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報告1 北沢明の経歴について

この章のあらまし


 高校教師として働いていた北沢明は、ある日突然、中学生の姿に戻ってしまう。彼の取った行動は、とある中学校の中学3年生として2度目の中学校生活を送ることだった。

 そこで北沢は、成績不良で部活動に参加できず苦悩する上野、引退試合前に練習相手が見つからず、ヤキモキしている水上みずがみ、スランプに陥り勉強に自信を無くした優等生の大塚と出会い、彼らの悩みを解決していく。


【1】


 あなたは、人生をやり直せるとしたら、まず何をしますか?


 …全くどうでもいい質問だな。私の名前は北沢明きたざわあきらという。東京にある青葉学園という私立学校の教師で進路指導主任をしている。気づけば、この仕事も15年目になる。本当に時間が過ぎるのは早いものだ。え?さっきの質問?何故どうでもいいかだって?そんなことは簡単だ、人にとって大切なのは過去でも未来でもない。今、何をするかが大切だからだ。


 思えば、この15年間、立ち止まってる時間などなかった。がむしゃらに勉強し、学校に様々な提案をし、進路指導や学習指導を変えてきた。授業の研究はもちろん。各教室に電子黒板を設置し、タブレットを生徒に支給、それに伴う各教科の授業プランの提案。担任の先生が適切な進路面談が出来るようマニュアル作り、テレビ番組や動画配信サイトなどとのコラボレーション企画を行った事もある。その甲斐あって、学校の人気も上がり合格実績も確実に伸ばしてきている。さながら実業家にでもなった気分だった。


 今日は3月5日、卒業式の日である。教え子達の旅立ちの日、今年もこの日が相変わらずやって来た。私はいつものように鏡の前で身嗜みを整え、学校へと向かった。


【2】


 「卒業証書授与。」


 担任の呼名が始まった。呼名と言うのは、担任が生徒の名前を読み上げることを言う。担任に取ってこの呼名には、言うまでもなくこれから巣立つ子供たちへの熱い想いが込められている。


 (おやおや、泣いちゃって…若いねぇ。)


 私はというと、舞台はじの放送室でマイク音量をチェックしながら式の様子をただ眺めていた。私はあくまで進路指導主任。担任の先生のサポートをする立場であって、生徒たちに特別な想いを抱くこともない。


 そういえば、私は高校3年の担任をしたこともあったが卒業式で感情が(たかぶ)ったことは一度もない。呼名で感極まってしまう先生の気持ちはわかっているつもりなのだが…。



【3】


 式も終わり、何人かの生徒が職員室に居る私のところに集まってきた。卒業アルバムにメッセージを書き込む例のアレである。私は、卒業アルバムを持参した生徒全員に同じメッセージを書いた。


「過去に囚われず、未来におくせず、今を生きろ。」


 私をここまで導いてくれた言葉である。全員に同じメッセージを書き終えたところで、ある女子生徒が私に声をかけて来た。


「あの、先生。」


「水上さん卒業おめでとう。どうしましたか?」


彼女の名前は水上桜みずがみさくら。理系の大学に進学が決まった生徒だった。


「私、先生の授業を受けて思ったんです。学校の先生になりたいって。」


「学校の先生ですか。君ならきっといい先生になれます。うちの学校に来たければ大歓迎ですよ。」


「ありがとうございます。あの、一つ質問しても良いですか?学校の先生に一番必要なものって何ですか?」


私は、即答する。


「コミュニケーションとコラボレーション」


「そうなんですね。大学でコミュニケーション能力磨いて、必ず学校の先生になってみせます!」


「そのいきです!期待していますよ。」


 生徒との談笑を終えた私は、後片付けを済ませ、この後の打ち上げ会場へと向かった。



【4】


 私の周りには、教師たちが酒を飲んで談笑していた。ここは、学校近くの居酒屋。卒業式の打ち上げの真っ只中だ。


「北沢先生!自分、水上と先生の会話聞いてたんっすよー」


隣の席の教員が北沢に声をかけた。


「教師に必要なものってやつですか?あんな質問即答できちゃうなんて。ところでコミュニケーションってのはわかるんですけど、コラボレーションってのはどういうことですか?」


「話すと長くなるから簡単に言うと。今の教師に最も足りてない資質だよ。今までの教師は個人商店みたいなもんだ。クラスに1人の先生が付きその先生が、生徒の指導をする。でも、これからの時代はそうじゃない。あらゆる場面であらゆる人が生徒に関わる時代になる。学級担任制を廃止した学校もあるくらいだしな。一般のビジネスだってそう。インターネットやスマートフォンがここまで発達した事によって、新しい仕事が生まれて来ている。そういった時代で生き残る手段もコラボレーションなんだよ。」


「先生流石っす!自分一生ついて行きます!!」


「相変わらず軽いやつだな。まぁ、先生もあと何年か必死になって働けば、答えられるようになりますよ。」


「本当ですか〜?自分もスパッと答えられるようになりたいっす〜」


「ごめん。やっぱ無理かもしれないwww」


「えー!そりゃないっすよ!!」

 

【5】

 打ち上げがお開きになった後、私は何人かの教師たちと神社に居た。合格実績が良いものになった事のお礼をしに行こうという話になっていたのだ。


「いや、しかし今年もノルマ達成しましたね。」


「北沢先生からMARCH、30人ね。って言われた時は無理!って思ってましたけど難なく達成しました。本当に北沢様々ですよ。」


「いえいえ。先生方のご理解とご協力があっての事ですから。さ!早速お参りしましょう!」


「じゃ自分、ついでに自分のお願いもするっす!」


「おいおい…。」


「北沢先生は、ないんっすか?自分のお願い事?」


「そうだな…。無いなホントに。まぁそんなことはいいだろ早くお参りしよう。」


 その時だった。急に目の前が強く光り始めた。


「北沢先生どうしたんですか!?先生!!先生!!!」


次第に意識が遠のいて行く。


(ああ…。これ、突然死ってやつか?なんか走馬灯っぽいものが流れて来そうな感覚だ。流れてないけど。今まで本当に必死になって仕事して来た。結果も出して来た。後悔は全く無い。…でも何故だろう、何かが足りない気がする。でも何が?


わからない。わからない。わからない…。)



【6】


 目が覚めると、私は先ほどの神社で寝そべっていた。どうやら気を失っていただけのようだ。周りには誰もいない。みんな帰ったのか?救急車ぐらい呼んでもいいと思うのだが。しかし、まだ気分が悪い。私は、境内けいだいにあったトイレの中に入った。水道で顔を洗い、鏡で自分の顔色を伺った。


「そ…そんな馬鹿な。」


思わず声に出てしまった。鏡に写っていたのは、ブカブカのスーツを来た少年であった。

この異様な状況にしばらく立ち尽くしたものの、解決するはずもなかった。人目につかないように自宅に帰らなければ。



【7】


 「なんとか帰れたか。」立ち尽くした後の帰路は悲惨なモノだった。タクシーはおろか電車にも乗れない。人目に触れないようになんとか歩いて家に帰った。いい年して一人暮らしだった事は、不幸中の幸いと言うべきか…。気づけば、朝日が登っていた。本当に長い夜だった。


 さて、これからどうすれば良いのだろうか?ともかく、私に何が起こったのかを考える事にした。私にとって最悪なケースは2つ考えられた。


 まず、考えられるのは過去にタイムスリップしたケースだ。しかし、自分の家がある以上はそれは無さそうだ。


 次に、北沢という人間が存在しない世界になってしまったケースだ。私はすかさずスマートフォンで自分の職場のホームページを確認した。そのページには、私の写真や私が書いた進路の記事がきちんと掲載されていた。この仮説も不成立だ。どうも神様は、私だけにイタズラをしたらしい。


 どうやら最悪の事態は避けられているらしい。これならば、打つ手はある。幸い多少声が若返っているものの大して変わっていない。私はスマートフォンを操作し電話をかけた。


「もしもし。兄さん?どうかしたの?」


ひさしか。突然すまないな。」


彼の名前は北沢永きたざわひさし私の弟で、今はいくつかの会社を経営していた。


「訳は後で話すがとにかく私の家に来てくれないか。本当に困っているんだ。」


「兄さんがそんなこと言うなんて初めてだね。分かったよ。昼ごろお邪魔するね。」


その後、弟に自分が兄であることの証明に苦労したのは言うまでもない。



【8】


 「まさか兄さんが、子どもになるなんて。俺は夢でもみてるのか?」


「俺だって夢だと思いたいさ。それよりも色々と頼みたいことがある。」


「そうだね。まずは今後どうするかだね。」


「まずは、俺と養子縁組の申請をしてくれ。」


「養子縁組か…。」


「そうだ。最初は、児童相談所も考えたんだが、そこに到達するまで大変なのと時間がかかりすぎる。出来ればここに住みたいしな。」


「それで、その後はどうするんだ。」


「さすがにこの格好だと働けないしな。中学校に転入する。」


「は!?中学校!?」


「ああ。高校はさすがに調査書が無いと厳しいからな。公立中学校なら、親戚間の揉め事で引き取った。学校の入学手続きをしないで通わせなかったらしいとか、それらしい事を言えばなんとかなるだろう。幸いこの区の学事課に知り合いが居てな。お前が来る前に話は付けといた。悪いがこの2つの手続きをお願いしたい。」


「…毎度思うけど、兄さんも無茶苦茶だな。まぁ俺はいいけどさ。じゃ、この兄さんが書いた書類を家庭裁判所と役所に出しに行けばいいんだね?」


「ああ。よろしく頼む。」


 その後、諸々の手続きを終わらせ、今後のことを弟と話した。


「永、すまなかったな迷惑をかけた。」


「それよりこれからどうするんだよ。」


「中学校に通うしか無いだろうな。」


「生活費はどうするんだよ?」


「今まで結構蓄えたからな。株と投資信託の配当金、外貨預金の金利でなんとかなりそうだ。」


「そうか。ならいいんだけどさ。…にしても、もう一度中学校か…。人生リセット出来るじゃん。」


「リセットか…。」


 人生をやり直すとしたら、何をするのか。そんなことどうでもいいと思っていた。だが、せっかくの機会だ。人生リスタートしてやろうじゃないか!


「兄さん。とにかく乾杯しようか。」


そう言って、永はワイングラスにワインを注いで渡してきた。


「そうだな。世話になった…。ちょっと待ってくれ。私は酒を飲んでいいんだろうか?」


「大丈夫だろ。見た目は中学生でも中身はアラフォーのオッサンなんだから。じゃ、兄さんのリスタートに乾杯。」


私は永と共にグラスワインを一気に飲み干した。それから数分後…。


「すまん…。やっぱり酒はダメかもしれない。ガクッ…。」



「にいさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」



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