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報告128 卒業式における生徒の変容

報告122の選択肢でBを選んだ場合、こちらの章になります。Aを選んだ場合の結末は終章Aをご覧ください。

【1】


 卒業式当日、その日もいつもより早い時間に起床し、いつもかけて時間をかけて身支度を整える。これで一体何回目の卒業式だろうか。当然ではあるが、教師になってからこの行事には毎年列席している。慣れているはずなのに、身だしなみを整えているこの時間ですら、緊張感を覚えていた。


 身支度を終えて、時間になるまでくつろいでいると、弟が家に訪ねてきた。私は、弟を家に迎え入れた。


「兄さん、卒業おめでとう」


「よせよ。別にめでたいことでもないだろう」


「そうかな?ひとまず第二の中学校生活の卒業なんだから、めでたいんじゃないかな。実際、兄さんこの1年で変わったと思うよ」


「そうか?……いや、それもそうか。」


「そうだよ。さて、そろそろ時間だよ。行こうか、兄さん」


「ああ、ぼちぼち向かうとしよう」



 教室の中に入ると、すでに数名の生徒が教室で最後の時間を過ごしていた。掲示されていたプリントはすべて撤去され、私たちが過ごした形跡は、跡形もなく消えていた。黒板に描かれた黒板アートだけが、私たちの残した証として教室に残っていた。その、様変わりしてしまった教室を眺めて感傷に浸っていると上野が声をかけてきた。


「北沢、おはよう。いよいよだな」


「そうだな……」


「なんか、大変な1年だったな。北沢が居たのは、1年間だけだったのに、3年間ぐらいいたんじゃないかってくらい、濃い時間だった気がするよ」


「どうした?急に語彙が増えてるぞ」


「茶化すなよ!それよりお願いがあるんだ」


「お願い?」


上野は、卒業アルバムの空白ページを開いて言った。


「なんか書いてくれよ」


「ああ……構わないぞ」


 私は、上野から卒業アルバムを受け取りペンを持った。いつも、卒業アルバムに書く内容は決めている……決めているのだが……。


……なかなか書くことができない。


 私は、今まで生徒たちに、様々な言葉を贈り卒業させてきた。しかし、その言葉の一つ一つが稚拙ちせつに思えて仕方がなかった。私は、さんざん考えた挙句、彼のアルバムに「1年間ありがとう。これからは、もっと遊ぶぞ!!」としか書けなかった。それでも、その言葉は、今までの教え子たちに投げかけたどの言葉よりも、重みのあるものであると感じて疑わない。上野のアルバムにメッセージを書き込み終わると、他のクラスメイトにも、メッセージを書いてほしいと頼まれ、同じような言葉を書き込んだ。そんなやり取りをしばらくしていると、副担任の平山が教室に入ってきた。



「皆さん、おはようございます。それでは、時間です。それでは、行きましょうか!」

 

 

 その後、私たちは体育館へと連れられ、卒業式が始まった。3年間を締めくくる大切な式典だが、練習通りに礼や起立をするだけの、単調な動作が続くだけのものであることには変わりない。教師になってからも、この卒業式で感極まることも今まで1度もなかった。それなのに、この式だけは違った。同じことをしているはずなのに、どうしてこうも心が揺さぶられるのだろうか。振り返れば、そう思う場面はいくらでもあった。きっとそれら気づいていないふりをしていただけなのだろう。それから、約1時間という短い時間で、卒業式は、幕を閉じた。皆、これからの新生活への期待や、仲間との別れることへの悲しみ、様々な感情がひしめいていたことだろう。だが、その中で誰もが腑に落ちていないことがあった。


 飛田の姿が、どこにもないのだ。


 教室に戻った私たちは、平山に飛田のことを質問した。すると、平山は胸ポケットから手紙を取り出し私たちに言った。


「皆さん、飛田先生は残念ながら今回参加できませんでしたが、実は式の様子をずっと動画で見ていたんです。今、ビデオ通話がつながっていますので、プロジェクターで映しますね」


平山は、そう言ってタブレットにプロジェクターを接続し始めた。すると、プロジェクターに飛田の姿が映し出される。背景は合成されたものだろうか、明らかに日本ではなかった。その光景に皆がソワソワしていると、突然飛田が話し始めた。



「ご卒業おめでとうございます。今日は皆さんの大切な式に列席できなくて申し訳ありませんでした。しかし、映像を通して皆さんの立派な姿を見ることが出来ました。私は今、どうしても外せない“もの”がありまして、ビデオ通話にはなりますが、最後に皆さんにお話をしたいと思います。


 さて、皆さん卒業アルバムの白紙のページは、もう見ましたか?そこに、クラスの友達からメッセージを書いてもらったり、自分が他人のページにメッセージを残したり、そんなやり取りをしたのではないでしょうか?青春ですね!!


 ところで、その白紙のページは、もともと、『メッセージを書くために作られたもの』ではないということを知っていますか?せっかくですから、その白紙のページの一つ前のページを開いてみてください。


 開きましたか?そのページは、中学3年間での日本の出来事ニュースがまとめられていますね。そして、その隣のページが白紙になっている。この意味が分かりますか?実は、この白紙のページは、君たちがこれから歩む輝かしい未来を表しているのです。どうですか?結構、いきはからいでしょう?君たちがこれからどんな未来を歩み、その未来のページがどんなニュースで敷き詰められるのか。それは、皆さん次第です。これからも、前向きに歩み続けて下さい。歩み続ける事さえ忘れなければ、その軌跡は、いつか奇跡に変わりますから。さて、そんな未来を歩んでいく皆さんに私から最後の宿題です。


 最後の宿題は……『幸せな人生を歩み切ること』です!!


 宿題だからと言って、提出を急いではいけません。私より先に終わらせるなんてもってのほかですよ。ゆっくりでいいですから、幸せというものを皆さん自身の手でつかみ取ってください。


 私は、教師という仕事を何十年も続けてきました。私にとって、教師は『他人の人生に自分の幸せを分け与える』仕事だと思っています。時には、皆さんに厳しいことも行ってきましたし、嫌な宿題やテストをたくさん課しました。でも、それは将来、あなたたちが幸せな人生を送るために必要なものだから与えたものです。私も皆さんと同じ年齢だったころ、先生にたくさん叱られましたし、課題もたくさん出されました。ですが、そのおかげで教師になり、成長する生徒を見て、たくさんの感動する場面に立ち会うことが出来ました。これを幸せと言わず何というのでしょう。


 この中には、仲間と別れることをさみしいとか悲しいと思う人もいるでしょう。でもそれは、この中学校での3年間が、それだけ幸せだったということです。そんな場を提供してくれた、仲間や学校や先生方に感謝の気持ちを忘れないようにしてくださいね。今後も幸せだと感じたたら、『感謝』の気持と忘れないでください。できれば、その時の幸せを多くの人たちに分け与えてください。大丈夫です!分け与えた幸せと感謝は、いつかきっと皆さんの元に何倍にもなって帰ってきますから。


 改めて卒業おめでとう………………




 ………………………………最後に君たちの担任ができて本当に良かった。




…………………………ありがとう」



飛田との映像は、そこで途絶えた。



【2】


 その後、私たちはすぐに解散となった。千歳は、私に質問した。


「ねぇ北沢。飛田先生が最後に言った言葉だけど、あれって今年で辞めるからかな?定年だって言ってたし」


「………………いや、そうじゃない」


「……え?」


私は、千歳に言った。


「すまん、千歳。俺、行かなきゃいけないところがあるんだ。帰るな」


「………………うん。わかった、行ってきなよ」


彼女は、すべてを察し私を送り出した。



 私は、教室を飛び出すと、職員室に居る長沼を呼び出して言った。


「長沼先生、お願いがあります!!」


「北沢くん?どうしたんだい?」



「飛田先生の居場所を教えてください!!」



「居場所って言われてもな……」



「おおかた、どこかの病院で入院しているのでしょう?」



「どうしてそれを!!?」



私の要求に長沼は思わず困り顔をした。おそらく、誰からか釘を刺されているのだろう。それでも、私はあきらめきれなかった。



「お願いします!!どうしてもすぐに伝えなくてはならないことがあるんです!!!」



私は、彼に深々と頭を下げた。長沼は、しばらく頭を抱えると、一枚のメモを私に手渡した。



「ありがとうございます!!」



私は、長沼からそのメモを受け取ると、飛田の居る、病院へと向かった。




【3】


「飛田さん。よかったんですか?生徒に本当のことを伝えなくて。」


看護師が飛田に聞いた。飛田は、笑顔で答えた。


「これでいいんです。今のあの子たちに、悲しむ顔は似合いませんから。」


「そうですか……」


看護師は、少し寂しそうな顔で去っていった。それと入れ替わるように、一人の少年が病室に入ってきた。飛田は驚いた顔で声を漏らした。


「……北沢さん?」


入ってきた少年とは私のことである。猛ダッシュで駆けつけたために、せっかくアイロンをかけた制服が型崩れしてしまっている。そんなことなどお構いなしで、私は飛田に尋ねた。


「長沼先生に先生が入院している病院を教えてもらいました。飛田先生……今まで聞きませんでしたが、人工透析をやってますよね?」


「気づいていたのですか?」


「運動量や食事量を控えているようでしたから。そして、通院や自宅で人工透析をされている方が、病院で入院しているということは……」


「そうですか……お見通しなのですね……。あなたのおっしゃる通りです。もう、私の身体は人工透析に耐えることが出来ないそうです。ですから……もってあと数日です。」


「……………」


「それで、北沢さん。あなたは、なぜここに来たのですか?」


「もちろん、決まっています。」


私は懐から、包みを取り出し、飛田に見せながら言った。



「答辞を……読みに来ました!!」




いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

感想がありましたらお待ちしております。ブックマーク、レビュー等頂けましたら嬉しいです。よろしくお願いします。


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