報告16 尊い時間についての考察
【1】
新幹線から降りた私たちは、京都駅でバスに乗り換え、目的地である奈良公園に向かっていた。私は道中、窓から景色を眺めて考え事をしていた。きっかけになったのは、車の中で飛田が私に言った言葉だった。
「先生から言うのもなんだけどさ、修学旅行って男女の距離縮まるじゃない?北沢くん告白されるかもよ。もっと楽しく行こうよ。」
彼は軽い気持ちで言ったのだろうが、私が生徒たちに影響を与えてよいのだろうか。もし、仮に私の存在が突然消えてしまったのなら、私に好意を持ったり、影響を受けた生徒たちはどうなってしまうのだろうか?解決できない問題に頭を悩ませてしまう。そして、飛田の言った事を考えていると、どうしても、先ほどの新幹線の中で起こった出来事を連想してしまう。
「一度も罰ゲームを受けてないとかムカつくから…。北沢、アンタを巻き添えにするわ。」
あのときの水上の仕草、表情、声のトーンから私は直感した。彼女が口にした言葉と本心には、恐らくズレがある。その事から考えると私に対して満更でも無い気持ちを持っているのだろう。もし、好意を持っているのだとすれば、私はどうすれば良いのだろう。私の抱いているこの気持ちは、困惑よりも恐怖の方が近かった。私は、これがただの勘違いである事を願うばかりだった。
そういえば、自身が中学生だった頃はどんな人間だったけ…。たぶんに漏れず悪ふざけをしていたのは覚えているが…。余り思い出せないな。
【2】
バスはやがて駐車場に停車し、私たちは、昼食を摂るため飲食店に移動した。修学旅行客御用達の店なのだろう、長テーブルの反対側では、別の学校の生徒たちが食事を摂っていた。私たちは、同じ部屋に宿泊をする生活班ごとにテーブルについた。生活班の班編成は、どうも気を使ってもらったらしく、同じ部活の男子で固められた、私を含めた4人の班だ。さて、昼食のメニューは何であろうか。修学旅行の昼食など余り期待はしていないが…。カレーか…。もう何も言うまい…。
私は、カレーを食べながら、同じ班の生徒とそれとなくやりとりをしていた。同じバドミントン部であったこともあり、話題も合わせやすくて助かる。
「北沢、前の学校のバド部って強かったの?」
バド部の部員の一人である篠崎が私に質問した。私はしれっと嘘をつく。
「うーん。まあまあかな。」
「でも、お前めちゃくちゃ強いじゃん。どんな練習して来たんだよ。」
「別に俺より強いやつなんていっぱいいるだろ。クラブチームに入ってるわけでも無いし…。」
「高校でも、バドミントン続けるの?」
今度は別の部員が質問して来た。
「いや…。たまには別の部活にしようかな。」
「たまにはってなんだよwww」
「そうだな。確かに変だな。」
まだまだ、油断するとボロが出てしまう。それにしても、本当に中学生に戻ったんだな…。このようなボロが出るたび、私はまだこの事実を受け入れ切れていないのだと自覚するのだった。
【3】
昼食を摂り終わり、ここからは徒歩で移動になる、行動班ごとに東大寺や奈良公園を散策することになっている。ほとんどの者が、鹿に餌をあげることに夢中になっていた。私たちの班もたぶんに漏れず、鹿の餌やりを楽しんでいた。そこで、しばらくの間は餌やりの時間にして、自由に過ごそうということになった。それにしても、楽しそうに餌をやっている。私も、かつてここに来た時には、夢中になって餌をあげていたものだ。なんとなく周囲を眺めていると、私は、あることに気がついた。学生が鹿に餌をあげて喜んでいる中に大人が混じっている。しかも、見覚えのある人物だ。私は、その人物に近づき声をかけた。
「永お前何やってんだ?」
「兄さん!?」
そこに居たのは、弟の永だった。
私と永は、近くのベンチに腰掛けた。
「そっかー。兄さん修学旅行中なんだね。」
「で?お前は何をしてるんだよ?」
「もちろん仕事で立ち寄ったんだよ。奈良駅の近くにホテルがあるんだけど、そこで商談しててさ、ついでにここに来たってわけ。昨日は、大阪で講演会だったし、ここのところ関西での仕事も増えて来たんだよね。」
「商談か…。あちこち移動して大変だな。」
「これでも、会社いくつか持ってるからね。」
「それにしてもお前、いい歳して楽しそうに餌をあげてたな…。」
「興味を持ったものがあったなら、とにかくやってみる事が1番だからね。仕事のヒントが見つかることも結構あるんだよ。」
「そうか…。そんなものか…。」
考えてみれば、私が今まで仕事で取り組んだ企画も、生徒が興味を持つよう遊び心を入れる事があった。最近見られる小学校の授業の変化など、その際たる例だ。最近は、遊びながら学ぶというスタンス、アイスブレイクの導入など遊び心がふんだんに盛り込まれている。あながち、永の言っていることも正しいのだろう。すると、永は私にこう言った。
「ところで兄さん。兄さんは、他の生徒みたいに鹿に餌あげなくていいの?みんな楽しそうにやってるよ。」
「いや、私はいいんだ。」
「そう…。兄さん、二度目の中学校生活ちゃんと楽しんでる?」
永は、私に核心をついた質問を投げかけた。私は、その質問に当たり障りなく答えた。
「まあ…。ぼちぼちな。」
「そっか。ま!自分が兄さんと同じ境遇になったら、なりふり構わず第二の人生楽しむけどね。」
永はそう言った。私は、腹に一物を抱えながら、少しひねくれた返答をした。
「俺に出来るわけないだろwww、彼らの中学校生活は一度きりなんだから。」
すると、永は私の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「確かに、みんな人生は一度きり。兄さんのクラスメイトたちが過ごしている今、この時は、彼らにとって尊いものなのだろうね。」
永は、右手で拳を作り私の胸に軽く当てながら言った。
「でも、それは兄さんも一緒だよ。兄さんの生きている今、この時も同じく大切だよ。自分を大切に出来ないヤツは絶対に他人を大切に出来ない。もう少し楽しんでもバチは当たらないと思うよ。」
永が語ったこの言葉に、私の抱えていたものが軽くなった気がした。いや、私は悩みを抱えていたのではなく、背負っていたのかもしれない。その違いにようやく気づいた。
「さて、僕はそろそろ失礼するね。また、時間できたら食事でもしよう。気になるお店を見つけたんだ。あ、でもジャージでは来ないでよね(笑)」
「ああ。約束しよう。ありがとうな。」
私は礼を言って、水上たちのもとに走っていった。
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