報告126 向き合うとき
報告122の選択肢でAを選んだ場合、こちらの章になります。Bを選んだ場合の結末は終章Bをご覧ください。
【1】
澁谷に連れられて、病院についた私と千歳は、真っ先に病院の面談室に向かい、担当の医師と簡単な打ち合わせをした後、千歳の検査が始まった。その間、私と澁谷は、大学の研究室に戻って待つことにした。長旅の疲れが出ていた私は、ゆっくりとソファーにもたれかかった。
「ふぅ・・・・・・。」
思わず、息が漏れた。そんな私に、澁谷は、私に今後の予定を伝えてきた。
「おや?疲れているのか?ひとまず、あの子の検査が終わるのに、大体3時間くらいかかるから、リラックスしたらいい」
澁谷は、そう言って私にコーヒーを差し出した。
「おお、すまない」
私は、礼を言ってから、コーヒーを一口に含んだ。澁谷は、自分の分のコーヒーを用意した後、自身もソファーに腰かけ、私に質問した。
「それで、あのお嬢ちゃんを元の姿に戻したらその後はどうするんだ?」
「どうするもなにも、家に送り届けるだけさ」
「そうじゃない。お前の方だ」
「俺か?」
「どうだ?俺のもとで一緒に研究しないか?学生時代に、研究するか教師になるかで悩んでいただろ?今度は、研究をやってみるってのはどうだ?北沢の学力ならば申し分ないだろう、あとは、俺が推薦すれば大学院生とかになれると思うぞ」
澁谷は、少し前のめりになりながら、私にそう言った。しかし、私は澁谷の誘いを断った。
「澁谷……すまないが、俺は研究者になるつもりはないんだ」
「そうか、それは残念だ。ま、気が変わったら連絡してくれ、いつでも歓迎するぞ。ああ、それから優秀な生徒いたら紹介してくれよ!優遇してやる」
「いや!ここ国立大学だろ!!そんなことできねぇわ!!!」
「冗談だ。……それにしても腹が減ったな。飯でも食いに行こう。こっちは、あんまり詳しくないだろ?いい店を紹介してやるよ」
「ありがとう。それは楽しみだ…。」
【2】
昼食を済ませた私と澁谷は、検査が終わる時間を見計らって病院へと戻った。ちょうど、検査も終わったらしく、受付で確認すると、すぐに案内された。部屋に入ると、担当医と明らかにお腹を空かせて不機嫌になっている千歳が待ち構えていた。私は、単刀直入に医師に尋ねた。
「それで、どうでしたか?」
「はい……それが……。全く異常は、見られませんでした。健康な20代女性の体です」
「手掛かりなしか……。」
私がそう言いながら、ため息をつくと千歳が言った。
「ため息つかないでよ!ため息つきたいのは、こっちなんだからさ!」
「ああ……すまん。とりあえず、宿をとってるからそこに向かうぞ。飯食いたいだろ?」
「うん……。」
「澁谷、今日はすまなかったな。協力してもらって助かった」
私は、澁谷に礼を言ってから、立ち上がった。澁谷は、座ったまま私を見て言った。
「構わないさ。それよりも、元に戻る方法見つかることを祈ってる」
「ああ。この礼はいつか。それじゃ、千歳行くぞ」
「うん。澁谷先生もありがとうございました」
私と千歳は、何も話が進展しないまま病院を後にした。
【3】
病院を後にした私たちは、タクシーに乗り予約した宿に移動した。宿に到着したころには、日が沈みはじめ、話が進展しないまま一日が過ぎてしまったことを思い知らされた。私は、旅館のフロントでチェックインを済ませると、千歳を部屋へと連れて行った。千歳は、私に尋ねた。
「ねぇねぇ。どうして、この旅館にしたの?」
「なんか、これしか選択肢がなくてな」
私が予約した旅館は、修学旅行の際に泊まった旅館だった。千歳は、さらに質問してきた。
「それに、なんで一部屋しか予約してないのよ?」
「仕方ないだろ。2部屋になると、2人分の名前と連絡先をチェックインの際に書かなきゃいけないだろ!千歳の素性が万が一バレたとき面倒だからな」
「そんなこと言って。私に変な事する気なんじゃないの?」
「しないわ!!!」
「やっぱり、してくれないんだ……。」
「なっ……!!!」
「何?動揺してるの?冗談に決まってんじゃん!!」
私は、頭を抱えながら言った。
「子供が大人をあんまりからかうんじゃない!!」
「今の私、大人だもん!」
千歳は、胸を張って威張るように言った。
「ところで、北沢。明日はどうするの?」
「少し、行ってみたい場所がある。手がかりを探しがてら、観光しよう」
「いいの!?」
「ああ。だから、飯食ったら早めに寝るぞ」
「わかった!!」
この日の夕食は、修学旅行の時と同じすき焼きだった。千歳は、相当空腹だったのか、私の分の肉まで食べつくしてしまった……。今度こそおいしくいただけると思ったのだが……。
【4】
次の日、私も千歳も朝早く目が覚めた。この子は、今時珍しい早起きするタイプのようだ。私たちは、出かける準備を済ませ、食堂で朝食を摂った後、タクシーに乗って目的の場所に向かった。千歳は、窓の外の景色を見ながら、私に言った。
「この道って、修学旅行のときに歩いた道だね。懐かしいな……。」
私は、千歳に質問した。
「楽しかったか?修学旅行は?」
「いい思い出だよ。北沢は?」
「まさか、もう一度修学旅行に行くとは思わなかったからな……。でも、そこそこ楽しめたよ。」
私も、千歳の真似をするように窓の外を見てみた。目的地までは、あと少しだが、ふと気になるものが目に入った。私は、タクシーに止まるように頼み、千歳と一緒にタクシーを降りた。千歳は、私に尋ねる。
「目的地に着いたの?」
「いや、そうじゃない。だが、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「なぁ、千歳……。千歳は、中学を卒業することをどう思う」
千歳は、少し戸惑いながら答える。
「あんまり、卒業する実感わかないんだよね。でも、どちらかというとみんなや北沢と別れたくない気持ちが強いかな」
「高校で新しい出会いがあったとしてもか?」
「う~ん、微妙……。」
「そうか、なぁ、千歳。あそこに行ってみよう」
私は、ある建物を指さした。千歳は、不思議そうな顔をしてい言った。
「なにあれ…学校じゃない?」
「いいから」
私は、千歳の手を引っ張って学校の近くに連れて行った。私は、門の前で警備員に名刺を渡して中に通してもらった。千歳はその様子を見て、私に質問した。
「え!?なんで入れるの?」
「ここのお偉いさんが、私の知り合いなんだよ。学校の様子を見学させてくれるってさ。」
その後、私たちはその高校の授業やら施設やらを見学していった。廊下などには、一般的な掲示物だけでなく、学校行事の様子などの写真も掲示されていた。千歳は、掲示された写真に目が釘付けになっていた。私は、そんな千歳に言った。
「みんな、楽しそうだろ?もちろん、生徒それぞれがいろいろな気持ちを抱いているだろうけど、ここでの出会いや思い出は、なんだかんだ言って宝物になるんだ。どうだ?千歳は、高校で何をやってみたい?」
「私は……部活が出来ればそれでいいって思ってた。だから、卒業することもちょっと複雑な気持ちだったんだね。私、高校でもっといろんなことをしてみたい。別れるのもつらいけど、早く入学したい!!」
「そうか!前向きな気持ちになれたようでよかったよ。さてと、それじゃ目的の場所に行こうか。」
【5】
目的地は、見学した高校のすぐ近くの神社だった。その神社は、特に有名なわけでもないのだが、千歳はその神社の境内を見て、ここに来た理由を察した。
「ここって…あの神社とそっくりな気がする。」
「だろ?なんとなく、ここで願い事をしてみたくなってな。本当に神頼みだが…。」
「大丈夫だよ。私、もう迷うのやめたから!私は、元の姿に戻って、絶対に高校に進学する!!」
「そうだな!!その意気だ!」
千歳の卒業に対する気持ちは、かなり前向きなものに変わっていた。これなら元の姿に戻れるかもしれない。そんな根拠のない自信が、私の頭の中をよぎったその時だった。
…………ズキン!!
私は、突然強烈な頭痛に襲われた。思わずその場でしゃがみ込んでしまう。千歳はその様子に驚き、慌てて声をかける。
「北沢!!!どうしたの!?北沢!!!!」
「あ……頭が……!!!」
「コンド…ハ……オマエガ…ムキアウトキ…ダ…。ウケイレル…トキダ…。」
どこからともなく、意味不明な声が聞こえてくる。私は、そのまま目の前が真っ暗になり意識を失ってしまった。
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