報告109 地理・歴史問題
【1】
「ん?……寝てしまったのか……」
事務室のソファーの上で私は、目を覚ました。昨日よりも大分軽くなった体を引き延ばし、ソファー横を見た。もうそこには、千歳の姿はなかった。どうやら、朝まで眠ってしまったらしい。私は、昨日中断した作業を再開させるために、パソコンの電源を入れた。すると後方から声が聞こえてきた。
「おはようございます。作業なら、塾長がやってましたよ」
私が振り返ると、そこには缶コーヒーを持った桜が立っていた。私が彼女と目を合わせると、桜は手に持っていた缶コーヒーを私に差し出し言った。
「これ、塾長から差し入れです」
「ありがとう。ところで千歳は?」
「家に帰って寝てますよ。え?ずっとここで寝てたんですか?」
「あいつ……起こしてくれてもいいじゃないか」
「あの子なりに気をつかったんじゃないですか?」
「そうか……」
「それで、テスト対策のプリント作りは終わったんですか?」
「今日は、私の代わりに、学校の先生が授業をしてくれるからな。その時間を利用して何とか終わらせるさ。それに……」
「それに?」
「……そろそろ、俺もテスト勉強しないとヤバいしな。」
【2】
この日を境に、時間的に余裕が生まれた私の生活は、今まで通りに戻りつつあった。あとは、自身もテストに向けて準備をするだけだ。しかし、ここで一つ問題が生じた。それは、数日後の帰りの会で起こった出来事だった。
「平山先生(社会科担当の先生)から先日の地理と歴史の小テストを預かっています。皆さんの点数を確認しましたが、1・2年生の内容なのにもかかわらず、出来が良かったとのことです。テストに向けて良く復習していますね。それでは、号令後に返却しますので、受け取った人から帰宅して構いません」
飛田が、社会の小テストを返却し、立ち去った後、私のもとに上野・大塚・千歳が近寄ってきた。
「北沢?お前何点だったんだ?」
上野が私に尋ねた。
「ああ……出来は悪かったぞ」
私は、そう言って机に小テストを広げた。
「そんなこと言ってどうせ高得点なんだろ……え!?」
上野は私の点数を見て驚いていた。それもそのはずで、半分もできていないからだ。おそらく、順位も最下位に近い。そう、私の抱えている問題とは。
……地理と歴史が間に合うか分からない。
というのも、この二つを最後に学んだのは、高校が最後だったのだ。大学入試では社会は公民で受験したし、今年から中学校に転校したため、地理と歴史を全く学習していなかったのである。また、高校入試は全く眼中になく、大学入試の対策のみを続けていたのも仇になってしまった。
「それにしても、みんな俺よりも取れているんだろ?よく勉強しているじゃないか。素直にすごいと思うぞ。」
私は3人に言った。すると、千歳が私に言った。
「でも、これって北沢がスクールの手伝いをしてくれてるからなんだよね。私たちの点数って北沢の犠牲に成り立ってるじゃん。こんなのよくないと思う」
「気にするな。俺は、やりたくてやってるんだから。それに本番で、点数を取ればいいんだろう?ここにいる全員に勝つつもりでやるさ」
「でも、あと2週間しかないじゃん」
上野が私にツッコミを入れたかのように言った。
「……もしかして、何か秘策とかあるの?」
大塚は私に質問した。私は、机の中に入っていた学習計画表を開いた。
「え?ナニコレ?」
学習計画表は、学校から生徒全員に配布されているプリントで、2週間分の学習計画を記録する用紙だ。そこには、勉強時間や学習内容を記録する項目がある。3人は、私の学習計画に驚いていた。それもそうだろう。数学・理科の勉強時間が1時間もなく、国語と英語の勉強時間も最小限。そして、その分の勉強時間が地理と歴史に充てられているのだから。上野はその計画表を見た後に私に言った。
「本当に数学と理科を1時間もやらないのか?さすがに、まずいんじゃないのか?」
「あと2週間ということを考えたら、数学と理科は、授業だけで完全に習得するしかないと判断した。(というか何年も前に習得済みなんだよな)」
「それなら、1教科くらいなら私でも勝てるかも」
千歳が調子に乗った様子で言った。
「そうだな、そのいきで頑張ろうな」
千歳は少し不機嫌そうな顔をして言った。
「その口ぶり……。あんた絶対私に負けないと思ってるでしょ?そんなに自信があるなら、1教科でも北沢が負けたらその時は、何か一ついうこと聞いてもらおうかな?」
「え?それ、俺にメリットなくない?」
「北沢が勝ったら、言うこと一つ聞くから。叶えられる範囲で」
「まぁ、俺は構わないぞ」
「言ったね。ちなみに、北沢が負けたらって言ったけど、あんたが“私に”負けたらとは、一言も言ってないからね」
「は?」
「塚ちゃんに1教科でも負けたら、私の勝ちだからね」
「え!ちょっ!!!その小学生みたいなノリ、せこくない!?」
【3】
「えー。そんな勝負を吹っ掛けられたんですか?千歳が生意気言ってすみません」
桜は、私から今日の出来事を聞き、私にそう言った。
「まぁ、中学生なんてそんなものなんでしょう。ともかく、私も地理と歴史は盲点でしたから、勉強しなおしですよ」
「で、2週間で間に合うんですか?」
「おそらく間に合います。一度学んだ内容ですし、地理と歴史の知識が全くないわけではないですからね」
そう言って私は、小さな問題集を取り出した。
「それは・・・一問一答形式の問題集ですか?」
「ええ。その通りです。私の場合は、時間もありませんので、これと最低限の問題演習で十分でしょう。私の場合、抜けている知識を補うだけでいいはずですから。さて、授業してきますか」
私は、教材を持って教室を出た。
「今日は、北沢か・・・珍しいな。」
「俺は、北沢に教わるの初めてかもしれない」
今日は、大崎と神田を担当することになっていた。大崎を教えるのも久しぶりだし、神田に関しては教えたこともなかったが、どのくらい勉強が出来るようになったのだろうか。全く楽しみである。
「それじゃ、大崎はこの問題だな。さすがに進みが早いな。で、神田は……」
「なんだよ!!悪かったな!!進みが遅くて!!数学苦手なんだよ!!」
「いや、大崎と比べる必要はない。自分のペースでゆっくりやっていこう。大丈夫だ、テストと違って制限時間はないのだから」
「わかったよ……」
「まぁ、遅い分、宿題増えるけどな」
「ぎやぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!!!!!」
やがて、2人の授業が終わり2人が帰る準備をしていたところで、私は大崎を呼び止めた。
「大崎、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「進路・・・決めたのか?」
「ああ。一応決めたぜ。はいよ」
大崎は、一冊の学校パンフレットを私に手渡した。彼はその後、ついでと言わんばかりに私に言った。
「ところで、北沢は社会大丈夫なのかよ?この間の小テストボロボロだったんだろ?」
「そうだな……問題ないとは思うぞ」
「本当か?」
大崎がそう言うと、私は、小さな声で大崎に耳打ちした。
「大人の本気なめんなよ」
大崎は飛び上がり大きな声で言った。
「え!?お前コワっ!!!」
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