報告124 飛田からの手紙
報告122の選択肢でBを選んだ場合、こちらの章になります。Aを選んだ場合の結末は終章Aをご覧ください。
【1】
次の日、今日は部活がオフの日だ、特にこれといってしなくてはいけない事もない。私は、帰り支度を済ませると、千歳に声をかけた。
「千歳、一緒に帰るか?」
しかし、千歳の返答は私の予想とは異なるものだった。
「ごめん、ちょっと用事があるんだ。」
千歳は、私に両手を合わせて、そそくさと帰ってしまった。
千歳は、帰宅後すぐにジャージ姿に着替え、市民体育館に向かっていた。既に体育館には、大崎が千歳のことを待っていた。大崎は千歳に言った。
「やる気まんまんだな。そんなに、北沢に勝ちたいのか?」
「卒業までに一度も勝てないのは、心残りになっちゃうからね。それに……。」
「それに?」
「……あ!いや、何でもない。早く練習しようよ。」
「まあ、いいか。とりあえず中に入ろう。」
2人が体育館の中に入り、準備が終わると、千歳が大崎に言った。
「さてと!じゃ、打とうか!」
「水上!ちょっと待て!!」
「え?なに!?」
「闇雲に練習しても勝てないだろ。まずは、あいつの弱点教えてやるよ」
「弱点?」
「そうだ。この間、試合してわかったことがある。奴には、明確な弱点が存在するんだ。だから、それをつけば、勝ちが見えてくるはずだ」
「じゃあ、大崎はあいつに勝てるっていうの?」
「この間は、体力切れになったが、たぶん本調子なら勝てると思う」
「それで、あいつの弱点ってなんなの?」
「あいつは、なんだかんだ言って体力がない。だから、それを補うようなプレーをしているんだ。相当楽をしている」
「確かに、初めて試合したとき、私勝ったし。」
「だから、まずはラリーのテンポを上げること、しかもラリーを続けること。この2つで多分撃沈すると思う。」
「そうなの!?じゃあ、とにかく耐えてれば、勝てるってことね?」
「もちろん、あいつも馬鹿じゃない。ちゃんと対策を打ってくる。耐え続ける戦法をこっちが取ると、今度は、ガンガン攻めてきて短期決戦に持ち込もうとしてくる。」
「確かに、私と試合をした時もガンガン攻められた気がする。」
「だが、それは体力の消耗も激しい。北沢の攻撃に耐えられれば、こっちが俄然有利になるはずだ。……というわけで、これから俺がガンガン攻めるから、水上はひたすら拾って守りの練習をするぞ。」
「分かった!やってみる!」
こうして、私の知らないところで大崎と千歳の特訓が始まった。
【2】
一方の私は、特にやる事もなく、スクールに立ち寄り暇を持て余していた。桜は、私の姿を見つけると、声をかけてきた。
「あれ〜?北沢先生、千歳と一緒じゃないんですか〜?」
「ええ。用事があるとか言ってましたね」
「あれ?用事あったかな……。それより先生、最近、顔出してませんでしたね。何かされていたのですか?」
「残りわずかな中学校生活を楽しんでいますよ。今週末に都立入試、その後、国立と都立二次募集が終わればいよいよ卒業ですからね。放課後に質問対応もしていますね」
「もうすぐ、都立入試ですね……」
「ええ。ここまで長かった……。」
穏やかな時間はあっという間に流れ、いよいよ都立入試の前日を迎える。
【3】
都立入試前日、この日も私立受験と同様に午前中で授業が終わった。帰りの会で、副担任の平山が言った。
「明日は、いよいよ都立入試ですね。私は散々、授業の中でメッセージを伝えてきましたので、今日のところは、よしておきます。それよりも……」
平山は、胸ポケットから一枚の封筒を取り出した。中身は、取り出せないようにマスキングテープで、封が施されていた。その封筒を掲げて言った。
「飛田先生から、手紙を預かっています。最後にこれを読んで解散にしたいと思います。……北沢くん。」
「はい。何でしょう?」
「飛田先生から、学級委員の君に読んでほしいと伝言を預かってます。どうか、読んでください」
あの男も、味な真似をするじゃないか。私は、教卓の前で封筒を受け取り、その中身を開いた……。
「………………。」
「北沢くん?どうしましたか?」
あの野郎!!ふざけた真似しやがって!!!!!
封筒の中に入っていた紙は、何も書かれていない便箋だった。私は、一呼吸してから、朗読する振りをしながら、話し始めた。
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皆さん、いよいよ明日は、都立の一般受験です。ここまで、本当に長かったと思います。まずは、明日積み重ねてきた努力の全てが実るよう、どうか落ち着いて本番に臨んで下さい。
さて、これから受験本番に臨むみなさん、あるいは、もう受験を終わらせてしまった皆さんに、一つ問いたいことがあります。皆さんは、なぜ受験をするのでしょうか?将来の為だとか、当たり前の事だとか、そんな話ではありません。
少し聞き方を変えましょう。受験をする事で皆さんに身につく力とは、一体何でしょう?もちろん、学力は当たり前です。しかし、それ以外に大切な経験が出来ると私は思っています。
それは、競争を経験できるという点です。世の中は、競争の連続です。今回の受験では、皆さんが本番に向けて、準備をし、そして勝負をします。もちろん、競争というのは残酷なもので、良い結果を得られる者も居れば、そうでない者もいるでしょう。ですが、それを経験として積み重ねられる事にこそ、最も価値があるのだと私は思います。
これを怠った人は、みんな口を揃えて言うのです。
「何をやってもダメなんだ。」
「本気さえ出せば、イケル!!」
こんな事を言い続けて、全く挑戦をせずに人生を終えてしまうのです。逆に言えば、仮に勉強がものすごく得意で、努力をせずに受験にあっさり成功してしまう天才が居るのならば、その人は、最も気の毒な人なのかも知れません。真剣勝負を経験しないのですから、いつか困難に遭遇した時に受ける挫折は、もはや絶望に近いでしょう。
だからこそ明日の一般入試は、真剣勝負である事を忘れてはいけません。全てを出し切りなさい。もう受験を終えた人は、今回の入試を振り返って下さい。全てを出し切った真剣勝負だったでしょうか?もし、そうでなかったら、次に控える入試や就職試験こそ、全力で取り組んで下さい!。それは、合格・不合格の結果よりも遥かに大事な事ですから。
そして、これからも、努力し戦い続けて下さい。勝負をし続けた人間は、どんな結果であっても、必ず報われます。この先の人生における競争やチャンスというものは、一回こっきりでは、断じてありません。何回も訪れます。もちろん、時にそれは残酷で、辛い思いをする事もあるでしょう。ですが諦めるのは、もったいないことです。なぜなら、その先には、ワクワクと幸福が待っているのですから。
飛田より
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私が、話終わると、拍手が巻き起こり、全員の指揮が最高潮に達した。何とか飛田からの無茶振りをやり遂げ安堵した私は、深呼吸をしながら席に着いた。
【4】
帰りの会を終えた私は、上野と一緒に下校した。普段は千歳と一緒に下校するのだが、今日は特別だ。上野は、私に言った。
「いいのか?水上と帰らなくて?」
「ああ。用事があるらしい」
「そうなのか。それにしても明日が入試本番か~……。なんか実感わかないな」
「試験会場に行けば、嫌でも実感わくさ」
「そんなもんか……。なぁ北沢、一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「飛田先生の手紙……。本当は何て書いてあったんだ?」
「何を言ってるんだ?」
「あのメッセージ、北沢が考えたんだろ?なんとなくそう思ったんだけどな」
私は、彼の言葉に驚きを隠せなかった。
「気づいていたのか?あの手紙には、何にも書いてなかったよ。本当に奴は、イタズラが好きだよな……。それにしても、あの話が俺のアドリブだったってよくわかったな」
「1年も一緒に居ればわかるよ」
「本当か?」
「もちろん。俺、気づいたんだ。1年ってのが、相手を知るのに十分な時間だってことに。もちろん、人が変わるのにも十分な時間だった。自分で言うのもなんだけど、俺はこの1年で大分変われたと思うんだ」
上野の中学生らしからぬ発言に、私は内心、何度も驚いていた。彼は、ちょうど分かれ道の所で去り際にこう言った。
「北沢!俺は、お前に会えて、一緒に過ごせて変わることができた!本当にありがとう!!」
私は、彼の言葉を聞き笑顔で送り出しながら言った。
「ばーか!そういうのは、合格してから言えよ!!」
照れくさくて、どうしても皮肉が混じってしまった。しかし、彼はそんなことなどわかっているかのように拳を空に掲げて答える。
「何言ってんだよ!絶対受かって戻ってくるわ!!」
上野は、そう言い残し、走り去っていった。
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