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報告120 飛田が出す最後の宿題

【1】


 冬休みが終わり、三学期になった。いよいよ中学校生活最後の学期だ。とはいっても、いきなり卒業ムードとは、なるはずもなく。いよいよ入試が迫り教室の空気はピリピリしている。学校の授業も都立受験対策一色になっている。私は、そんな教室の様子を眺めていると、千歳が声をかけてきた。


「北沢は落ち着いているんだね。心配じゃないの?クラスの生徒たち。」


「ああ。確かに気になるな。だが、もう俺にできることは、ほとんどない。もう種はまき終えている。これから、特別何かをやるなんてことはない。」


「そうなの?最後の最後で切り札的なのを出す!!とかないの?」


「ロボットアニメじゃあるまいし。というか、勉強はいかに積み上げてきたかが大事なんだ。切り札なんてもんがあったら、とっくに放出してる。しいて言うなら、あとは予想問題をやるだけだ。」


「そんなもんか~。つまんないの。」


「勉強に近道はない。地道なもんさ。さてと、早くスクールに行かないとな。一緒に帰るか?」


「うん。帰る。」



 私が、スクールの事務室でのんびり過ごしていると、しばらくしてから桜が出勤してきた。


「お疲れ様です。北沢先生。」


「ああ。水上さん。いつもお疲れ様。」


桜は、先日渡した予想問題を右手に持ち、私に言った。


「今日から、この予想問題の演習をやればいいんですよね?」


「はい。その通りです。」


「予想問題って、特に都立入試とか共通テスト前によくやりますけど、これって実際にどれくらい効果があるんですか?」


「そうですね。まず、本番に近い形式なので、どの分野の問題なのかがわかりにくくなっています。一般的な問題集は大体分野別に問題が整理されていますから。なので、何を問われている問題なのかを受験生は判断しなくては行けないです。その練習として有効ですね。それに何より、この手の予想問題は割と的中します。」


「本当ですか!?」


「はい。共通テストならともかく、都立入試の予想問題は、かなり的中率が高い(ただし、英語や国語の読解の内容については別ですが)と思っていいです。」


「ずいぶんな自信ですね。」


「なぜなら、中学校の学習範囲がそこまで広くない上に、予想問題は5回分あります。その5回分の出題分野は、毎回違います。なので、5回分で中学校の内容のほぼすべてを網羅してしまうのです。特に、理科は顕著ですね。」


「なるほど、そういう事なんですね。ところで、この私立高校用の予想問題はどこから調達したんですか?」


「これですか?これは手作りです。」


「え!?手作り!?五回分ありますよね!?しかも、それぞれの私立の学校で!!」


「うちの中学校が小規模校で助かりました。その私立の予想問題は、私立を第一志望としている生徒でかつ一般受験をする生徒にのみ用意しています。蓋を開けたら10名程度しかいませんでしたから。だから10校×5回分の計50本作ればいいだけでしたからね。さすがに国語と英語の一部は外注しましたが。」


「それ・・・一体いつ作ってたんですか!?」


「10月ごろから二か月くらいかけて作ってました。途中、12月のテスト対策と並行してやらないといけなかったので死にかけましたが。」



「・・・・・純粋に化け物じゃないですか。」



【2】


 次の日の朝、私は飛田に作成した予想問題を封筒に入れて手渡した。学校でも自由に利用できるように私が飛田に持ち掛けたのだ。飛田は私を応接室に連れて行き、封筒の中身を確認すると満足そうな顔で言った。


「確かに、預かります。私立の予想問題まで作っていたなんて・・・。これは、期待大ですね。」


「ええ、これで失敗したらさすがにショックですよ。ともかく、一般受験の対策は、こちらに任せてください。その前に、先生方は私立単願(専願)推薦の準備があるでしょう。1月の下旬ですからね。」


「気遣い助かります。今年も始まりましたね。」



「ええ。結果が楽しみです。」



私と飛田は不敵な笑みを浮かべた。すると、突然思い出したかのように飛田が私に質問した。


「そういえば、忘れていました。北沢さん。あなたは、青葉学園を一般入試で受験するのですね。」


「はい。一般しかないでしょうね。調査書に1年2年の記録が何一つないわけですから。」


「それで、将来はどうするのですか?再び、教師を目指すのですか?」


「・・・・・・・・・・・・迷っています。」


「北沢さん・・・あなたは間違いなくこの業界に向いていると私は思いますが。もしかして、1年間過ごしてみて、新たな迷いでも生まれたのですか?」


「・・・・・・・・・・・。」


「私は、ずっと中学校でやってきました。きっと高校で教師をしてきたあなたにしかわからないこともあるのでしょう?」


「・・・・・・・・・・・・・・。」



「もし、よかったら聞かせてもらえないですか?」



私は、一度深呼吸をしてから口を開く。



「・・・これは私立に限った話ではありませんが、学校説明会に行こうがインターネットで情報を仕入れようが、たちの悪い学校かどうかを見抜くことは難しい。私立の教員をやってきてそういう学校を何校も見てきました。しかも、偏差値が高くても、そういう学校は一定数存在します。」


たちの悪い?」


「好き勝手で受験のことなどお構いなしの学校や授業プリントを作れない先生がいるから、授業で一切プリントの使用を禁止する学校。タブレットの導入が求められている中で、それを断固拒否する学校さまざまです。ですが、こういった都合の悪い情報は、生徒や保護者は、おろか中学校の先生も知らない情報だったりします。」


「そんなことがあるのですか?」


「私の勤めていた学校だって悲惨でした。学校が大義名分をかざして好き放題やっていましたし、新任の先生は修行だって言われて色のチョークも禁止されてました。理科の実験も、あの先生はやってくれるのに、こっちの先生はやってくれないとクレームがつく可能性があるため一切禁止。そんな、教師たちが好き勝手やっていた学校で一枚岩になるには。


ただひたすら、受験で結果を出す。


という明確な目標が必要でした。確かに、生徒の生産性は爆発的に向上しましたし、結果も出せました。今では人気校の地位も獲得しました。ですが・・・。」



「ですが・・・?」



「この学校に来て、生徒たちと過ごして思いました、私のやってきたことは、本当に教育だったのでしょうか?」



私は、この後言葉が出なくなってしまった。飛田は、腕を組みながらへの字にしていた口を静かに開いて言った。



「・・・・・合格です。」


「・・・・・え?」


「・・・・それが言えるのだから。あなたは、合格です。きっと、この1年間がなければ、そのことに気づきも・・・いや、見向きもしなかったんじゃないですか?」


「ええ・・・そうかもしれませんね・・・。」


「改めて、あなたに問います!北沢さん、私があなたに、「教師にとって最も大切なものは何か。」と尋ねたことがありましたね。そして、あなたは迷いなく「コミュニケーションとコラボレーション」そう答えました。覚えていますね。」


「もちろんです。」


「では、今はどうですか?」


「それは・・・・わかりません・・・。」



「そうでしょうね。では、あなたに最後の宿題を出します。「教師にとって最も大切なものは何か」卒業までに、この答えを見つけてください!そのためには、クラスを友達を恋人を大事に大事にしてください。残されたわずかな時間を踏みしめながら、過ごしてください!!そうしたら、きっと答えは見えてくる、あなたなら見つけられると信じています!」



「わかりました。やってみます!!」


私は、無意識のうちに力のある返事を飛田にした。こんなにも、明るい返事をしたのは、教師になったばかりの頃、以来な気がする。


「あ・・・でも、一般入試のフォローは抜かりなくお願いしますよ。」


「はぁ・・・・・。せっかくの雰囲気が台無しじゃないですか。」








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