表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/135

報告122 7章エピローグ:選択の時

【1】


 次の日も、大塚は普段通りに振舞っているように見えるが、その表情はどこか暗いようだった。だが、千歳や上野は、いつものように接してあげること以外何もできなかった。一方の私も、今日の所は飛田の言った通り見守ってみることにした。もちろん、彼女がいじめられている可能性も考えいつもより警戒して見てはいるが・・・。結局、朝から放課後まで彼女の様子をそれとなく見ていたが、いじめの兆候は、やはり見られない。だが、状況も進展していない。本当にこれでよいのだろうか。だが、放課後に動きがあった。大崎が彼女に声をかけたのだ。


「大塚すまん。数学でわかんない問題があって、1問だけでいいからちょっと教えてくれないか?」


「どうしたの?珍しいね。いつもは北沢くんに教えてもらってるのに。」


「あいつ、最近すぐに部活行っちゃうからさ。」


「わかった。いいよ。」


 その二人の会話を聞いた私は、教室から離れ、部活に行くふりをしながら様子を見守ることにした。私が、廊下で待機する場所を見つけ終わったころ、大塚は、大崎の持っている問題集を手に取り問題の解き方を彼に教えていた。その問題の解説が終わったタイミングで大崎は大塚に声をかける。


「なあ。お前最近無理してないか?」


「うん・・・受験近いから・・・ちょっと無理してるかも。」


「それもそうだが、気を使いすぎていないか?」


「・・・え?そんなことないよ。」


「お前、昔からそうだよな。まじめで、誰よりも優しくて。でも、完璧すぎて尊敬はされるけどほめてもらえなくて。」


「・・・・・・・・。」


「だから、完璧な自分で居続けないといけなくて。それで、家でもほめてもらえない。そうだろ?」


「そんなこと・・・。」


大崎は、大塚に近寄った。


「ずっと一緒だったんだそれくらいわかるさ。小学生の頃は、もっといろんな人に頼ったり甘えてたりしてたぞ。でも今はそれができない空気になっちまったんだよな?・・・・・・辛いよな。」


大塚の瞳から本人の意思とは、関係なく涙が流れ始めた。大崎は、彼女の肩に手を置いた。


「俺は、お前がどんな奴かを誰より知ってる。つらい思いをしていることもわかってる。だから、俺の前では、完璧でなくていい。」


大塚は、今にも泣き崩れそうな顔で言った。


「ねえ・・・・大崎くん・・・・・・少し・・後ろを向いててくれないかな?」


大崎は、何も言わずに背中を大塚に向けた。その直後、大塚は大崎の制服を両手でつかみながら、泣き始めた。しばらくして、泣き止んだ後の彼女の顔は、いつもよりも晴れやかだった。私がその様子を見て安堵あんどしていると、後ろから声が聞こえてきた。


「ね?大丈夫だったでしょう?」


私が驚いて振り向くと、そこには飛田の姿があった。私は飛田に、


「こうなること・・・わかっていたんですか?」


と質問すると。飛田は答えた。


「彼女と親しい誰かが、アクションすることは読めてましたよ。」


 口では、簡単に言えるが、私には到底まねのできる所業ではなかった。まず第一に、私は大塚の変化に気づくことができなかったし、いじめの虚言をしている根拠も全く見つけられなかった。おまけに、大崎が大塚のためにここまで動くことも想像がつかないかった。私も、生徒理解には多少の自負はある。問題を抱えている生徒のサインには、大抵気づくことができる。それは、長年の経験や生徒理解や心理学に関する学を修めていることによるもので、生徒の行動と抱えている問題のパターンを覚えているからだ。だが、飛田がやってのけたそれは、そんな技術や理論など超越している。そもそも、私の正体に自力で気づいたのも、よくよく考えれば彼だけなのである。私は、この先生に、とてつもない何かを感じた。


「北沢さん。今回あなたは、生徒たちの変容を見抜けませんでしたね。でも、これを見抜くことは、あなたにもできるんですよ。」


飛田は、最後にそう言ってその場を立ち去った。



 この一件があってからというもの、大塚の様子は元の明るい彼女に戻った。いや、一皮むけたといった方がいいかもしれない。私は、飛田のことを血眼ちまなこで観察したりもしたが、彼の人を理解する力の根底にあるものが一体何なのかをつかめないでいた。そんな中で、決戦の日は刻一刻と近づいて行った。



【2】


 2月9日、ついにこの日を迎えることとなった。私立高校の一般入試が始まる前日だ。この日は、給食を食べたら即下校という時間割だった。どの授業でも、先生たちは私たちに応援メッセージを送り続ける。そして、この日の給食は・・・。


「スゲー、かつ丼じゃん!!!」


上野が飛び跳ねるように喜んだ。なるほど、給食でもゲン担ぎをしてくれるのか。それにしても、一人暮らしでの揚げ物は、大変貴重である。ありがたくいただこう。思えば、この給食を食べるのも、ここでの生活で最後になるのかもしれない。公立の先生になれば話は別なのだろうが・・・いや、何を考えているのだ私は!?



 そして、この日の帰りの会で、飛田は私たちに言った。


「さて、明日からは私立の一般入試が始まります。ここが勝負所の人もいれば、本番はこの後の都立入試だという人もいるでしょう。ですが、全員でこうして帰りの会が行える機会は、都立の一般入試が終わるまでは、もう少ないです。ですから、ここで私から皆さんに最後のメッセージです。長々言うつもりはありません。どうか、焦らずに努力してきたことをコツコツと最後まで積み重ねてください。ここから本番までは、周りと見比べて気にする必要もありません。3月に全員で笑って卒業できることを願っています。」


 飛田の表情は、やり切ったような、それでいてどこか寂しそうなそんな雰囲気が見て取れた。クラスメイト達は、いつもと違う飛田の様子に驚きながらも、静かに飛田の話を聞いていた。すると突然、飛田は飄々(ひょうひょう)と態度に戻り言った。


「あ・・・!そうだ、言い忘れました。スマホで受験票の写真を撮っておくと色々便利です。ぜひそうしてください。」


「先生!!せっかくいい雰囲気だったのに!!!それは、最初に言ってくださいよ!!」


上野が飛田にそうツッコミを入れた。上野のツッコミに合わせて笑いが起こる。



ああ・・・なんだろう・・・暖かい・・・。



 帰りの会が終わった後、私は飛田に呼び止められた。飛田は、私に言った。


「北沢さん。このあと、時間ありますか?ちょっと付き合ってください。」


飛田はそう言って、足早に職員室に戻って行った。



 私は、荷物を持って職員室に行くと、その扉から帰り支度を済ませた飛田が出てきた。


「今日は早退するのですか?」


私は、飛田に尋ねた。すると飛田は、


「ええ。そんなところです。外にタクシーを待たせています、行きましょうか。」


と言った。いったい私をどこに連れて行くというのだろうか?



 タクシーに乗った私は、飛田に質問した。


「飛田先生、私をどこに連れて行く気ですか?」


「明日から一般入試が始まりますし、改めてお参りにでも行こうと思いまして。推薦入試前にお参りに行った神社にもう一度行こうと思っています。北沢さんも、そういうことやったことありませんか。」


「確かに、生徒の受験前に神社に行っていましたが・・・。神社には、いい思い出がないですね。」


「それもそうですね。ですが、安心してください!ご利益が絶対にありますから。」


飛田はそう私に言った。なんだか嫌な予感がする。数分後、私の予想は的中する。


「北沢さん。目的地に着きましたよ。」



「例の神社じゃねぇか!!!!!!」



私が連れてこられたのは、私が子どもの姿に変貌してしまった例の神社だった。



【3】


 私と飛田は、賽銭箱に小銭を数枚入れた後、手をたたいて数秒間祈りを捧げた。私が頭を上げ終えた後、飛田は私に質問してきた。


「北沢さんは、何をお願いしたのですか?」


「合格祈願と言いたいところですが、別のことを願っていました。」


「・・・ほう。それでは、何を?」


「彼らが進学先で活躍できることを願っていました。飛田先生が彼らの合格を願うなら、私は、彼らの未来がより良いものになるように願うだけです。」


すると飛田がきょとんとした顔で言った。


「え?私は、北沢さんがてっきり合格祈願をするものだと思って、あなたと同じ願い事をしてしまったのですが・・・。」


「・・・・・・は!?」


「冗談ですよ~。さぁ、家まで送ります。タクシーに乗りましょう。」


「こいつ・・・・。」



 私と飛田は、タクシーに乗ってひとまず私の自宅まで向かっていた。その道中、飛田はこんなことを質問してきた。


「北沢さん・・・。あなたは、高校を卒業したらその後の進路はどうするのですか?」


「大学進学を考えています。」


「では、そのあとは?」


「その後ですか?」


「はい。また、教師を続けますか?それとも、別の道を探しますか?」



「私は・・・・。」




【問】 次の中から私の返答を一つ選びなさい。


A、もう一度、教師として活躍したい。

B、もう一度、教育という仕事を見直したい。





「そうですか。」


飛田は、にこやかな顔をしながらただその一言だけつぶやいた。ちょうどその直後にタクシーは、私の自宅前に到着した。私は、タクシーを降りて飛田に礼を言いその場を立ち去ろうと背を向けると、飛田は車の窓を開け後姿うしろすがたの私に聞こえるような大きい声で言った。



「北沢さん!!あの子たちのことを頼みましたよ!!」



私は、その言葉を聞きとっさに後ろを振り向いた。しかし、タクシーは走り去った後であった。







いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

感想がありましたらお待ちしております。ブックマーク、レビュー、評価等、頂けましたら嬉しいです。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ