報告24 自由行動で得られる生徒の変容
北沢先生の用語解説
生徒の変容とは
生徒の外面や内面の変化のことを変容といいます。特に内面に焦点をあてることが当然多いです。成長という言葉とは微妙に異なり、成長とは真逆の変化も含めて変容と呼ばれます。
【1】
私は、水上と一緒に商店を眺めていた。彼女がお土産を選んでくれるという約束だったからだ。私は、その事をすっかり忘れていたため彼女が探しに来たのだ。そんなこともあり、水上の表情がいつもより無愛想に感じた。
しばらく商店を見回ると、水上はキーホルダー売り場に目を向けた。そして決心したように私に一つのキーホルダーを差し出して来た。
「これとかどう?」
それは、青いガマクチのキーホルダーだった。私は彼女の提案を素直に聞き入れ、それを購入した。購入してまもなく水上が私に言った。
「ほら、せっかく選んだんだから、付けなよ。」
そう言ってこっちを見つめてくる。お土産って他人に渡すものではないのか?とも思ったが、別にいいか。私は、キーホルダーを背負っていたリュックにつけた。水上は満足そうな顔をしている。よく見ると、水上のカバンにも私が買ったものと同じ色違いのキーホルダーが付いていた。しれっと買ってるじゃねーか!
その後も特にやる事もなかったので、水上と一緒に、あたりを散策することにした。
「ねえ北沢、あれはなに?」
水上が指を指した先には、列を作った人々が、水を飲んでいる姿があった。
「ああ。あれか、あれは音葉の滝って言ったな。あの水を飲むとご利益あるって有名なんだ。行ってみるか?」
私は、水上を連れて行き説明した。
「ここの水はな。一口で飲まないと、ご利益が半減するって言われているんだ。欲深い人は、この水をたくさん飲もうとするだろ?一口で飲まないとその事を仏様に見抜かれてしまうという訳だ。」
私は言って彼女の方を見たが、もう遅かった。ゴボゴボ言いながら頑張って一口で飲もうとしている。
…ずいぶんと欲深いこと。
次に、私たちは本堂に置いてある鉄の杖を見に行った。これは水上も知っていたようで、彼女は小さい方の杖を持ち上げようとした。あの杖は鉄の錫杖と言って、小さい方の錫杖でも重さが17キロある。相当重いのだが…。
「ん!!」
うわ…。片手で持ち上げたよ。なにあの子怖いんだけど。さて、そろそろ集合時間だ。後、一箇所回ったら時間いっぱいと言った所だろうか。私は水上に声をかけた。
「おーい。水上。最後に有名なところ行っとくか。」
私たちは、そのまま清水の舞台を通り過ぎて左側の階段を上がった。その先には、クラスメイトも何人か群がっていた。ここが有名な恋占いの石と呼ばれる場所だ。目を閉じて反対側の石までたどり着くと、恋が叶うという例のアレである。私は水上に声をかけた。
「水上もやってみろよ。」
「え!そういうの柄でもないんだけど。」
「いいんじゃないか?たまには。」
「分かった。やってみる。」
そう言って水上は、挑戦してみることにした。辺りには、クラスメイトの野次馬たちが取り囲んで、やれ右だ、やれ左だと声を上げていた。それにしても、見事なバランス感覚だ。部活で真面目に練習して来た賜物であろう。このままいけば、無事に成功するかもしれない。そんな様子を見ているうちに、何だかいたずらしたくなって来た。そこで私は近くの人混みに隠れることにした。やがて、水上は反対側の岩まで無事たどり着いた。彼女は嬉しそうな顔で振り返りながら言った。
「やった!できたよ!!ってコラァぁぁぁぁぁ!!」
ああ…だめだ、おもしろすぎる…。
【2】
清水寺の見学が終わり、私はテーマパークの食堂で昼食を摂りながら、ムスッとした顔の水上をなだめていた。
「いや、ホントごめんって!!」
「北沢くん、女の子にいたずらしていいのは、小学生までだよ!!」
大塚がちょっと笑いながら言った。
「いや…ホント、すみませんでした。」
お前も笑ってるじゃねーかよ!!
すると遠くの席から、長沼の声が聞こえた。
「飛田先生!急にうずくまってどうしたんですか!?」
「いや…何でもないんだ。ぷぷっ…。」
飛田はこっちをチラチラ見ながら声を出さずに笑っていた。
飛田ぁぁぁぁぁ!!!!!
その後、何とか水上の機嫌を治して、テーマパークの散策に向かった。この日は、行動班で自由にアトラクションなどに乗って良いとのことだった。特に興味のなかった私は3人に行き先を任せることにした。すると、3人がコソコソ相談しながらある場所へと移動した。上野が私に話しかける。
「北沢。ここに入ろうぜ。」
そこはお化け屋敷だった。
私たちはお化け屋敷に入り、入り口で懐中電灯を渡された。中は暗く懐中電灯が無くては道が分からない。歩いて数分して上野が私に言った。
「すまん、北沢。スマホをあそこの隙間に落としちまった。北沢届くか?」
「何やってんだよ。あーこれは、手を伸ばせば何とかなるかもな。ちょっと俺の懐中電灯持っててくれ。」
そう言って、私は上野に懐中電灯を渡した。
「あいよ。」
少し苦戦したが何とかスマホらしきものを拾うことができた。しかし、明かりが届いていないようで、スマホかどうか確認が出来ない。私は上野に言った。
「おい、上野。こっちに光を当ててくれ。」
しばらく待っても返事が無かった。私は振り返った。そこには誰も居なかった。
やりやがったな…。
おそらく、水上の私に対する仕返しだと思われる。いいだろう、甘んじて受けよう。そもそも、いい歳してお化け屋敷が怖いはずが無い。しかし問題は…。
暗くて何も見えんぞ…。
このままではどうにもならないと思った、私はルール違反なのを承知でポケットからスマホを取り出そうとしたのだが…。
上野に盗られていた。
仕方がない、上野のスマホを起動させよう。そう思い、先ほど拾った上野のスマホの電源を付けようとしたのだが。
バッテリーが抜かれている。
どんだけ必死なんだ!!あいつら!!!
仕方がない壁伝いに少しづつ進もう。
しばらく歩いていると、クスクスと声が漏れている。たぶんあいつらだ。隠れて脅かす気なのだろうか?まあ関係ないか。私は、壁伝いに少しづつ近づいた。上野が私の足元に足を引っ掛けて来た。当然気づくはずもなく、私はバランスを崩して前方に突っ込んだ。
「ドサッ!!!」
どうやら何者かに体当たりしてしまったらしい。大塚と上野が慌てて懐中電灯をつけた。懐中電灯に照らされた私の目の前には、水上の顔があった。もう少しでおでこかくっつきそうな超至近距離だった。水上は、ムスッとしているのか、恥ずかしがっているのか、照れたいるのかよく分からない微妙な表情をしていた。
お化け屋敷を出た後、私は水上に一応謝った。
「さっきはすまなかったな。」
「いいよ…。イタズラしたのはこっちだし…。」
私は、彼女の対応が思っていた以上に大人だったことに安堵した。本当は優しい子なのだな…。
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