「今のあなたでは、約束の報酬を渡す事は難しいでしょう。でもね…。私は、北沢さんになら、この2ヶ月間、死に物狂いでクラスの生徒と関わってきたあなたであれば、最後には気付いてくれる。そう信じています。
ともかく、進路面談は北沢さん。あなたがやって下さい。私も根回しをしておきますから。」
そう言って飛田は、去っていった。私はまだ、飛田の真の狙いに全く気付いていなかった。
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