報告3 教師の本能に関する報告
出来るだけ目立たないように行動しようとする北沢。しかし彼も教師。困っているクラスメイトに手をかし始めるのであった。
【1】
何年ぶりの給食だろうか。私が給食を食べていた時とは全然違うな。昼の時間になり、私は給食を食べていた。野菜の単価が昔に比べて上がっているのだろう、野菜の量が少ない。それでも、昼食にカップ麺をすするよりはマシだろう。
それにしても、体育授業のスポーツテストの結果は散々だった。ここ数年運動を大してしていないなのだ、そんなものだろう。おかげで、クラスの大半から「うちの部活来いよ」と言われなくなったし、とりあえず煩わしくなくて済む。しかし、この学校は部活動に入部しないといけないらしい。未経験のものをやっても仕方ないだろう。私は、昼休みに飛田のところに向かった。
「失礼します。飛田先生お願いがあってきました。」
「北沢君。どうしたんだい?」
「今日の放課後に体験入部に行ってもかまいませんか?」
「ああ。大歓迎だよ。もしかして経験者?」
「はい。今日はラケットを持ってきていないのですが、シューズは持ってきてます。」
「わかった。初めてだと入りにくいだろうから、準備ができたら職員室においで。」
「わかりました。」
その日の放課後、私は飛田のところに行き体育館に足を運んだ。私が選んだ部活動はバドミントン部だった。飛田が女子部員を呼びつけ紹介した。この部員は、クラスメイトなのだがどこか見覚えのあり、朝から少し気にはなっていた。だが、飛田からの紹介ではっきりとした。
「この子がうちの部長の水上だ。今日は1日よろしくな。」
おそらく、この子は先日卒業させた生徒の妹なのだろう。確か妹がいたはずだ。まさかこんなところで妹に会うことになるとは。
「北沢くん、経験者なの?」
「えっとまぁ…。(中学高校で6年と顧問歴15年だけどな!)」
「先生。北沢くんと試合してもいいですか?」
「そうだね。基礎打ち(アップのようなもの)が終わったらやってもいいよ。」
(この子、姉に比べて随分無愛想だな。)
簡単にアップをしてみたが、体の感覚は大人の頃とあまり大差はない。これなら試合が出来そうだ。気になる対戦相手だが、なるほど真面目に練習を続けたのだろうフットワークやフォームがとてもきれいだ。私も15年顧問をしていたのだ、生徒の動きを見れば実力はある程度までなら分かる。だが、クラブチームには入っていなさそうだ、自分の体力さえ持てばいけそうだ…。さて、どこまで持つかな。
「ラブオールプレイ」
【2】
一本目は、様子を見ることにした。下手に攻めることもせずコースを突いてみたが…。
(この子よく拾ってくるな…。このままだと長期戦になってしまう。)
「1-0」
一本目は、取られてしまった。このまま続ければ、最後は体力負けしてしまうだろう、別に気にする必要は無いのだが、中学生に負けるのはやっぱり癪だ。私は、勝つための戦略に切り替えた。
「うわっ!あいつスマッシュ早ぇ!!っていうか容赦ねーなあいつ。」
他の部員が口を揃えて言った。二本目以降はスマッシュを本気で打った。それだけではない。打球を低く打って、ラリーのテンポを早くした。中学生でハイテンポのラリーについていける選手はそうそういない。私はみるみるうちに点を稼ぎゲームセットになった。もう息切れが止まらない。今日はもう無理だ。
「はい。じゃチェンジコートして2セット目始めてください。」
「え?フルセット!?」
その後の結果は散々だった。まともに動けずボコボコにされてしまった。全くもって情けない。私が体育館の隅で悶絶していると、水上が私のところに来て仏頂面で話しかけた。
「試合は勝ったけど、勝負は負けたよ。アドバイスちょうだい。」
素直なんだか素直じゃないんだかどっちなんだよ。そう思いながらも、教師としての本能なのか、つい詳しくアドバイスしてしまった。
「スマッシュもちゃんと返せるし、きついコースを打ってもきちんと返してると思います。フットワークも乱れない安定したプレーも素晴らしいです。しかし、早いテンポのラリーになると、対応できなく出来なくなる場面がいくらか見られます。なので、歩数を減らして飛びついたりするといいと思います。狙うコースもサーブからの3球を意識して…」
全員、キョトンとしていた。しまった…やってしまった。このまま逃げてしまおう。
「先生、久しぶりにやったのでもう無理です。今日は帰って休んでもいいですか?」
「分かったいいよ。更衣室案内するよ。」
私と飛田は体育館を後にした。
更衣室に向かう途中、飛田が私に話しかけてきた。
「今日は来てくれてありがとう。もしよかったら、定期的に参加してくれたらありがたいな。」
「いえ。こちらこそありがとうございました。」
「実はね、うちの部活、水上が一番強くて、相手になる部員が誰もいないんだよ。あんな感じだけど、張り合いのある相手が出来て、喜んでたと思うぞ。今日はありがとうな。」
「はい。またお邪魔させていただきます。失礼します。」
確かに悪い気はしない。定期的に練習相手になってやるか。私は、そう思いながら、着替えを済ませて家に帰る準備をした。しかし、教室に忘れ物をしたことを思い出し教室に戻った。
【3】
今の時間は5時、部活のないものは下校し終わり、部活のあるものはまだ部活動に励んでいる中途半端な時間。教室の中に男子生徒が1人勉強していた。私はつい声をかけてしまった。
「上野くん?何してるんですか?」
「ああ。北沢くんか?残されてるんだ俺。」
「どういうこと?」
「去年、英語の成績だけ1だったんだ。それで、北野に勉強するように言われてるんだ。」
「部活は?」
「次のテストで点数が取れるまで出れない。止められてる。」
「そうか…。で、取れそう?次のテスト」
「無理そう。全然わからない。勉強しろって言われてるだけで、何していいのか分からない。放課後質問したくてもあいつすぐ帰るし。」
おそらく、あの担任は職員室でも文句を言うタイプなのだろう、サッカー部の顧問に言って部活を止めさせてるのだろう。上野は何をすればいいのかわからないのだろう、完全に追い詰められている。彼は震える声で私に訴えて来た。
「俺だって…俺だってみんなと部活してぇよ!!!最後の引退試合出たいんだよ!!!!くそっ!!!」
上野の話を聞いて私の中にある教師の本能が蠢き始めた。彼は私にとって関係ない。しかし、もう放ってはおけなかった。
「なぁ。上野、私に君の時間を少し分けてくれないか?」
「え?」
「私が君に英語を教える!絶対に次のテストで高得点を出させて、引退試合に出場させて見せよう!!」
こうして私と上野の戦いが始まった!