報告15 トランプゲームにおける必勝法についての考察
【1】
朝8時、私たちは東京駅の広い通路に集まり先生の話を聞いていた。話が終わるとすぐに、私たちはホームに移動し新幹線に乗った。
ここから、目的地の京都駅までは、おおむね2時間。みな、それぞれの時間を過ごしていた。トランプをして遊ぶ者、お菓子を食べながら談笑する者、電車内に自動ドアがある事に衝撃を覚え興奮する者、さまざまだが中学生などこんなものであろう。私はというと、参考書を読んで過ごしていた。しばらくすると、水上が私に話しかけて来た。
「北沢、こんな時でも勉強してるの?みんなでトランプやってるから来れば?」
気を使われているのだろうか?水上にしてはずいぶんと珍しい。だが、今はあまり関わりたくない気分だ、私はそれとなく断る事にした。
「ごめんな。もう少し勉強するわ。」
すると、私が思っていた事とは違う返事が返って来た。
「あんたが、そんなに勉強してたら塚ちゃん不安になっちゃうでしょ。気を使ってあげてよ。」
言われてみれば確かにそうかもしれない。大塚は、勉強で悩んでいて私に相談をするくらいだ、確かに私が勉強している姿を見たら不安になってしまうかもしれない。
「そうか、言われてみれば確かにそうだな。悪かった。俺も混ざるよ。で、今何のゲームやってるんだ。」
「ババ抜き…。」
「古典的なのやってんな…。」
【2】
「おい、なんかおかしくね?」
一緒にババ抜きをしていた男子生徒が気がついたようだ。
「何がおかしいんだ?」
他の男子生徒が尋ねた。
「もう何回もやってるのに、北沢のやつ一回もババ引いてない!」
「え!?うそ!?」
私には、教師を15年続けて身につけた特技があった。それは、生徒を観察する力だ。私は、生徒の表情や言動から感情がある程度、感覚的に読み取れる。先ほどの勝負からそれを悪用しているのだ。初めは、この手を使わなかったのだが、誰かさんがビリは罰ゲームありにしようとか言うからだ。さすがに、アラフォーのおじさんに中学生が考える罰ゲームをやるのは、精神的にキツイ…。その後は、なんとか私をビリにしようと全員が必死になったが…。
無駄なんだよな…。
私は、その後もなんとかビリを回避し続けた。電車はまもなく京都駅に着く、あと1回乗り切れば良いだろう。すると、そこに学級委員の高田がやって来て、私たちに声をかけて来た。
「なぁ、俺にカード配らせてよ。」
その提案をした瞬間、全員の顔が悪意のある笑顔に変わった。なるほど、何かをする気だな…。
高田は、トランプをしばらく見て確認したところ、素早くカットして配った。恐らく、私に不利なカードが来るように仕込んでいる。それにしても見事だ、怪しいのは分かっているが、どのタイミングで仕込んでいるのか分からない。私の手札は物の見事に仕組まれてしまった。ババが入っていることはもちろん。捨てれるカードが一枚もない。この状況からビリを回避しなければならない、面白い。だが、そちらはイカサマを使ったのだ、大人の本気を見せてやるとしよう。
まず、私は目の端で窓を確認した。やはりトランプの絵柄が反射して映っている。これで、隣の手札は確認できる。それから私は、高田がトランプをカットする前に、分からないようにキズを付けてマーキングしていることにも気付いていた。悪いがこれも利用させてもらおう。
それから私は、毎回手番が来るたびにカードを捨て続けた。それでも追いつかず半分が上がったところで、高田はそっと窓のシートを閉めた。彼は私のイカサマに気づいたのだろう。そこからは失速し残りの手札は5枚のところで、水上と一対一になった。彼女の手札は6枚、ババを引かずにあと5枚引けば私の勝ちだ。大塚は言った。
「ここから北沢くんが、ババを一度も引かない確率は、5/6×4/5×3/4×2/3×1/2=1/6で17%くらいだね。後は運次第だ。」
確かに、このくらいの確率ならば、表情の読み取りと運で勝てるのだが…。普段から仏頂面なせいか、水上の表情が読み取りづらい。このままでは、万が一負けてしまうこともあり得る。私は彼女の表情をもう少し読み取りやすくするために、揺さぶりをかけてみた。
「なぁ、水上。この勝負でたぶん最後だし、せっかくだから賭けないか?」
「どういうこと?」
「ベタだけど、勝った方の言うことを聞くってのでいいか?」
「本気で言ってるの!?」
「まあ、俺負けないし。」
「本当に自信満々ね。いいよ、受ける。」
作戦成功だ。心理的なプレッシャーはかければかけるほど、表情や仕草が変化しやすくなる。もう一押しだ。
「ちなみに、お前が勝ったら俺になに命令する?」
「……。」
黙ってはいるが、若干動揺している。その後、私は、次々とカードを引き当てていく。
「何でよ〜!!!」
水上が悔しそうに叫んでいる。こういうムキになるところは、やはり中学生と言ったところだろうか、無愛想な水上も若干可愛く思える。それにしても、危ないところだった。決着がつくと、周りが罰ゲームを考え始めた。すると1人の女子生徒が提案した。
「じゃぁ、水上さん、男子の誰かとポッキーゲームで。」
ポッキーゲームは、ポッキーの両端を2人で加えてそのまま食べ進める余興のようなものなのだが、中学生はこういうの好きだよな…。周りの男子たちも便乗して盛り上がり始める。にしてもさすがに水上がかわいそうだ。私は止めに入ろうと意見した。
「おい。ちょっとそれはかわいそうだぞ。」
その時だった。
「いい。ちゃんと罰ゲーム受けるよ。」
水上が言った。周囲はますます盛り上がる。すでに関係の無い野次馬も何人か集まりだした。水上は、私の方を見て若干睨みながら言った。
「一度も罰ゲームを受けてないとかムカつくから…。北沢、アンタを巻き添えにするわ。」
「ウワァぁぁぁぁぁ!!とばっちりが来たぁぁぁぁぁ!!!」
水上は、ポッキーを口に加えて私に近寄って来た。私は動揺を隠せなかった。
「おい。水上、落ち着こうぜ。」
「なに?嫌なの、さすがに傷つくよ。」
それもそうだ、私とした事が、中学生相手に動揺してどうするのだ。それよりも彼女のことを考えてあげるべきだ。私は反省し、彼女に言った。
「…。そうだな。悪かった受けるよ。」
「いいぞ!いけ、いけー!!」
周囲の盛り上がりが最高潮に達した。その時だった。
「お前たち楽しそうだな。」
大人びた声が聞こえた。その声の主は飛田だった。罰ゲームはあえなく中止となり、私たちは電車を降りた。
助かった…。と本来は喜ぶべきなのだろう。だが、私はそのような気持ちになれなかった。なぜなら気付いたからだ。水上の、「ムカつくからアンタを巻き添えにする。」と言ったときの彼女の表情や仕草は、嘘をついているときのそれであったことに。
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