報告108 中学理科の効率的な復習
【1】
長沼の提案を受け入れてから数日後の金曜日。この日、私の疲労は、ピークに達していた。しかし、今日を耐えれば、明日は明後日と学校は休日になる。しかも、長沼が手伝いに来てくれるおかげで、こちらは教材づくりとスクールの事務処理をいっぺんに終わらせられるため、忙しかった毎日も軌道に乗せられる。休日で帳尻を合わせるというのもいかがなものかとは思うが、ともかく、ここを乗り切れれば……。私は、そんなことを考えながらスクールに向かって歩いていた。その時だった、後ろから千歳に声をかけられた。
「北沢?なんかフラフラしてるよ?」
「ん?そんなにフラフラしてるか?」
「……自分で気づいてないの?」
全くその自覚はなかった。社会人だったころは、この程度の業務など、どうと言うこともなかったというのに。中学生になり、規則正しい生活を送っていたから、疲れやすくなっているのだろうか。はたまた、学校にきちんと通っているから疲れるのだろうか。そんなことを考えながら、私は千歳と大した話を交わすこともなくスクールの事務室へと向かった。
【2】
「理科のテスト対策は、北沢くんがするの?」
大塚は、教室のブースでノートを広げながら私に質問した。
「ああ。理科は得意だからな。(というかもともと本業だし。)」
私がそう言うと、隣の席に座っていた千歳が言った。
「え~。北沢が担当するの?」
「なんだ?俺じゃ役不足か?」
「だって、勉強のとき鬼になるじゃん!!容赦ないじゃん!!もう数学でおなかいっぱいだよ!!!」
私は、千歳に指をさされながら言われてしまった。とはいっても、この手のセリフは教師になって何度も聞いたことのあるセリフだったので、私は軽くあしらって言った。
「まあまあ、そう言わずに。もし、俺じゃなかったら、担当はお前の姉ちゃんになっちゃうけど」
「お姉ちゃんだけは、絶対いや!!!!!!」
「だろ?それじゃ、始めるか」
私は、教室に居る生徒数名にプリントを配布した。そのプリントを見て大塚は言った。
「北沢くんこれって……授業でやってるやつだよね」
「そうだね。」
「なんで、これをやるの?」
「このプリントは、いつも授業の最初に解いてるだろ?実はこのプリント、都立の入試問題をベースに作られているんだ。それに、入試で問われる重要なポイントを確認できるように、内容も厳選されているから、これを復習するだけでも中学理科の広範囲をカバーできるってわけだ。(そういうふうに作ったものだしな。)」
「へー。毎回やらされていた、このプリントがねぇ……。」
千歳は、プリントを眺めながら、半信半疑な顔で言った。
「もし不安ならば、入試問題集を隅々まで解くだけだ。な?簡単だろ?」
千歳は、少しむくれながら言った。
「もう!北沢の意地悪!!」
その後、約2時間ほど理科の質問対応を行った私は、事務室に戻った。事務室のソファーでは、桜が問題集を読みながら座っていた。彼女は、私が部屋に入ってきた瞬間に声をかけてきた。
「北沢先生、お疲れ様です。千歳も言ってたんですけど、なんかフラフラしてますよ?大丈夫ですか?」
私は、疲労で丸まってしまった体をゆっくりと起こしながら言った。
「限界は、近いようです……。ですが、それも今日までです。」
「本当ですか?」
「明日は、学校の先生が手伝いに来てくれるんです。ですから、私は必要な準備をその間に、いっぺんにやってしまうつもりです。そうすれば、今後も何とか乗り切れます。さてと……。」
私は、桜にそう言うと、パソコンの前に座った。
「出来るだけ……。限界が来るまで、やれる仕事を一つでも多く片付けるとしますか」
「それじゃ、私は授業に行ってきます。先生も無理しすぎないでくださいね」
私は、一人事務室でエナジードリンクを片手に黙々と作業を進めた。
それから、1時間くらいだろうか、事務室に予期せぬ来客が訪れた。私は、その来客に少し驚きながらも声をかける。
「千歳・・・?どうしたんだ?」
「お姉ちゃんが、北沢がここで仕事手伝ってるって言ってたから。っていうか、ソファーとかあるじゃん。こんな部屋あったんだ」
「ああ、そのソファーお気に入りなんだ。座ってみろよ」
私が千歳にそう言うと、彼女がソファーに向かって歩いていると思われる音が聞こえた。だがそれは、ソファーに向かってなどいなかった。足音の向かった先は、私の真後ろだった。そのことにも気づかなかった私は、パソコンの画面の前にかじりついていたが、千歳に回転いすを反対方向に回されてしまった。私は、作業を中断されて少し苛立った様子で千歳に言った。
「なんだよ。今は少し忙しいんだが……。」
「いいから!!ちょっと来て!!」
千歳は、私の腕を強引につかむと、そのままソファーに連れられ、半ば無理やり座らされた。私は、千歳に言った。
「すまないが、今は時間が……。」
「少しくらい、休んでよ」
千歳は、そういって私の隣に座りながらピッタリとくっついた。私は、そのイレギュラーな出来事に思わず言葉を失ってしまった。
「私が北沢のことを心配したら、きっと自分のことを責めちゃうでしょ。だから、心配してないふりしてたんだよ。……でも、北沢はもう限界だと思う。だから、もう休んで」
千歳のこの言葉を聞いたとき、私は教師として仕事を始めてから今日に至るまで、そのような言葉をかけてもらったことがないことに気が付いた。そして、全身の力が一気に抜けていくのを感じ、気づいたら千歳に体を傾けていた。私は、小さな声でつぶやいた。
「……なんか、こういうのいいもんだな」
「そう?ならよかった」
千歳のその声を聴き、私の意識は完全に飛んでしまった。それから数分経った頃だろうか。桜が授業を終え、事務室に戻ってきた。彼女は、事務室にいた私と千歳のある姿を見て、入室をあきらめ静かに帰宅した。それは、ソファーに座りお互いにくっつきながら眠っている私と千歳の姿だった。
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