報告126 3年生の受験結果
報告122の選択肢でBを選んだ場合、こちらの章になります。Aを選んだ場合の結末は終章Aをご覧ください。
【1】
ある日の昼の事だった。この日は、特別に学校を休み、スクールの事務室に待機していた。事務室には、他にも弟と桜が待機している。また、事務室の外には数名の講師たちが待機をしている状態だった。その空気は、重たく、緊張感がありピリピリとしている。
それもそのはずで、この日は都立一般入試の合格発表日だからだ。合否が判明した時点で、学校はもちろんこのスクールにも連絡が入る事になっていた。私たちが、しばらく待機をしていると、一本の電話が鳴った。弟が素早く受話器を受け取る。
「はい……分かりました……。……いえ……今まで受験勉強お疲れ様でした……」
弟は、テキパキと会話を済ませて受話器を静かに置いた。その直後、私の方を向きながら言った。
「神田くん、合格したって」
私は、弟の淡泊すぎるやり取りに思わず、ツッコミを入れてしまった。
「紛らわしいんだよ!!!!」
弟は、両手を合わせながら私に言う、
「ごめんて!さて、水上先生、他の講師の先生に伝えてきて。『祝!合格』の掲示物をどんどん作っちゃおう!!」
「はい!行ってきます!」
桜は、そう返事をすると事務室を飛び出し、他の講師の先生に合否結果を伝達していった。これから数時間は、この作業の繰り返しだ。
最初の電話から1時間くらい経った頃だろうか。弟が受話器のマイク部分を手で押さえながら、私に言った。
「兄さん。上野くんだよ。出てあげて」
「わかった」
私は、弟の表情から嫌な予感がした。弟から受話器を受け取って上野に話しかける。
「上野、どうだったんだ、結果の方は?」
上野は、しばらく黙った後に言った。
「…………ダメだったよ」
「そうか………やはり、自校作の学校は厳しいな」
「俺、あれだけ必死に英語……勉強したのに……」
上野のその一言から、彼の今までどれほどの努力を積み重ねてきたのか、そして、この結果がどれほど無念なものなのかが、手に取るように感じられる。しかし、今の私には、当たり障りのない返事しかできなかった。
「……そうだな」
「やっと、自分を変えられるって思ってたのに。やっぱり現実は厳しいな……。何度も不合格者の番号一覧に自分の番号がないことを願ったことか……」
「すまない、上野。俺も力不足だった……。………ん!?ちょっと待て上野!お前今なんて言った!!?」
「え?不合格の番号が出ないように……」
「合格の番号しか普通掲示しないぞ!!!!」
「え!!?だって番号見た隣の女子が号泣してたぞ!」
「馬鹿野郎!!!もう一度行って確認してこい!!!今日、入学手続きを済ませないと、後々面倒だぞ!!!」
「え……うぇ……え…!!?」
私は、受話器を思い切り切り、言った。
「最後の最後で、上野のやつ!!!」
上野のやつ!さっきまでの気苦労を返してくれ!!!
それから30分後、上野から合格報告の電話が入ったのだった。これが、この日最後の合格報告になった。私たちは、結果を集計した物を印刷して眺めながら言った。
「兄さん、一年目にしては、中々の実績じゃないかな。」
「ああ……。これは、ニヤニヤが止まらないな」
「とりあえず、別の場所にも教室増やしたいな。とりあえず東京の西ブロックをウチのスクールで埋め尽くして、制覇したいな〜」
「そこまで出来たら、もはや制覇じゃなくて征服だな(笑)」
「お二人とも、悪そうな顔をしていますよ。」
私たちの怪しい会話を聞いていた桜がツッコミを入れた。
「ところで、北沢先生。来年からは、どうするのですか?」
「そうですね。この校舎を管理してくれる人を来年から雇う予定です。もっと校舎も増やしたいですしね」
「じゃあ、塾長は?」
「僕かい?僕も、そろそろ別の仕事が忙しくなりそうだからね。他の人に管理を任せようと思ってるんだ。ちょっとスマホゲームの開発案件があってね。付きっ切りになりそうなんだ。」
「そうですか。居なくなっちゃうんですね。せっかく再会できたのに……残念です……」
桜は寂しそうな顔でそう言った。私は、彼女の肩をポンっと叩いて言った。
「確かに、これでお別れかもしれませんね。でも、あなたは学校の先生になるのでしょう?教育という業界は、狭いものです。あなたが教師になれば、再び会う事になりますよ。」
「本当ですか?」
「もちろんです!まぁ、その時は商売敵になってるかもしれませんけどね」
「そういう意地悪なこと言いますか!?……やっぱり私の担任だった人ですね!!まったくもう!!」
「そもそも、比較的難関と言われる教員採用試験にも合格しないといけないですし。あなたがクリアしなくてはならない課題は山積みです。」
「ほら!やっぱり意地悪だ!!」
「ですが……あなたなら、突破出来ると思いますよ。いつか、また成長した水上さんの姿を見せて下さい」
「はい!必ず!!」
【3】
それから数時間後、スクールのスタッフが全員帰宅したころ。合否結果をまとめた私は、その資料を片手にある人物に電話をかけた。
「……………」
「…………ダメか」
その人物とは、飛田の事だった。しかし、飛田が通話に出ることはなく、私は留守番電話にメッセージを入れた。
「飛田先生、北沢です……。合否結果の資料をまとめましたので、取り急ぎ報告です。都立受験のほぼ全員が第一志望に合格しました。ここまで、良い結果が出たことは、いい意味で想定外でした。詳細は、学校の方にお送りします……。生徒たちもがんばりました……ですから……
飛田先生も必ず!卒業式であの子達に労いの言葉をかけてあげて下さい!
……いえ、そう望みます。失礼します」
私は、電話を切ると、スマートフォンのホーム画面を見つめながら呟いた。
「卒業式まで、あと2週間か……」
気づけば、もう三月。あと2週間で、私たちは卒業式を迎えることになる。いよいよ、この数奇な中学校生活も終わりが近づいていた。
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