報告127 高校1年生の心構え
報告122の選択肢でBを選んだ場合、こちらの章になります。Aを選んだ場合の結末は終章Aをご覧ください。
【1】
都立の合格発表から数日後、私はいつも通り、早めに登校し教室で勉強しながら過ごしていた。しばらくすると、上野が登校して私に声をかける。
「おはよう北沢。勉強か?」
「ああ。飛び級試験を受けるつもりだからな。そうすると、試験まであと1年半くらいしかないんだよ。」
「お前も大変だな……。っていうか飛び級ってなんだよ!!?」
こんな彼とのやりとりも、あと数日で終わってしまうのか……。そう思うと、大の大人でもさみしいものだ。そんなやりとりをしていると、大塚が私の机に置かれている問題集を覗き込みながら言った。
「おはよう北沢くん。なにこれ?高校の勉強?」
「ああ。数学Ⅲってやつだな」
「そうそう、それで聞こうと思ってたんだよね。高校の勉強何やればいいのかなって」
大塚が私にそう言うと、千歳が割り込んできた。
「え~。今から大学受験のこと考えたくない~!!!」
千歳がそう言うと、大塚はからかいながら言った。
「千歳ちゃんは、北沢くんがずっとついてくれるから大丈夫だよ。嫌でも、強制させられるって。ね?北沢くん」
「そうだな。まずは、受かったコースよりも上のコースに2年生で上がれるように、鍛えるとしよう」
「もう!そんな意地悪なこと言わないでよ!!」
「さて、今までのは冗談として、簡単に話しておくか。まず、究極を言ってしまうと、高校も中学と一緒で一部の教科で問題集(俗にいう副教材)を購入することになるが、大塚さんの進学する学校の場合(おおむね偏差値が55以上の学校)は、学校の副教材のみで受験に対応できることがほとんどだ」
「え!?それじゃ、塾いらないし、本屋さんで問題集売る必要もないじゃん!!」
「そう、確かに塾に通う生徒もいれば、問題集を購入する生徒もいるだろう。それは、高校の副教材がもつ性質が原因なんだ」
「性質?」
「それじゃ、上野に質問だ。学校の問題集ってどんなイメージがある?」
「うーんと……基本をマスターするためのものだろ?」
「たしかに、中学校の副教材は、そういう性質のものが多いな。ところが、高校の副教材は、話が別だ。もちろん物にもよるが、基本はもちろん様々なレベルの大学入試問題に対応していることが多いんだ。実は超万能なんだぞ」
「そうなのか!!」
「ただし、これには弱点がある」
「弱点?」
「そうだ。様々なレベルの問題を扱うから、量が膨大になってしまうんだ。それに、さまざまなレベルの問題が網羅されているから、志望校によっては、必要のないレベルの問題も入っている。だから、自分のレベルにあった問題集を書店で購入する者が多いんだ」
「なるほどね」
「だから、高校1年生のうちは、与えられた副教材を完璧に解答することができるなら。相当な基礎能力を有していることになるわけだな。だから、変に問題集を購入するより、与えられた教材を完璧に、こなす方がいい」
「なんだ、そう言われると。高校チョロそうね」
「そうか?例えば、化学とかだと1000問弱あるけどな」
「え!?無理!!!!!」
「積み重ねが大事ってことなんだね」
【2】
その日の放課後、この日は、給食のない午前授業で、私は昼食も摂らずに、教室で黒板を見ながら考え事をしていた。すると、千歳が私に声をかけてきた。
「北沢、どうしたの?考え事なんかして?」
「ん?ああ、ちょっとみんなでやりたいことがあるんだ」
そう言って私は、スマートフォンに保存されているある画像を千歳に見せた。
「ナニコレ!!やりたい!!」
千歳は、その画像を見てそう言った。
「実は、もう先生の許可はもらってるんだ。あとは、デザインを決めたいんだが……最近流行りのキャラクターとかイマイチ分からなくてな。……そうだ、千歳。この後暇か?」
「え?……うん」
「ちょっと渋谷に行かないか?」
「え……うん!行く!!」
【3】
すぐさま帰宅して、着替えを済ませた私は、千歳と一緒に渋谷へと向かった。繁華街に行けるということで、ワクワクしていた千歳は、いざ到着すると余りの人の多さに萎縮してしまっていた。私は、そんな千歳に忠告した。
「俺から離れるなよ。はぐれたら面倒だからな」
すると千歳は、私に反論した。
「何言ってんの?子ども扱いしないでよ。はぐれてもスマホで連絡取り合えば済む話じゃない」
「確かに、合流は出来るが、待ち合わせをしている間に、多分見知らぬ男性に声かけられる可能性は高いぞ。特に、駅前で待ち合わせしてると、ナンパされやすい」
「え!?それは嫌だ!!」
「わかったら、手を離すなよ」
千歳は、私の脅しに恐れたのか、手を強く握ってきた。私は、そのままあるお店の前まで千歳を連れて行った。千歳は、そのお店の前で私に言った。
「へー。北沢でもこんなところ来るの?」
そこは、アニメグッズ専門店だった。
「仕事で来たことがあるくらいだな」
「え!?仕事!?学校の先生でしょ?何でこんな所に行くのよ!?」
「テスト前に遊び呆けてる生徒をしょっぴくんだ。ここに来ると、高校生が結構、寄り道してるからな」
「……北沢も大変だね」
「さて、そんなことより、色々見て回るぞ、最近のアニメとか、俺は知らないからな。千歳が頼りだ」
「私もそんなに詳しくないんだけどな……。とりあえず、卒業に相応しいアニメのキャラクターとか絵の描いてあるグッズを探せばいいんだよね?」
「そう。頼んだぞ」
「とりあえず。やってみる!!」
そうして私たちは、しばらく漫画やグッズを探し回り、目当ての物を手に入れることが出来た。私は、レジで、目当ての画集とついでに……。
「北沢、そのBlu-rayなに?」
「家帰ってから、見ようと思ってな」
「へー。何のアニメ?」
「いやアニメじゃないんだ。特撮だ」
「特撮?一体何よ?」
「バケレンジャー……」
「ちゃっかり、ハマってるんかい!!」
店を出た私たちは、帰る前に喫茶店に立ち寄り一息つくことにした。千歳は、甘ったるそうなキャラメルマキアートを一口飲んでから私の飲み物を見て質問してきた。
「なにそれ?ブラックコーヒー?」
「ああ。好きなんだ」
「で?その、ブラックコーヒーって、やっぱり大人になったらみんな好んで飲む物なの?」
「そんなことはないぞ。俺が、たまたま好きなだけだな。別に大人になろうが、変わりはしないさ。」
「そっか。大人になったら、みんな飲んでるものだと思ったけど、ちょっと安心した。」
「確かに、お前ブラックコーヒー嫌いだもんな」
「何で知ってるのよ?」
「修学旅行の時に、俺の真似して飲んで失敗してたろ?」
「え!?うそ!!気づいてたの!?最悪!恥ずいじゃん。っていうか、それ言っちゃダメでしょ!!」
「そ……そうだな、すまん」
「それにしても、修学旅行か……もう、ずいぶん昔のことのようだけど、まだ一年も経ってないんだよね」
「そうだな」
「……いよいよ、卒業だね」
「寂しいか?」
「うん。……北沢は?」
「俺は、何人も生徒送り出してるからな〜」
「うわ!!出たよ、そうやって……。だから、陰険で鬼畜な眼鏡って言われちゃうんだよ。」
「おい!それ、桜から聞いたのか!?」
「うん。お姉ちゃんがね、北沢が先生だった頃のこと話してくれたの」
「あいつ……覚えてろよ」
「で、本当のところ寂しくはないの?」
「………今までは、何ともなかったのだがな」
「……それは、北沢も変わったって事なんじゃない?」
「俺が変わったか……確かにそうかもな」
私は自分の手のひらを見つめながら、この一年のことを振り返った。思えば、全く計画とは違う一年を過ごすことになってしまった。その中で、私は一体何を得たというのだろうか。はっきりとは分からなかったが、きっとそれは今まで自分が見失ってしまっていたものなのかもしれない。
もう、卒業まで残り数日、それまでに答えを見つけられるのだろうか?そんな疑問が私の頭の中をただよぎるばかりだった。
【4】
次の日、この日からは、通常授業もなくなり、卒業式に向けた準備が始まった。卒業式の練習や卒業文集の制作などを淡々とこなしていく。ここまでくると、周囲は一気に卒業ムードに変わっていった。この日、午後の時間を使って大掃除が行われた。普段は、嫌がるはずの大掃除ですら、もうこれが最後と思うと、テンションが上がってしまう者も少なくなかった。家庭科室の掃除をすることになった私は、荷物を持って家庭科室に向かった。家庭科室には、私以外に千歳や大塚、上野が担当することになった。上野は、かったるそうな声で言った。
「せっかく受験勉強終わったってのに、掃除なんかしたくねーよ!!」
「まぁまぁそう言うな。」
私は、そんな上野をなだめた。
「ところで、北沢。そのビニール袋に入ってるやつは何だよ?」
上野は、私の右手に持っているビニール袋を指さして私に尋ねた。私は、ビニール袋から薬品を取り出し机に並べた。大塚がその薬品を見て言った。
「重曹とクエン酸?何をする気なの?」
「ガスコンロをめちゃくちゃ綺麗にしようと思ってな」
私は、ガスコンロに粉末状の重曹とクエン酸をふりかけ、そこに液体洗剤を混ぜ合わせた。すると、洗剤は普段見たことのないくらい激しく発泡した。
「この状態で磨くと、簡単に油汚れが落ちるんだ」
「そうなのか!?」
上野がそう言いながらスポンジでガスコンロをこすると……。
「スゲー!!簡単に落ちるぞ!!」
上野の様子を見て、千歳もガスコンロを掃除すると……
「本当だ、なんかすごい落ちる!!」
大塚は、その様子を見て私に質問した。
「この泡って二酸化炭素?あれだよね、中2でやった炭酸水素ナトリウムと塩酸の反応と同じだよね?なんだっけ、弱酸の遊離っていうんでしょ?」
「よくわかったな。この発生した泡がきめ細かくてな、洗浄力が格段に違うんだ。(というか、弱酸の遊離なんて言葉、どこで知ったんだ!?)さて、とっとと綺麗にするぞ」
3人は、思いの他、汚れが落ちるためか一心にガスコンロを磨いていた。その作業の途中で、上野は私に話しかけてきた。
「なぁ、北沢。俺たち、卒業しても定期的に遊ぼうな!」
「なんだよ。いきなり……。高校の友人も大事にしろよ」
「いや、俺の進学先、男子が少ない……。」
「あっ……そういえば……国際系だとどうしてもな。まぁ、何かあったらスマホに連絡入れろよ。それに、お互い学校が渋谷に近いだろ?たくさん遊べるぞ」
「本当か!?北沢とは、社会人になっても友達でいたいな」
「そこまで関係が続いたら、一緒に酒でも飲もうじゃないか」
「うわ!出たよ!!この不良少年!!」
「え!?なんで!!?」
そんな他愛のない会話をしながら、卒業までのカウントダウンは刻一刻と迫っていった。
その日の帰りの会、私はクラス全体にある提案をした。
「みんな、少し聞いてくれないか?これから、卒業まで黒板は使わないらしい。なので、こんなものを記念にやってみたいのだがどうだろうか?もちろん、協力したい人だけで構わない」
私は、一枚の写真を全員に見せた。それは、他校で卒業の時に書かれた黒板アートの写真だった。その写真を見て、乗り気になっているものも多かった。しかし、大崎がこんな質問をしてきた。
「協力はしたいけどさ、俺、絵苦手なんだよな」
「大丈夫だ、そのために用意した」
私は、プロジェクターを教卓の前に置きながら言った。
「このプロジェクターで、画像を黒板に写す。あとは、チョークでなぞるだけだから、誰でも簡単に絵がかけるぞ」
「なるほどな……」
「なにそれ!おもしろそう!!私もやりたい!」
この日の放課後から、私たちの卒業制作が始まった。作業をしながら千歳が話しかけてきた。
「もう、卒業なんだね……」
「ああ、長かったな」
「ずいぶん適当な返事ね。っていうか、卒業式に泣いたりとかしたことないでしょ」
「そうだな……今までたくさん卒業生を出してきたが……一度もないな」
「うわ……」
私は、千歳にそういったものの、私が今、胸の中に抱いている感情は、それとは別のものだった。それは、いままで抱いたことのない感情だった。40年近く生きてきて、どうしてこんな感情を抱くのだろうか、私には、それが不思議でたまらない。それと同時に、何かが満たされていくような感覚を抱くのだった。
それから、数日後。私たちは卒業の日を迎えた。
いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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