報告125 決戦の日
報告122の選択肢でBを選んだ場合、こちらの章になります。Aを選んだ場合の結末は終章Aをご覧ください。
【1】
今日は、都立一般入試が行われる日だ、私と千歳、大塚は朝早く駅に集合し、待機をしていた。しばらくすると、問題集を読みながら歩く上野がやってきた。上野は私たちに気づくと、速足で近づいてきて言った。
「お前ら、何しに来たんだよ」
「出迎えだよ」
大塚がそう答えると、彼女はシャープペンを上野に手渡した。
「はいこれ。私が第一志望の学校を受けたときに使ったシャープペン。お守り代わりに持って行って」
次に、千歳がお守りを手渡す。
「はい、お守り」
上野は、2人の贈り物を嬉しそうに受け取り、2人に言った。
「ありがとう!いいのか、もらって?」
「あんたには、いろいろと助けてもらったしね」
千歳がそう答えた。最後に私が、カバンからチョコレートを手渡した。
「頭を使うときは、チョコレートを食べるといいからな。これ、受験用のチョコレート菓子だ。持って行って食べるといい」
「北沢……」
上野は、私の差し出したチョコレートを受け取った。私は、上野の肩をたたいて言った。
「ほら!早く行って、勝って来い!!」
「おう!!ちょっくら行ってくるわ!!!」
上野は、うれしそうな顔で駅の中に消えていった。その後ろ姿は、かつて勉強に苦しんでいた姿など微塵も感じさせない、自信に満ちたものだった。上野の姿が見えなくなると、千歳は私に言った。
「じゃぁ、北沢。こっちも勝負の時間だね」
「ああ……放課後、相手をしよう」
【2】
その日の放課後、私と千歳は準備体操を簡単に済ませ、体育館に準備しておいたコートの中に入った。千歳は私に言った。
「確認だけど、ちゃんとフルセット(2ゲーム先取)だからね」
「わかってる、いつでもいいぞ……」
私は、ラケットを腰のあたりまで持ち上げ構えた。千歳と試合をしたのは、4月以来だろうか。とりあえず、適当にロブを上げて様子を見てみるか……。そう考えたのだが……何回かラリーをして気が付いた。
こいつ……私の体力切れを狙っている。
このままでは、まずいと考えた私は、攻撃的な戦術に切り替えることにした。まず、体力が削られるのであまり使いたくなかったが、スマッシュを全力で打ち始めた。大抵の中学生は、私のスマッシュを返せないので、短期決戦になるのだが……。
なんか……千歳のやつ、スマッシュ返してきてないか!?
私が、そのことに気づくと大崎が私に聞こえるように言った。
「北沢!!水上には、スマッシュを返せるように特訓させたんだ。お前がいくら打っても無駄だぞ~。だから、早いテンポのラリーで、相手のペースを乱さないと勝てないからな!!」
そんなことは、わかっているし、早いテンポのラリーに持ち込むこともできる。ただ一つ問題なのは……。体力がもつか分からない……。千歳と根比べをするしかなさそうだ。
1ゲーム目が終わり、千歳から1ゲームを取ることができた。もちろん、そんなに難しい話ではなかったのだが……。……体力が持つか心配で仕方ない。だが、それは千歳も一緒だ。私は千歳の方を向いて、様子を確認する……ちょっとまて!私は、思わず千歳に言った。
「おい!!なんで酸素缶なんて吸ってるんだ!!?」
大崎は、意地悪な顔をして私に言った。
「どうした?別に公式戦じゃないんだし気にするなよ。そもそも、全くハンデなしなわけないだろ!?お前男子なんだし」
「……なん……だと……。」
私は、見事に策略にはめられ、あっさり千歳に敗北してしまった。とはいっても、千歳の成長がそもそも凄まじく、驚かされるばかりだった。私が、体育館の隅で水分補給をしながら息を整えていると、千歳が私のもとに近寄ってきて言った。
「北沢…約束覚えてるよね?」
「ああ……」
一体、何をお願いするつもりだろうか。私が、身構えていると、彼女は耳元でささやいた。
「私と付き合って……」
「………………わかった。でも、本当にいいのか?」
「北沢がどんな人間だろうと関係ないよ。私にとっては、同じクラスの勉強ができて、おせっかいで、人のために必死になる、ただのクラスメイトなんだから」
千歳の言葉を聞いて、正体を他人に明かすことに苦悩していた自分がばかばかしくなってしまった。そもそも、私は、今まで偉そうなことを言ってきた。それもそうで、彼らとは生きてきた時間も、経験も違うからだ。だが、千歳の言ったように、私も人の子なのだと思い知らされた。それは、別に自分を卑下する気持ちになったわけではなく、自身にかけられた呪縛から解き放たれたような気分だった。
「……そうだな。千歳の言う通りだ。それより、そろそろ上野を迎えに行くぞ。これで、4人全員受験も終わりだ。うちで打ち上げでもしよう。」
「え!?本当!?」
千歳は、うれしそうな顔で返事をした。私は、大崎の方を向いて言った。
「大崎!お前もくるだろ?なんなら、神田も連れてこよう」
「俺も誘ってくれるのか!?」
私たちは、その後、私の家に集まり、みんなでお菓子を食べたりゲームをしたり、中学生らしい時間を過ごした。遊んでいるときの彼らは、しがらみから解放された晴れやかな顔をしていた。みんなそれぞれ、悩みを抱え、長い時間をかけて戦った。
それは上野であれば、苦手だった英語。大塚は、受験と家族の目。千歳は、私との関係。大崎や神田は、人間関係。時間はかかったけれど、この日の彼らの笑顔は、それらから解放されたことを意味していた。そして私も……
教師というしがらみから、ようやく解放されたような気がした。
後は、合格発表をただただ待つだけである。
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