報告20 飛田主幹教諭の聞き取り
北沢先生の用語解説
主幹教諭とは
教員には階級があります。東京都の場合は上から順に以下のような階級に分かれています。
校長・統括校長
副校長
主幹教諭・指導教諭
主任教諭
教諭
つまり、飛田先生は3番目の階級にいます。ちなみに私は、私立学校だったのでこのような階級制度ではないですが、進路指導主任の場合、役回りは主任教諭または主幹教諭に近いです。
【1】
宿に戻り夕食の時間になった。今日は昨日とは違い、食堂で行動班別に食事を摂る。最後に寄った大学が1番他の3人の印象に残っていたようで、その話題で持ちきりだった。クラスの中でも成績の良い大塚は、班の中でも一番興味を持ったようで、食事中もその話に目を輝かせていた。
「今日見た実験すごく面白かった!私、京大に行きたいって思っちゃったよ。」
大塚が言った。
「塚ちゃんなら、行けるよ。成績いいし。」
水上が大塚に言った。大塚に比べれば彼女は少し冷めているようだった。それを察したかのように上野が水上に言った。
「なんだ?あんまり楽しそうじゃなさそうだな。」
「そんなことはないけど、私、文系だから、理科苦手なんだよね。確かに面白かったけどさ。」
中学生で文系・理系と言ってしまうのはどうかと思うが、そこまで興味はなかったのだろう。というか、この子は勉強大丈夫なのだろうか…?私は、少し聞いてみることにした。
「じゃあ、水上はどの教科が得意なんだ?」
彼女はそれを聞いて、少し明るい表情に変わり、私に答えた。
「英語が一番得意。北沢と一緒でしょ?」
「いや…すまん。いつ英語が得意だと言った?」
「え!?だって上野に英語教えてたじゃん!それに聞いたよ!英検二級なんでしょ!?」
上野が私に親指を向けながら水上に言った。
「俺も最初はそう思ってたよ。水上、こいつ数検準一級持ってるぞ…。」
水上と大塚は、目が点になったような顔で口を揃えて言った。
「なにそれ…チートじゃん。」
「私、今後は、北沢くんにテスト負けても学年一位だと思うようにするよ…。」
【2】
食事を摂り終わり、しばらく自由行動となった。私は、ロビーのソファーに座って、修学旅行の感想文を書いていた。本来なら終わってから書くものなのだろうが、こういう課題を残しておくのが、私は嫌いだった。若干のルール違反ではあるが、フライングして書いてしまっている。それにしても、中学生らしい感想文というものを書くのがこれほど難しいとは…。
書こうとはしているのだが、どうしても着眼点が教員目線になってしまう。例えば、
「班員と北野天満宮で学業成就を願いました。みんなと受験を頑張りたいです。」
と書けば良いものを…。
「班員は、どのような気持ちで、参拝したのだろうか?また、それによって心構えがどう変化し、今後の学習の変容に影響するのか楽しみである。」
どうしても教員としての性が邪魔をしてしまい思いのほか苦戦してしまった。
私が作文に頭を悩ませ、気晴らしに周囲を見渡すと、学年の先生たちが話をしていた。飛田が北野や他の教員に確認を取っている。
「食事の終了時間が少し伸びてしまいましたね。宿の人には少し入浴時間を延ばしてもらうように頼んでおきました。北野さん
、女子生徒への連絡をお願いします。」
「分かりました。」
「それから、長沼さん。男子生徒への連絡をお願いします。私は旅行会社の方と明日の打ち合わせをしてきます。」
「はい!行ってきます!」
私は、飛田のさん付けに違和感を感じた。
【3】
作文に行き詰まった私は、気分転換に入浴することにした。今の時間は、ちょうど入浴している生徒が多く、上野を含めたサッカー部の連中が浴槽で暴れていた。私は、少しノストラジックな気持ちで、それを眺めていた。サッカー部を傍観していたのは私だけではない。高田も彼らの様子を浴槽から眺めていた。私は、先ほど気になった飛田のさん付けについて聞いてみることにした。すると高田は、親切に教えてくれた。
「飛田先生は、他の先生には男女問わず、必ずさん付けをするんだ。」
「そうなのか、ちょっと変わってるな。ありがとう。」
私は、高田に礼を言って、浴室を出た。浴室を出て、ロビーで涼んでいると館内放送が流れた。
「連絡します。北沢くん、北沢くん。飛田先生の部屋まで来てください。」
【4】
私は飛田の部屋に向かう途中、呼び出された理由を考えていた。まさか、勝手に京大に行ったことがバレたのだろうか。だとすれば、流石に怒られても仕方がない。そう思いながら、私は飛田の部屋に入った。
「失礼します。」
「来たね。まあ、そこに座ってよ。」
私は飛田の目を見ながらゆっくりと座った。ちゃぶ台を挟んで飛田と対面し、私は緊張が張り詰め始めた。しかし一方で、飛田は、飄々(ひょうひょう)とした態度で私に話しかけてきた。
「なに飲む、お酒が無いのは申し訳ないけど、コーヒーとかジュースとか、ならあるよ。」
「いや、なに言ってるんですか?今日の班別行動の話ではないのですか?」
飛田は明るい表情のまま話を続ける。
「いや?そんなことで、呼んだんじゃないよ。っていうか、また何か勝手なことしたの?」
「ええ…まあ…。」
「そうか…それは困ったなぁ…。まあいいや、そんなことはどうでもいいんだ。」
私の思考は彼の言動にかき乱され、どんな表情をしていたのかを自覚できていなかったほどだ。飛田は、冷蔵庫から缶コーヒーを2つ取り出し、1つを私の前に置いた。飛田は缶コーヒーの蓋を開けて、コーヒーを一口飲むと私に話しかけた。
「さ!遠慮しないで飲んでよ。別に悪い話とかじゃないんだ。」
私はその言葉を聞き、飛田からもらった缶コーヒーを一口飲むとともに平静を取り戻した。
しかし、次の飛田の言葉で私は凍りつくことになる。
「いやね。北沢くん…。いや、北沢さん。私は一度、君とちゃんとお話しをしてみたかったんですよ。」
そこに、飄々とした態度の飛田の姿はなかった。
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