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報告102 合唱祭の意義とは

【1】


 放送室を立ち去った私は、教室に戻り辺りを見渡した。既に、クラス全員が登校しており、最後の練習を行おうとしているところだった。そんな中、上野が私に声をかける。


「おはよう!北沢、っていうかおせーよ!何してたんだよ!」


「待たせてすまなかった。会場の最終確認してたんだ。」


「早くこっちに来て!練習始めるよ。」



 私たちクラスでの、最後の練習が始まった。本来であれば、歌う事に集中しなくてはならないが、どうしても今までの練習の事が頭をよぎって仕方がない。

 思えば、練習に関しては、小さな問題こそあれ極めて順調に進んだ。それは、この学校の生徒が他校と比べてもかなり落ち着いているからこそ、上手くいったのだ。実際、私が転校してきて、クラス内で大問題となるようないじめがあった訳でも、男女の仲が極端に悪い訳でも、授業が成立しない訳でもなかった。そう言う意味では、今の私に置かれている環境は、非常に恵まれている。

 そう思うと、このクラスへの感謝の気持ちが溢れて仕方ない。耳に入ってくるピアノの音や合唱の声、一音一音が語りかけて来るような…。こんな気持ちを抱いたのは、本当に久しぶり、いや、人生で初めてかもしれない。だが、この気持ちはきっと…。



 教師が、持たなくてはいけない気持ちなのだ。どうして私は、こんなにも大切なものを、今まで持っていなかったのだろうか。私は、自分の血液が次第に熱を帯びていく事に気がついた。



 やがて、最後の練習が終わり、一呼吸入れようとした、その時だった。教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。


「皆さん気合十分ですね。廊下からもすごい聞こえていましたよ。」


飛田がそう言って、教室に入ってきた。飛田は、生徒たちの前に立つと、私たちに激励の言葉の数々を贈った。そして最後に、


「さて、私がいくら言ったところで、今日の主役は皆さんです。ですから、何か言ってもらいましょう!北沢くん!前に来て下さい!」


飛田は、そう言ってキラーパスを私に飛ばしてきた。


「それもそうだな!北沢頼むよ!!」


上野がそう言って私のことを茶化ちゃかした。周囲の生徒たちも私に目を向けていた。私は、仕方なく立ち上がり口を開いた。


「そうだな…。歌の完成度については、良いも悪いも俺には全く分からない。すまんな。知っての通り自分には、音楽のセンスが全くない!というか、その事に今まで気づかなかった事がとてもショックだった。」


私は、冗談混じりでそう言い。周囲も私の冗談に合わせて明るく笑っていた。私は、そのまま話を続ける。


「それでも、みんなは、こんなセンスのない自分を信じて練習について来てくれた。もうそれだけで十分だ。本当にありがとう。後は、積み重ねて来た事をやるだけだ。おそらく、この合唱祭が中学校生活最後の大きな行事だ。これが終わったら、いよいよ受験期、個人個人の闘いになる。だから、これがクラス全員が闘う最後の場だ!思い切りやってやろう!!以上だ!!」


私が話終わると、クラスの生徒たちから拍手がわき起こった。正直、しどろもどろなスピーチだったが、私自身も少しいい気分だった。さて、いよいよ本番だ。



【2】


 私たちは、壇上の上で今まで積み重ねて来た全てをぶつけた。もっとも、これは綺麗事だ。30人も居れば、合唱祭に対してよく思っていない者もいる事は事実だし、「ただ、歌わされているだけ」の生徒もきっといる。だが、それは悪いことでは無いと私は思う。中学生であったとしても、様々な考え、性格を持っているのだから。大切なことは、そんな中でクラス全員が、同じ経験を共有する機会が与えられていることなのだと思う。合唱祭が終わり皆、余韻に浸りながら教室で今日の事を自由に語っていた。私もその様子を眺めながら、今までの事を考えていた。すると、飛田が私の後ろからボソッと囁く。


「どうでしたか?改めていいものでしょう?学校ってのも。」



「…フッ。何をいまさら。」



私が、そう返すと飛田がさらに言った。


「そうそう。言い忘れるところでした。長沼さんが、あなたとお話したいそうですよ?下校する前に職員室に行ってください。」


「そうですか。さっそくですか。」


「まさか、北沢さん。彼に自分の正体を話したのですか?」


「別に、正体を隠してないだけですよ。彼が質問してきたので答えたまでです。」


「ほぅ・・・そうですか。ところで、北沢さん。あのお嬢ちゃんには、あなたの正体を伝えなくていいんですか?」


飛田はそう小声で言いながら、遠くにいる千歳のほうをチラリと見た。私は、少し不機嫌な顔で飛田に言った。


「言えるわけないじゃないですか。」


「告白したのにですか?」


「なんでそのことを?」


「そりゃ、呼び方が水上から千歳に変わったんですからわかりますよ。」


「・・・・・・・・・・・・。」


私は、無言で飛田から離れ、千歳の近くに移動した。


「千歳、ちょっと職員室に行ってくる。すまないがもう少しだけ待っててくれ。」


「なに?また面倒事?早くしてよね。」


「そのつもりだ。」


私は、そう言い残すと足早に職員室に向かった。



 私は職員室に入ると、長沼に1枚のメモを渡してから声をかけた。長沼はそのメモを見て私に尋ねた。


「北沢くん・・・。このメモは?」


「学校で話すのもなんですから、明日の夜、その住所のお店に行ってください。私がご馳走します。安心してください。なにも取って食おうなんで思っていませんから。今夜にでも、お話したいところではありますが、今日くらいは、クラスメイトと過ごそうと思っているので。では、失礼します。」


私はそう言い残して職員室の扉を開けると、そこには千歳の姿があった。


「なんだ?こっちに来てたのか?」


「ほら、早く行くよ。」


「ああ、そうだな。」


 職員室前の廊下で千歳と合流した私は、そのまま一緒に下校した。



【3】


 私と千歳は、いつもの通学路を2人で歩いていた。千歳と一緒に帰らなくなったのは、合唱祭の練習をしていた2週間の間だけだが、妙にこの時間が懐かしく感じられた。千歳は、突然私に質問してきた。


「ねぇ、北沢。北沢は、この学校に転校してきてよかった?」


私は、千歳の質問に答える。


「俺は、環境に不満を言わないように生きてきた。だから、転校しようがどうしようが、そこで自分が何をするかが大事であって、そんなことは考えたことがないな。」


千歳は、ガクッと膝を曲げて言った。


「あんたね・・・。まぁ、そんなこと言うと思ってたけどさ。」


千歳がそうツッコミを入れた後、私は話をつづけた。


「今まではな、でも、実際こうして過ごしてみて、やっぱり転校してきてよかったって思ってしまうことが最近多いな。それに・・・千歳と仲良くなれたしな。」


私は、そう言って千歳の方を向きながら笑顔でそういった。千歳は、頬を赤くしながら呟いた。


「そういう恥ずかしいこと、さらっと言わないでよ・・・。」



いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

感想がありましたらお待ちしております。ブックマーク、レビュー等頂けましたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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