報告100 起こった問題を収拾させるには
【1】
次の日の朝、私はいつもよりも早い時間に登校していた。早い時間というのは、学校の教職員の始業よりも2時間も前というとてつもなく早い時間だった。この時間には、生徒はもちろん、教職員の姿も見られない。ただ一人、職員室の机に飛田が、パソコンに向かっていた。私は、職員室に入るとカバンから資料を取り出し、飛田に手渡した。
「ありがとう。本当に助かります。」
飛田は、私に礼を言うと同時に、ものすごい勢いで資料を確認し始めた。一通りその作業が終わると、飛田は私を応接室へと案内した。
「さあ、北沢さん入って。」
「失礼します。」
応接室に入ると、そこにはまるで抜け殻のように座り込む長沼の姿があった。私と飛田は、彼の反対側に座り長沼に資料を渡した。長沼がそれをぼーっと眺めていると、飛田が長沼に話しかけた。
「長沼さん、もう落ち着きましたか?」
「・・・・・・・・・・はい。」
「昨日、校長先生と確認をして、今年の体育祭は体育館での実施に切り替えることに決まりました。中止や延期はとりあえず免れました。安心してください。」
「・・・・・すみません。私の責任です。私は、北野先生に会場を確保するように頼まれました。でも、会場を確保することができなくて・・・それで・・・・・。」
「確かに、もっと早くに相談するべきでしたね。ですが、そもそも4月に問い合わせても、会場を確保できるわけがないんです!1年前から予約することが普通ですからね。それに、北野さんも会場のスタッフさんと打ち合わせもせずに放置していたのでしょう?そんなに自分を責めないでください。だから、自分にできることを、地道にやっていきましょう。北沢くん、説明を頼みます。」
飛田は、そうして私に話を振った。もともと、長沼と打ち合わせをする手筈ではあったのだが、私が直接話をしてもいいのだろうか。しかし、悩んでいる時間もない。私は、長沼に今後の説明をすることにした。
「長沼先生、その資料にある通りです。会場が変更になることは、各学年で緊急の学年集会を開いて生徒全員に説明をします。保護者の方への説明文もできているそうです。学年主任の先生方が、事態の収拾を図ります。なので、私たちは実際に体育館で合唱祭を行うための準備を進めていきます。よろしいですか?」
私がそう長沼に説明すると、彼の表情は少し元気になった。その返事も普段の彼に少しだが戻っている。
「はい・・・。文字通り善処します。ところで、飛田先生・・・。一つ伺いたいのですが。」
長沼は、飛田の方向を向きながら質問した。
「どうして、北沢くんがいるんですか?」
「ええ。合唱祭実行委員ですから。昨日、事情を説明して協力してもらうことになりました。長沼さんの手足となってくれます。」
飛田は、自分のウソに合わせろと言わんばかりに、私に目線を送った。私も、それに答えるように長沼に言った。
「よろしくお願いします。合唱祭を体育館で行うには、会場設営などで人手が必要です。実行委員を中心に、生徒を集めるので手足として使ってください。みんなで協力して、何とか成功させましょう!!」
「北沢くん・・・本当に助かるよ・・・ありがとう。」
今の長沼に飛田のウソを疑う余裕など当然なく、ただただ私たちの提案を受け入れるしかなかった。
【2】
そこからの流れは、スムーズだった。この日の昼頃には、各学年で学年集会が開かれ合唱祭の会場変更の連絡がされ、保護者あてに手紙が配られた。放課後には、合唱祭実行委員が緊急で集められることになった。私と長沼は、一足先に集合場所に行き、簡単な打ち合わせをした。
「それじゃ、北沢くんはこのプリントに書かれている内容を説明してくれるんだね。」
「はい、飛田先生の前で何回も練習しましたから、大丈夫だと思います。足りないところがあったら、先生がフォローを入れてください。」
簡単な打ち合わせをすると、まもなくして実行委員たちがゾロゾロと部屋に入ってきた。実際のところ、会場の変更や、合唱の練習時間であったはずなのに招集され気が立っているものもいる。その様子を見て、不安になる長沼を横目に、私が説明を始めた。
「朝、説明があったように、合唱祭を急遽、学校の体育館で実施することとなりました。そこで、会場設営の分担や当日の変更点などを説明しますので、よく聞いてください。合唱祭まであと3日しかありません。練習したい気持ちもあるでしょう。でも、その合唱祭自体がなくなってしまっては元も子もありません。なんとかして、成功させましょう!!!」
私は、軽快に説明を続けた。長沼は冷静にその様子を見つめていた。
【3】
その日の放課後、私は久しぶりに千歳と下校した。今日はとても目まぐるしい一日だった。そんな一日の中で、千歳と一緒に帰るこの時間は、ある種の気分転換になっていたのかもしれない。
「それにしても、とんでもないことになっちゃったね。会場が変更になるなんて・・・。なんか、先生たちも大慌てだったし、みんなピリピリしてるし。」
千歳が言った。私はそれに対して答えた。
「とにかく、なるようにしかならないさ。できる限りのことをしよう。」
私がそういうと、千歳は、私の顔を覗き込むようにしていった。
「でも・・・なんか、北沢の顔・・・楽しそうだね。」
いつも、仏頂面で可愛らしい仕草とは縁遠い彼女だが、この時の仕草は、女子らしいあざといものだった。まったく、いつからそんな振る舞いが出来るようになったのやら。
「フッ・・・そう見えるか?そうだ、寄り道したいところがあるんだ。一緒に来てくれるか?」
「うん!いいよ。」
私が千歳に尋ねると、彼女は二つ返事でそう答えてくれた。そして付け加えるように言った。
「それは、そうと・・・。」
「なんだ?」
「今は、誰も見てないし・・・手ぐらいつないでよ。」
「あ・・・・ああ・・そうだな。」
私はそう言って、千歳の手を握った。私はこの時、彼女の手のひらに、豆がいくつもできていることに気がついた。ラケットを握っている事が原因なのだろう。私は、ほめるつもりで千歳に言った。
「ほう・・・。バドミントンをする者の手だ。」
私がそう言うと・・・・。
ドカッ!!!!
「なんだよ!!!!蹴るなよ!!!!!!!」
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