報告17 学校教育法第11条に反する服務事故についての始末書
北沢先生からのお願い
この話に書かれている内容は真似しないようにしましょう。もしものときは、周りの大人に相談するか、防犯ブザーなどを活用して、危険を周囲に知られましょう。
【1】
私は走って、班員がいる場所へと向かった。しばらくして、水上や上野たちの姿が見えたのだが…。どうにも様子がおかしい。上野と他校の生徒が睨み合っている。恐らく揉め事だろう。私は一目散に彼らのいる場所に走った。
「何があったんだ?」
私は上野たちに尋ねた。水上が上野に話しかける。反対側には、他校の生徒が3人ほどこちらを睨んでいた。
「あんたが悪いんでしょ。早く謝りなよ。」
話を聞いたところによると、他校の生徒が投げた鹿煎餅を拾い上げて鹿にあげていたらしい。何というか…。
「バカだな…。ほら早く謝れよ。」
上野はその生徒たちに謝罪をした。しかし、お相手はそれでも納得いかないといった様子だった。それもそうだろう。仕方ない……。私は他校の生徒達に声をかけた。
「ちょっと待っててくれないか?」
そう言って私は、財布からお札を取り出して、鹿煎餅を買って彼らに数束ずつ渡した。
「すまなかったね君たち。これで許してほしい。」
すると、相手の生徒が驚きながら返事をした。
「いや、さすがに悪いです。受け取れないですよ。」
私は彼らに言い返す。
「いいんだ。せっかくの修学旅行なんだ。お互い気持ちよく終わろう。」
「分かった。こちらこそすまなかった。ありがとう。」
そう言って彼らは去っていった。だが、私のこの行動がさらに問題を生んでしまうことになるとは…。
【2】
他校の生徒と和解し別れた直後に、上野達から少し離れて、弟に電話を入れた。
「兄さんどうしたんだい?」
「すまんな、今どこにいる?」
「今はタクシーの中だよ。何かあったの?」
「そうか…。もしかしたら面倒な事に巻き込まれたかもしれない。私の杞憂ならいいのだが…。」
「今から戻ろうか?」
「いや、大丈夫だ。自分でなんとかするよ。」
「分かった。気をつけてね兄さん。」
私は電話を切り上野たちの所へと戻った。大塚が私に尋ねた。
「北沢くん。電話なんかしてどうしたの?」
「ん?ちょっと心配事があって、家の人に連絡しただけだよ。さて、そろそろ宿に向かおう。上野。地図を出してくれ。」
1日目は、奈良公園から班で宿まで向かう予定だった。そのため、班に1名、宿までの詳細な道が書かれていた地図が配られていたのだ。上野は悲しそうな顔で地図を広げた。
「そ…それが…。」
その地図は無残にも鹿に食いちぎられていた。水上が叫んだ。
「あんたバカじゃないの!?これじゃ、宿まで行かないじゃない!!」
私は、そそくさとリュックの中に入っていたしおりを取り出し、読み返した。水上がそれを見て言った。
「北沢!しおりに地図なんて書いてなかったよ。」
私は水上に返事を返す。
「確かに書いてない。でも、宿泊先の住所なら書いてある。あとはこれをスマホで検索すれば…。」
私は持っていたスマートフォンで宿までの徒歩経路を検索した。3人は道を確認して安堵していたが、私は全く別のことを確認していた。
「どの道も人通りが少ないな…。」
「ん?北沢なんか言ったか?」
上野が尋ねたが、私は何事もなかったかのように返事をしたが、最悪の条件は整いつつあった。
「いや、なんでもない。それよりさ、ちょっと寄り道してほしいんだ。どうしてもここでお土産買いたくてさ。」
【3】
お土産屋に向かう道中、私は大塚から手鏡を借りて、髪の毛を整えていた。水上が私に言った。
「北沢、あんたそんなに髪型気にする人だったっけ?」
「せっかくの修学旅行だしな、ちょっとセットしてきたんだよ。」
だが、私が本当に確認していたのは髪型ではなかった。やっぱりいる…。私は大塚に鏡を返し、お土産屋へと向かった。
この公園には、お土産を取り扱っている店が点在しており、数分歩いただけで目的の店に到着した。到着するや否や、私はあるものを購入した。それを見て上野は驚いたように言った。
「へー。北沢、そういうの好きなんだ。買ってるヤツ初めて見た。」
「何だ?上野、お前は買わないのか?」
「もう、卒業したわwww」
上野は笑った。これで準備は整った。私は、3人に言った。
「ごめん。ちょっとお腹痛いからトイレに行ってくるわ。もう少しお土産見ててよ。」
そう言って、店を出て走った。もちろん目的地はトイレではない。私は、人通りの少ない袋小路にやってきた。すると、間も無くして、数人の男子高校生に出口を塞がれてしまった。
【4】
高校生グループのうちの一人が私に話しかけた。
「ねえ君。お金持ってるでしょ?俺たちにくれない?」
私の失敗は、先ほど鹿煎餅を1万円札で購入したところを彼らに見られた事だった。その事に気づいた私は、手鏡を使って背後を観察し、彼らが後をつけていることを確認し、完全に狙われていることを確信したのだ。宿までの道はどこも人通りが少なくどこかで取り囲まれる事は分かっていた。だからこそ、私は一人でこの袋小路に逃げたのだ。一人の高校生が少しずつ私に近づく。ある程度近づいてきたところで、私はリュックをその高校生の足元に投げて言った。
「金なんてくれてやるよ。中身確認したらそれで勘弁してくれ。」
「なんだよ素直じゃないか。」
そう言って、私のリュックを物色し始めた。私はその高校生に近づき、先ほど購入した木刀で手を叩いた後、なぎ払った。物色していた高校生はその場で悶絶し、うずくまってしまった。私も焼きが回ったものだ。もっと上手くトラブルを回避する方法はあっただろうに。だが、そうすれば周りの生徒を巻き添えにしてしまう。それだけは…。
絶対に許さん!!!
私は声を上げた。
「私はな、お前らみたいな奴らが大嫌いなんだよ!!!」
今度は3人がかりで突っ込んできたが、無駄のない動きで、なぎ払った。いつもバドミントンで使う振り方だ、バドミントン は、体の回転運動をうまく利用してラケットを振る。トッププレーヤーだと、時速300キロは超える。私はこの事を知っていたため、基本に忠実に木刀を振り回した。
「くそっ。なんで3人がかりで勝てないんだ。」
当たり前だ、後ろを取られないようにわざと狭い袋小路に逃げたのだ。リーチの長い武器を持っている方が勝つに決まってる。私は彼らの表情を観察した。もう、戦意は残ってなさそうだ。このタイミングで彼らに退散させる理由を作る。
「そろそろ、諦めてくんない?じゃないとそこにいるやつの頭ぶっ叩くけど。」
「くそっ!こいつヤベェ!逃げるぞ!」
彼らは倒れていたヤツを起こして去っていった。あまり喧嘩慣れしていない連中で良かった。
私が安堵していると、遠くから上野が走ってきた。
「北沢!!大丈夫か!!?って無傷!!??」
「なんだ、上野。来ちゃったのか?」
「来ちゃったのか?じゃねぇよ!北沢が走っていった後から、高校生が何人も追いかけて行くの見て心配になったんだよ。そしたら喧嘩始めるし…。っていうか相談しろよ!」
そうか…。上野に心配をかけさせてしまったか。悪いことをしてしまったな。私は上野に謝った。
「そうだな。心配かけたな。ごめん。」
「それよりも、どうやって高校生四人も相手にして勝つんだよ?」
「今どきの高校生なんて、喧嘩を知らないからな。最低限の威嚇で逃げてったぞ。」
「……え?お前、怖いんだけど。」
「それよりも、このことは内緒だぞ。」
「え!?俺、脅されてる!!?」
「ちげーよ。誰が脅すかよ!!」
【4】
その後、無事に宿に着き部屋で待機していると、夕食の準備が始まり、鍋やら肉やら野菜やらが運ばれて来た。今晩はすき焼きらしい。皆、ご馳走にウキウキしながら、卵を溶いていた。肉をよく見ると、かなり立派なものだった、ひょっとすると近江牛かも知れない。私も、童心に帰ったかのように楽しみにしながら卵を溶いた。すると間も無く、女中と女将らしき人物が入って来て、女中がすき焼きを作り始めのだが、私たちの食欲は一気にかき消された。
「あなた、焼きが遅い何回やったらわかるの!!!」
女将らしき人物が、女中を何度も何度も怒鳴り散らしている。その剣幕に私たちの卵を溶く箸の動きは完全停止していた。このままでは、せっかくのすき焼きが、せっかくの近江牛が…。私は班員と目を合わせ一芝居打つ事にした。
「あの!すき焼き自分たちで作りたいんですけど!!」
私の提案に女将は返した。
「いえ。これも私たちの仕事ですから。」
「お気持ちはありがたいですが、みんなそれぞれの火の通し方で肉を食べたいんです!!なんなら生肉を食いたいヤツだっています!!ねぇ…?篠崎。」
私は篠崎を見た(笑)。篠崎は、「俺かよ!」と小言を言ったが立ち上がり、ちゃんと話を合わせてくれた。
「オ…オデ、ナマニク、スキ…ゼンブ、タベル…。」
「ブッ………。」
ちょっと面白いぞ。結局、女将を追い出す事には失敗したがまあいいだろう。
いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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