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最終報告 北沢明の答え

報告122の選択肢でAを選んだ場合、こちらの章になります。Bを選んだ場合の結末は終章Bをご覧ください。

【1】


 私と千歳がやってきた場所は、住んでいる地域からそう遠くない場所にある小さな丘だった。私は、千歳と一緒に、階段をのぼりながら話をした。


「俺は、かつて、生徒の異変に気付くことができず、ある生徒を見殺しにしてしまった」


「え!?」


「毎日、後悔したよ。自分を恨んだりもした。この先には、その彼が眠っているお墓がある。俺は、自分へのいましめとして、時々ここに来ていたんだ。」


「来てい“た”?」


「ああ。もうここには来る必要はない。そう思ったよ。なぜなら、亡くなったと思った彼は、別の人物に生まれ変わって、私の前に現れた……。それが、大崎だった。」


「…………。」


千歳は何も言わずに私の声だけがこの場に響いていた。周囲には、人の気配はおろか動物の気配もない。おまけに、天気もよく風も吹いていない。この場所で音を発しているのは、私と千歳だけだった。


 階段を登り、墓地に到着すると、1つの墓石だけぼんやりと白いもやがかかっているように感じた。その墓石に近づくにつれ、その靄を濃くなりその中に一人の人影がある事に気づいた。私は、それに気がつくと駆け寄って彼に言った。



「大崎!!」



その人影の正体は、大崎だった。彼が振り向いたその瞬間、強く輝き始めた。私は、そのまぶしさに思わず目をつむった。再び目を開いたとき、私の視界は真っ白になり、大崎はおろか周囲の何もかもが消滅していた。私が、その状況に戸惑っていると背後から声が聞こえてきた。



「……北沢先生。」



それは、聞き覚えのある声だった。私が後ろを振り向くと、そこには大崎ではなく、白川くんの姿があった。私は、彼に話しかけた。


「やっと、会うことができたね。さぁ、はやく私たちの町に帰ろう!」


私が手を差し出すと、彼は首を横に振り言った。


「先生、残念ですがそれはできません。」


「どうしてだ?」


「先生は、もう気づいているはずです。大崎なんて人間は、元々存在していなかったことに」


私は、なんとなく気づいていた。だが、そんな事、納得してたまるものか!私は、彼に向かって叫んだ。


「なぜだ?君はせっかく、大崎として生まれ変わり、それでもつらい思いを散々して、やっと……やっとやり直せるんだぞ!!私は、どうなったって構わない!!!少しくらいいい思いをしたっていいじゃないか!!なのに、どうして!!どうして神様ってやつは、こうも残酷なんだ!!!!!」


私は、膝をつき地面を思い切り叩いた。そうして絶望している私の肩に手をそっと置いて言った。


「先生、いいんです。仕方のないことなんです。先生がどんなに頑張ったところで、僕が亡くなったという事実は、絶対に消える事はありません。そして、僕はもう先生の前に現れることもないでしょう。それは、先生がやっと前を向くことができたからです。もう先生に僕は、もう必要ありません。でも、忘れないでください。僕は、ずっと……先生の……生徒ですから……。」


その瞬間、彼の体が少しづつ消え始めた。私は手を伸ばして叫ぶ。



「待て!!待ってくれ!!!!!!私は……!!!」



「北沢先生……自分を……信じて………」


白川くんはそう言い残し、笑顔で消えていった。



【2】


 気が付くと、私は自宅のソファーで横たわっていた。真っ先に洗面所で自分の姿を確認すると、今度は大人の姿に戻っていた。これは、ループというやつだろうか。私は次に、千歳の様子を確認しようと、寝室に向かった。


 しかし、そこに千歳の姿はなかった。私は、とっさに桜に連絡しようとスマートフォンを取り出し、桜の連絡先を探したが……。


そこに、水上桜という人物は存在してなかった……。



「……………………。」



 私は、無言でスマートフォンを握りしめた。大崎だけでなく、今度は桜までも姿を消してしまった。こんな絶望的な状況の中で、次にとるべき行動をすでに決めている。私は、スマートフォンを操作し千歳に通話をすることにした。


「おはよう。どうしたの?」


「ああ。これから飛田先生の所に行こうと思うんだ。」


「飛田先生?……そっか。それが一番いいと思うよ。」


「千歳……今まで本当に迷惑をかけたな。」


私は、スマートフォンを切り、飛田の居る……………




………………病院へと向かった。





【3】


 私は、病院で飛田を見つけると、声をかけた。飛田は飄々(ひょうひょう)とした顔で言った。


「北沢さん?今日はどうしたんですか?」


「………飛田先生。答えを言いに来ました」


飛田は、飄々とした表情から真剣な表情に変わった。


「それじゃ、北沢さん。場所を変えましょうか」



 私は、飛田に別の部屋に連れていかれた。飛田は、私が椅子に座ったことを確認すると質問してきた。


「では、北沢さん。あなたが中学生として過ごした1年間の答えを聞きましょうか。」


「私は、この1年間で過去と向き合いました。それは、きっと私が過去にとらわれていたからだと思います。私は、心のどこかで願っていました。私の過ちによって、一人の生徒を失ってしまったという事実がなかったことにならないものかと。中学生としてやり直したこの1年は、現実と向き合わせるためのものだったのかもしれません。それは、私にとって苦行以外の何物でもありませんでした。ですが……その時気が付いたんです。」


「何に気が付いたのですか?」


「自分自身が前を向くことを忘れていたということを」


「前を向く……ですか?」


「そうです。過去と向き合えない人間に、未来に向かって前進するなんてことは出来ないんです。私はそれどころか、一人の生徒の死を無かったことにならないかと願ってしまった。確かにそう思い込む事は、私にとってどれほど楽な事だったか。そしてそれが、どれほど罪深い行為だったか……。


 時間はかかりましたが、私は心に決めました。彼の死をきちんと受け止めて生きていきます。それが、白川くんへのせめてもの手向けになるはずだと、そして、彼の生きた証そのものになると、私はそう信じています」


「生きた証ですか。それで、北沢さんはこれからどうしますか?」


「もう一度、教育現場に戻って仕事をしたいと考えています。白川くんのような生徒を一人でも多く救うために」


「一度、教師を辞めたあなたにとって、それは険しい道ですよ?それでもやりますか?」


「そうでしょうね。ですが、諦めるつもりは毛頭ありません。私は、もう迷うことを辞めましたから」


「………………そうですか。1年間……長かったですね………………。ようやく、答えが出せたようでよかったです。今のあなたなら、どんな困難も乗り越えられるでしょう。自分を信じて、これからの未来を歩んでください!」


飛田は、机に置いてある分厚い書類を私に手渡した。


「これは、北沢さんが今まで書き溜めた報告書です。もう私には、必要ないでしょう。あなたが持っていて下さい。もし再び、辛いこと、苦しいことがあったら読み返すといいかもしれません。」


私は、飛田から報告書を受け取りながら言った。



「報告書なんて、大袈裟ですよ。日記みたいなものです。ですが……ありがたく頂戴します」



私が、報告書を受け取ると、飛田は晴れやかな顔で、この数奇な中学校生活の終わりを告げた。





「それでは、北沢さん。これで、すべてのプログラムを終了します。いままでお疲れさまでした。」





【4】


 病院から立ち去る私を見送ると、飛田は自動販売機の前で缶コーヒーを買って一息ついていた。そんな、飛田に一人の若い女性が声をかけてきた。


「飛田先生、お疲れ様です」


「ああ、水上さん。お疲れさまです」


大人の姿をした千歳が飛田に尋ねる。


「北沢くんのプログラムがようやく終わったって聞きました。飛田先生には、本当に長い間お世話になりました」


千歳は、深々と頭を下げた。飛田はそんな千歳に言った。


「顔を上げてください。あなたもよく彼を支えてくれたからこそですから。……ところで?水上さんは、北沢さんとは、昔からの知り合いなのですか?」


「ええ……幼馴染なんです。大学卒業を期に一緒に上京したんです」


「そうなんですか。彼は、幸せ者ですね。さぁ、早く彼の元に行ってあげてください」


「はい。ありがとうございました」


千歳は、飛田に礼を言い、その場を立ち去った。今度は、その様子を見ていた男性が飛田に声をかけてきた。


「飛田先生、お疲れ様です。」


「ああ、高尾先生。お疲れ様です。」


「ずいぶん、晴れやかな顔をしていますね」


「ええ、患者さんの長かった治療が終わりましてね」


「それって、職場のパワハラと生徒のご不幸で精神を病んでしまった公立の先生だったっていう、あの患者さんですか?」


「ええ。そうですよ」


「確か、1年くらい通院していましたよね。どんな治療をしていたのですか?」


「いろいろ試しましたが、効果がなくてね。そんなとき、ふと思いついたのが箱庭療法でした。」


「箱庭療法ですか?」


「そうです。しかもちょっと特別なんです。見てみますか?」


「はい。ぜひ」


高尾がそう答えると、飛田はある部屋に高尾を連れて行った。高尾は、その部屋に置かれている模型を見て言った。


「これって、教室の模型じゃないですか。」


「そうです。特別に作ってもらいました。この箱庭を北沢さんに試したところ、彼はこの人形を自分に見立ててロールプレイングをし始めたんです。中学生になったり教師になったりぐちゃぐちゃでしたけどね。それを続けていくうちに、私に過去のことを話すようになってきました。そこからは、早かったですね。」


「ほう……なかなか興味深いですね」


「彼が、今後前向きに人生を歩めることを願うばかりですね」


突然、部屋の中に看護師が入ってきて飛田に言った。


「飛田先生、次の患者さんのカウンセリングの時間ですよ」


「おっと、池上さんのカウンセリングの時間でしたね。今、行きます」



【5】


 「年間約5000人」公立学校の教員が精神疾患になる人数だ。理由は様々だが、その原因の中には、様々な問題や闇と呼ばれるものが、孕んでいるものもあるだろう。また、様々な原因で退職をしてしまう教員も多い。それは、紛れもない事実だ。



「治療終わったんだって?」


「ああ、ずいぶん長いこと時間がかかったがな。……俺は、やり直せるのだろうか?」


「何言ってんのよ!私たちまだ24歳だよ!これからだって!」


「そうか……それもそうだな!とりあえず、学校の採用試験を受けないとな」


「その意気だよ。じゃぁ、今日は私がご飯おごってあげる!」


「ホントか?それは楽しみだ」



 これは、私が一年間、過去と戦った報告書。これを飛田から受け取ったという事は、私の止まっていた時間が、ようやく動き始めた事を意味している。


 これからもきっと目も当てられないような辛いことが、たくさんあるのかもしれない。だが、それでも私は、前を向き続けたい。前進し続けたい。いつかきっと幸せな結末が待っていると信じて、恐れずに突っ走ろう。失うものなど何も無いはずだ。なぜなら……





私の人生は、まだ再出発リスタートしたばかりなのだから。








最後まで読んでいただきありがとうございます。

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