最終報告 北沢明の答辞
報告122の選択肢でBを選んだ場合、こちらの章になります。Aを選んだ場合の結末は終章Aをご覧ください。
「ちょっと外に出ましょうか。いい場所を知っているんです」
飛田は、そう言って私を中庭へと案内した。中庭の中心には立派な桜の木がそびえたち、蕾が膨らみ始めていた。飛田は、その桜の木の下にあるベンチにゆっくりと腰掛け私に言った。
「どうですか?立派な桜でしょう?」
そう自慢げに語る飛田の頬は痩せこけ、数週間前とはすっかり別人になっていた。私は、湧き上がる気持ちを必死で抑え、右手に持っていた包みから白紙の紙を取り出して、両手で持った。
「では、飛田先生。答辞を述べさせていただきます。」
「はい……お願いします」
ーーー答 辞ーーー
暖かい日の光が降り注ぎ、桜の蕾が膨らみ始め、春の訪れを感じさせる今日、私たち生徒一同は、様々な想いを胸に、卒業を迎えることとなりました。それは、私にとって数奇な体験であった、二度目の中学校生活の終わりを意味しています。
一年前、私が神社で気を失った所から、この数奇な一年は始まりました。当時の私は、その事について幸運な事であるとも、ましてや不幸な事であるとも微塵にも思っていませんでした。ただ、与えられた環境で淡々と最善の行動を取ること。それが、私の基本理念だからです。それは、こんな異常事態でも変わりません。
もちろん、中学生になる前の生活にも満足していました。職場の仲間と協力し、多くの生徒を大学に送り込み、結果を残してきたのですから。私のして来たことは、間違ってなどいない。そのはずです。ですが、ふと、思うことがあります、「そもそも、私は教師になって何が一番したいのだろうか」と。しかし、そんなことは、私の業務に関係のない事である。そう自分に言い聞かせている節が確かにありました。かつて、あなたは言いましたね、「あなたは、何かを見失っている」と。確かにそうかもしれません。
さきほども言いましたが、この一年間は、私にとって、特別なものだとは、思っていませんでした。この学校に転校した当初の目標は、生徒たちに影響を与えずにひっそりと卒業すること、これにつきます。そしてそれは、今まで淡々と仕事をこなして来た私にとって簡単な仕事なはずでした。ですが、気づけば友人ができ、生徒のために自分のできることをしてあげよう。そう、気持ちが変化したことは、先生もご存知だと思います。自分でも不思議でしたが、この一年間は、私が見失った何かと向き合わせる特別な一年間だったのかも知れません。
さて、前置きが長くなりました。飛田先生、あなたは私に一つの宿題を出しましたね。「教師にとって一番大切なものとは何か。」私なりに答えたいと思います。大切なもの……それは、「優れた感性」なのではないでしょうか。
前に、先生は大塚さんが抱えている問題に気づいたことがありましたね?私にも、それなりに経験はありますし、専門的な知識もおさめてます。しかし、私は気付くことができなかった。それだけでは、ありません。先生は、私の正体にもいち早く気づき、私が考えていることなどお見通しのようでした。私が、同じ立場ならまず気づけなかったでしょう。では、私と先生では何が違うのか。それを考えた時に、ふと気がつきました。どんな相手でも自然体で接し、なおかつ適切に指導をしている事に。それは、ひとえに先生が優れた感性を持っている事に他なりません。
私は、先生とは真逆の考えで仕事をしてきました。感性に任せて仕事をする事は、感情を今以上に出す事になります。そうすれば、不適切な指導をしてしまうかもしれない。問題が起こったときに自分自身が必要以上に傷ついてしまうかもしれない。きっと、私や白川くんを苦しめた高幡も、自分の感性に任せて暴走してしまった人間の一人なのでしょう。だから、私は今までドライに仕事をして来たつもりです。実際そうしなければ、学校組織は崩壊してしまう。
私立学校で、進学実績などをあげている学校は、組織が一枚岩となって目的達成のために尽力しています。現に私のいた学校は、そうでした。そのために、ストイックになって、生徒に受験のイロハを叩き込んできました。もちろん、これは多くの私立学校が、競って行っている事です。競争が教育を進化させて来たと言ってもいいでしょう。
しかし……本当にそれでよかったのでしょうか?
確かに同じ目標を掲げて組織が稼働する事は、効率が良く生産性も間違いなく高いです。ですが、それはあまりにも無機質で寂しいものです。そして、教育はそうあってはいけないと、私は気付かされました。だからといって、自分が正しいと思うことだけをしても、組織はバラバラになってしまい、それは結果として生徒が不幸な目に遭わせてしまいます。私は、思い知らされました。私のして来た教育とは、一体何だったのか……と。
私は、もう一度教育について考え直し、新しい答えを見つけ出したい。もちろん、それが過酷な道であることはわかっています。それどころか、自分がこれから何を成すべきか、皆目検討もついていません。……ですが、いつか必ず、答えを見つけたい、何年かかっても、何十年かかろうとも。それが、この一年間が、そして先生が私に与えてくれた、使命なのだと勝手ながらに思っています。
私は、この数奇な運命を恨んだことは一度もありません、そして感謝をしたこともありません。ですが、今は違います。やり直しの中学校生活は、私にたくさんの贈り物をしてくれた。そして、飛田先生……あなたと出会うことができた。先生が、私の正体に気づいたとき、どうなってしまうのか不安でした。しかし、自分の状況を知る人物ができた事に安心感も覚えたました。先生が、大人として接することのできる数少ない人物であったことは言うまでもありません。そして、先生は、私を教師として認めながらも、私の抱えている問題に気付き、向き合わせてくれた。皮肉な事に、進路指導を何年もやって来た人間が、見事に進路指導されていたわけです。あなたは、血の通っていない私に息を吹き込んでくれたのですね。
先生は、私にとってメンターです。今まで色んな尊敬できる方に会って来ましたが、そう思えた先生はあなたが初めてです。ああ……もし、神様が私の願いを叶えてくれるのであるならば………。
先生と……もっと一緒に………仕事をしたかった!!!
もっと教えを乞うて欲しいなんて贅沢は言いません!!!もう少しだけ、見てほしかった……。
今は、ただそう思います………。
私に……かけがえのない一年を下さり、ありがとう………ございました………。
答辞を読み終えた、私は自分が膝をつきながら泣いている事に気がついた。こんなに泣いたことは、初めてかもしれない。その涙には、悔しさと、虚しさと……そして感謝……さまざまな想いが混ざり合っていた。そんな私に、飛田は優しく肩を叩いて言った。
「顔をあげて下さい」
私が顔を上げると、笑顔の飛田がそこにいた。彼の頬にはうっすらと筋がついている。
「私も、最後の最後であなたに会うことが出来て、本当によかった。あなたの答辞……中学生としては0点です。ですが、私にとって、これほど嬉しいものは他にありません。あなたがこれから歩む道は、長く険しいでしょう。しかし、いつかたどり着けることを信じて、見させてもらいます。北沢さん……いや……
北沢明先生!思う存分、自分の腕を奮って下さい!!」
「はい!!」
私は、飛田の手を強く握り大きな声で返事をした。それは、腹の底から……いや、全身から吐き出したような、覇気あふれる返事だった。
それから数日後、飛田は静かに息を引き取った。
それから数ヶ月の時が経った。
「上野は、高校で相変わらず勉強に苦戦しています。一方の大塚は、高校でもトップの成績みたいです。これなら、第一志望の大学にも行けるでしょうね。私と千歳は、同じ学校で楽しくやってます。」
飛田と書かれた墓石の前で私は、一人語りかけていた。すると、後ろから声が聞こえて来た。
「明も来たんだ。」
「千歳か?よくここが分かったな。」
「うん。長沼先生がね。教えてくれたんだ。亡くなったんだね……知らなかった。ちょっとおちゃらけてる先生だったけどさ……なんだかんだ言っていい先生だったよね。」
「ああ……本当に面倒くさい、いい先生だったよ」
私は、手を合わせた後、立ち上がり千歳に言った。
「さて、そろそろ帰るか。千歳も一緒に帰るか?」
「うん。あ、そうだ、帰りにどこか寄ろうよ。今まで奢ってもらったから、今度は私が明に奢ってあげる」
「そ…そうか(高校生に奢ってもらうのは気がひけるのだが……)」
「ほら、行くよ!」
これは、私が体験した数奇な運命をまとめた報告書。飛田は卒業式の日に、卒業アルバムの白紙のページは、これからの未来を表していると言っていた。私の描く未来は、彼の言った通り全く予測のつかないものになるだろう。もしかしたら、過酷なものになるのかもしれない。それでも、前を歩き続け軌跡を残し続けよう。それが、飛田の言う通りいつか奇跡になると信じているから。それに何より、
私の人生は、まだ再出発したばかりなのだから。
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