報告116 赤外線銃の仕様
【1】
桜の卒業アルバムを匿ってから数日が経った。今日は12月23日。この日、私はスクールの事務室で桜に服装をチェックされていた。
「この服装なら大丈夫そうですね。間違っても、ジャージとか着るのはだめですからね」
「ああ。それは、わかってるが……。このジャケットはダメか?」
「だめです!!ジャケットとか、どこのお坊ちゃまですか!?セーターとかでいいんですよ!」
「いや……子供っぽすぎて恥ずかしいのだが……」
「中学三年生が何を言ってるんですか!?」
私は、桜に半分そそのかされ、明日千歳と二人で遊ぶことになっていたのだ。いわゆるデートってやつだ。そのため、私は桜に厳しく服装やら、振る舞いやらをチェックされていたのだ。私の表情が硬かったからだろうか、桜は、私に質問した。
「先生……緊張してますか?」
「ええ……恥ずかしながら」
「それは、相手が中学生だからですか?」
「いいえ。そうではありません。実は、最後に連れていく場所をもう決めていてね。それが、上手く行けばいいのですが」
「へー。どこなんですか」
「ここです」
私は、スマートフォンの地図画面を開き、桜に見せた。
「……ここは。先生まさか!」
「ええ。そのまさかです」
【2】
次の日、私は駅前で千歳が来るのを待っていた。気を紛らわせるために、スマートフォンをいじりながら待っていたものの、気持ちが落ち着かない。そうして、過ごしていると。千歳がやってきた。
「北沢、ごめん待った」
「いや、気にするな」
千歳は、私と短いやり取りをした後、スマートフォンで現時刻を確認した。すると、あきれた顔で私に質問した。
「北沢……あんた、待ち合わせ時間の何分前に来てるのよ?」
私も、時刻を確認した後、千歳に言った。
「そう言う千歳も、約束の時間の30分も前じゃないか」
「じ……時間を間違えただけだから!!」
「まぁいいや。とりあえず行くぞ!!」
私は、千歳の手を引っ張って、駅構内へと向かった。この日は、クリスマスイブということもあり、電車の中は、様々な人たちでごった返している。座席に座れないどころか、満員電車状態だ。私は、満員電車に乗って通っていた社会人時代を思い出しながら、電車に揺られていた。一方の千歳も特に私に話しかけるまでもなく、ただただ電車に揺られている。
次の駅に到着すると、電車に大量の人が乗り込んできた。まるで、朝のラッシュ時のようだ。私と千歳は、電車の中ほどに逃げるタイミングを失い、お互い向かい合った状態で押し込まれてしまった。お互い、かなり体が密着した状態になってしまったため、千歳はかなりソワソワしている様子だった。私は、千歳に言った。
「すまないな。こんなに混むとは思わなかった」
千歳は恥ずかしいのか、目線を私に向けずに言った。
「大丈夫……。それより、北沢、動揺してるの?」
「なんで、そう思うんだ?」
「普段、人前でスマホいじらないじゃん」
「……………」
心中をあっさり千歳に見抜かれた私は、そのままスマートフォンを静かにポケットにしまった。その様子を見た千歳は、今度は顔を上げて上目遣いで私のことを見ながら言った。
「やっぱ図星じゃん」
くそ!こいつ!!ふだん、可愛い子ぶらない癖に、どうしてこういう時だけ、あざとい態度をとるのだろうか。そんな状態のまま30分ほど揺られると、目的の駅のアナウンスが聞こえてきた。私が、千歳に次の駅で電車を降りることを伝えると、彼女は驚いた様子で言った。
「え?この駅なの?」
【3】
私たちは、改札を出るとそのまま目的の場所に向かって歩き始めた。千歳が意外に思ったのか私にこんなことを言った。
「な~んだ。遊びに連れてってくれるっていうから、どんな所に連れていかれるか心配だったけど。遊園地だなんて、思ったより普通のところに連れてってくれるじゃん」
「いや、俺をなんだと思ってるんだよ。というか、どこに連れていかれると思ったんだよ」
「科学館とか」
(ギクッ!!) ← 実は桜に却下されていた。
「と……とはいえ、遊園地なんて何年も行ってないな」
「……ねぇ。今の間は一体何?」
そんな話をしながら、しばらく歩いていると、遊園地の入り口にたどり着いた。私は、チケット売り場でチケットを2枚受け取り、千歳に渡した。千歳は、私に尋ねた。
「え?北沢が私の分も買っちゃったの?私、お金出すよ」
「いや……チケットの交換券が家に余ってたんだ。株主優待券ってやつだな」
「株主……なにそれ?」
「要するに、欲しくもないのにタダ券もらったんだよ。だから気にすんな。ほら、早く入るぞ」
「うん」
入場ゲートをくぐると、辺りの景色は一気に非日常なものへと変わった。10年以上前だろうか、最後にこの遊園地に来たのは。私が、しみじみしながら周囲を見回しているのとは対照に、千歳は目を輝かせながらアトラクションを見ていた。千歳は、乗りたいアトラクションを見定めた後、私の手を引っ張って言った。
「ねぇ、北沢。あれに乗りたい」
それは、その遊園地で一番人気のあるジェットコースターだった。私は、そのまま千歳に連れていかれ、ジェットコースターに乗り、そして……。
……ベンチで横たわってしまった。
その情けない様子を見て千歳が言った。
「ごめん、北沢がジェットコースターだめだったのすっかり忘れてた。っていうか、遠慮しないで言ってよ!!」
「……う…………ぐ………」
私が調子を取り戻したのは、それから30分ぐらい経ってからだった。次は、ジェットコースターでなく、乗り物に乗ったまま射撃が行えるアトラクションだった。なるほど、この銃の先端から赤外線が出る仕組みになっているのか。面白いものを考える人間もいるものだ。私が、この赤外線銃に目が釘付けになっていると、千歳が私に提案をしてきた。
「ねぇねぇ北沢。勝負しようよ。負けた方がアイスおごりね」
「俺は構わないが、本当にいいのか?」
「なに?勝つ気マンマンじゃん。負けても文句言わないでよね」
千歳は、そう言って私に勝負を仕掛けたのだが、射撃のスコアを見て私に言った。
「ねぇー!!なんでよ!!!なんで、こんなに点数違うの!!絶対勝ったと思ったのに!!!!」
私は、意地の悪い顔で言った。
「知ってるか、あの銃は赤外線を放つタイプだから、遠くのものを打つと命中率あがるんだぜ。それに、同じ的に何回当てても得点が入るガバガバ仕様だったし」
「え!?そんなのいつ調べたの!!?」
「調べてない。最初の数分間で仕様に気づいた」
「そんなの反則だよ~!!」
【4】
いくつかのアトラクションを楽しんだ私たちは、フードコートでソフトクリームを食べていた。もちろん約束通り、千歳にはソフトクリームをご馳走してもらった。約束とはいえ、中学生に食べ物をたかるなんて・・・私は、この時ちょっぴり罪悪感を覚えた気がする。千歳は、私に質問した。
「ねえ、それ何味だっけ?」
「ん?ラムレーズンだぞ。気になるなら一口食べるか?」
「え!??」
私は、自分のソフトクリームを千歳に渡した。彼女はそれを受け取ると、「ほんと……こういう事は、気にしない癖に……」とつぶやきながら、ソフトクリームを一口頬張った。
「それにしてもさ~」
「ん?なんだ?」
「小説とかだとこういう時、怖い人とかにナンパされたり、厄介ごとに巻き込まれたりするよね。そして、それを男の人が助けてくれるの!」
「ありがちだが、現実で起こったら事案だわ。そもそも、それで助けてくれる人って、彼氏じゃなくて関係ない第三者が多いよな」
「ねぇ!!それ言わないの!!!」
そんな、しょうもないやり取りをしていたのだが、言霊というやつは本当にあるのだろうか。私たちは、その後ちょっとした面倒事に巻き込まれることになった。
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