報告103 見慣れた景色が変わる瞬間
【1】
千歳と別れ帰宅した私は、服を着替え部屋を整理した後、スマートフォンを操作していた。普段は、荷物を置いたら真っ先に家を飛び出し、スクールに向かうのだが、今日だけは違っていた。しばらく、そうして待機していると玄関のインターホンが鳴った。私は、その音を聞くとドアを開け、客人を迎え入れた。その客人とは上野と大崎だった。
「よぉ北沢!今日はお疲れ!!」
「ああ。お疲れさん。女子二人ももうじき来るだろ。」
「ああ。来るみたいだぞ。それにしても、北沢の家に来るの本当に久しぶりだな・・・修学旅行の時以来か?」
「そういえば、そんなこともあったな。」
「それにしても、北沢がうちに来いなんて言うの珍しいじゃないか。」
「今日くらいいいだろう。打ち上げってやつだよ。」
私と上野は、そんな会話をしながら食器を並べ、大崎は自宅から持ってきたゲーム機をテレビに接続したりしていた。まもなくして、再びインターホンが鳴った。私は、再びドアを開けると、そこには千歳と大塚がいた。
「今日はお疲れさん。さぁ、入って。」
私は二人を迎え入れた。千歳と大塚は、リビングに入ると、ソファーに座り部屋を見渡していた。
「ここに来るの本当に久しぶりね。」
千歳が言った。
「それにしても、夜ご飯ご馳走してもらって本当にいいの?」
大塚が私に聞いてきた。
「ああ、今日くらい問題ないだろう。さて、そろそろ届くころだな。」
私がそう大塚に答えたその時だった。呼び鈴が再び鳴った。私は、扉を開けてあるものを受け取った。私がそれをリビングに持っていくと、上野が喜びながら叫んだ。
「え!?マジで!!ピザじゃん!!!」
「ああ。みんな好きかなと思ってな。注文しておいたんだ。もちろん代金は全部うちで出すから気にしなくていいぞ。 」
私がそう言うと、大塚は言った。
「北沢くんの家ってお金持ちなの?」
「ん?どうだろうな。普段あんまり贅沢してないだけだと思うが。」
私は、そう言って誤魔化しながら、ピザを並べた。やはり皆中学生だ、なんだかんだ言ってピザにがっついていた。
「やっぱピザうめー」
上野が言った。本当にわかりやすいくらい喜んで食べている。
「最近食べてなかったけど、やっぱりうまいな。」
今度は大崎がつぶやいた。口ぶりこそ大人びていたが、食べている様子は全く子供のそれであった。一方の千歳は、無言でむしゃむしゃと食べている。この姿を見るのは一体いつぶりだろうか?私は、千歳に声をかけてみた。
「千歳、うまいか?」
千歳は、口にピザを頬張ったまま「うんうん」とうなづいた。リスかよ、こいつ。
全員が食事をとり終わると、今度は大崎が持ってきたテレビゲームで対戦をすることになったのだが・・・。
「え!?ちょっと・・・北沢強くね?」
「このゲーム持ってないんだよな?」
「ああ。ゲーム機は持ってないぞ。」
「なんでだよ!!っていうか、なんでもできんのかよこいつ!!!」
「何言ってんだ。歌苦手なの知ってんだろ?何でもできるわけじゃないさ。それにしても、やりすぎて目が疲れた。ちょっと俺、休憩するわ。」
私は、そう言い残しベランダに出て外の景色を眺めに行った。このマンションには10年以上住んでいる。ベランダから見るその眺めは、特に見栄えのない退屈なものだったはずだった。だが、今日はやけに新鮮に感じる。しばらく外の景色を眺めていると、ベランダの扉が開く音がした。振り返るとそこには大崎の姿があった。彼は扉を静かに閉めると私に尋ねた。
「で、どうして俺を誘ったんですか?」
「こうして、遊ぶのも悪くないだろ?今まで出来なかったことだし。君は今まで散々つらい思いをしてきた。だからせめて、何かをやってあげたかったんだよ。余計なお世話かもしれないけどな。」
「そういうことですか。で、先生の方はどうですか?二度目の中学校生活ってやつは。」
「そうだね・・・自分の見える景色が大きく変わったかな。」
「景色ですか?」
「そうです。私は、田舎から上京した後、社会人になってからこのマンションに何年も住んでいます。だからとっくにこの景色には、見飽きているはずでした。ですが、改めて中学校に通って、通学路を歩いてみて、自分が過ごしていた町の別の姿を垣間見た気がします。」
「先生でもそんなこと言うんですね。年寄みたいですよ。」
「そんなこと言ってますけど、あなたも転生前の年齢を加算したら30歳ですからね。」
「確かに違いない・・・。」
そう言ってお互い笑った後、私は大崎に質問した。
「それで、大崎くん。君はこれからどうするのですか?」
「俺ですか?高校に進学して、今度こそ三年間通いたいです。その先のことは、高校に入ってから考えます。」
「それもそうですね。」
「それで・・・先生はどうするのですか?」
「え?」
「先生は、これからどんな人生を歩みたいですか?」
「私は・・・・そうですね・・・・。」
私は、しばらく考えたふりをしてから笑顔で大崎に言った。
「何にも決めてません!!」
「おい、進路指導主任!!!」
【2】
次の日の夜、私は洋食屋の前である人物を待っていた。
「北沢くん。お待たせしました。」
そこに来たのは、長沼だった。私は、彼を店の中へと案内した。座席に着くと長沼は私に質問した。
「このお店は、よく食べに来るのかい?」
「いいえ。飛田先生の行きつけです。最近、ハマってるんですよ。」
私は、そう答えた後に料理を注文した。
「長沼先生、ビールでいいですか?」
「はぇ!!?あ・・・はい。大丈夫です。」
私の私の中学生らしからぬ発言に長沼は戸惑っていた。そんなぎこちないやり取りを続けていると、飲み物が運ばれてきた。私は、戸惑う長沼などお構いなしに、コーラの入ったジョッキを持ち上げ言った。
「何はともあれ、せっかく合唱祭がうまくいったんです。乾杯しましょう!」
「え?・・・そ・・・そうだね。乾杯しようか。」
個室にガラス容器がカチンとなる音が響き渡った。私はコーラを一口飲んだ後、ジョッキをテーブルに置き、長沼に話を切り出した。
「さて・・・。まずは、私に聞きたいことが、あるのではないですか?長沼先生。」
「そうだね・・・。それじゃ、単刀直入に聞くけど君は何者なんだい?北沢くん覚えていますか?君が僕の代わりに水酸化ナトリウム水溶液を作ってくれたこと。あのときの濃度計算って高校生じゃないと計算できないよね。それに、僕が塩酸の濃度計算を間違っていることにも気が付いていた。塩酸の濃度計算なんて、大学受験でも出題されるし、受験生が結構間違えることがあるのにも関わらずだよ。」
「なるほど、よくわかってますね。先生は化学が専門なのですか?」
「はい。その通りです。でも、これだけだったら理科が超得意な中学生ってことで納得したかもしれない。でもそれだけじゃないんだ。飛田先生が作ってくれた合唱祭の書類・・・あれ、本当は君が作ったんじゃないかい?」
「どうしてそう思うのですか?」
「飛田先生が作る書類とは、レイアウトが若干違いましたし、なによりフォントにゴシック体が混じってました。飛田先生は、明朝体で統一するので。」
「なるほど・・・。素晴らしい観察眼だ、これは将来見込みがありますね。では、お話しますか。先生が思うように、私は普通の中学生ではありません。こんな外見ですが、先生以上に経験を積んでいます。本当の年齢もあなたよりずっと上です。隠していたつもりはありませんが、こんなこと素直に話しても誰も信用しないので、先生のように疑問を持った方には、お話しさせてもらっています。それで、先生はこの話を聞いてどうしますか?私をこの学校から追い出しますか?」
「いいえ、そのつもりは・・・。って、ちょっと待ってください!!本当は、何歳なんですか?」
「38歳です。」
「さ・・・38!?すみません、生徒のように話してしまいました!!!今までの言葉遣いは忘れてください!!」
「それは構いませんが、学校ではその言葉遣いは遠慮してくださいね。ほかの先生や生徒に怪しまれますから。それより、相談があったのでしょう?」
「はい、相談というより、お願いごとなのですが・・・。」
「はい、なんでしょう?」
「北沢さん・・・いや北沢先生!僕を弟子にしてくれないでしょうか!?」
「は?」
少年漫画のベタベタな展開を彷彿とさせるその発言に、私は戸惑った。
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