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64 ニーム攻防戦 15


「失礼、ゾフィー=ドロテア=フォン=フェルディナント――それが、わたしの名前です。さあ、これでいいでしょう、公爵令嬢フロイラインそのような武器(鞭など)でわたしに挑もうなど無謀です、お下がりなさい。そうすれば、命までは取りません。わたしの目的は、あくまでもヴァレンシュタイン公爵なのだから……」


 鞭を構えるルイーズに、底冷えのする抑揚のない声でゾフィーが答えた。


「あ、あなたがゾフィー=ドロテアですの!? ミーネのアンポンタンが、どこぞの畑から拾ってきてフェルディナント家の養子になったっていう!?」


 ズガガーン! と背中に稲妻を背負い、ルイーズは白目になっている。ゾフィーは思わずジト目になってしまった。


「ええ……それが何か?」

「そ、それはね、わたくしにとって凄く不愉快なことですの。だってミーネのおバカさんが、このわたくしに何の相談も無く、妹を作ったのですからッ!」


 くわっと目を見開き、左手の人差し指をゾフィーに向けるルイーズ。もはやここが戦場ということなど、忘れてしまったかのようだ。


「……は?」

「は? じゃあありませんのよ! ミーネのアホはわたくしの妹分ッ! ならばすべからく、わたくしにお伺いを立てるのが筋というものじゃあありませんのッ!?」

「さっきから聞いていれば、ヴィルヘルミネ様をバカだのアンポンタンだのアホだの――もう我慢ならん。その口に剣を刺して地面に縫い付けてやるから、そこを動くなよ――このゴミカスがッ!」


 ルイーズが口にする謎理論に、我慢の限界を迎えたゾフィーがブチ切れた。というか彼女の怒りの沸点は、ヴィルヘルミネが絡んだ時点で限りなく低いものとなるのだ。


「な、なんですの、あなたッ! ひ、人の話はきちんと最後まで聞きなさいなッ!」

「その必要なしッ!」


 馬の腹を蹴り、ゾフィーがルイーズへ向かって突進する。それを横目で見ていたヴァレンシュタインが、眉根を寄せてルイーズに助言をした。


「ルイーズ。こういう状況では、要点だけを分かりやすく簡潔に言わなければ、相手には伝わらないよ……あと、いま武器として鞭を選択するのも、どうかと思う」

「そう仰るならお父様、助けて下さっても良いでしょう!?」

「そうしたいのは山々だが、まあ、状況が状況だ。悪いが自力で切り抜けてくれ。それが出来る程度には、厳しく仕込んだつもりだよ」


 ヴァレンシュタインの周囲にもゾフィーが率いる騎兵達が殺到しており、彼は娘にアドバイスを送りつつも同時に三人の敵を相手に戦っている。


 むしろ敵中にあって、未だ斬り結んでいないのはルイーズだけだ。それも彼女が少女だから、ランス騎兵達も手を出さずゾフィーに任せている、という状況なのであった。


「分かっていますわッ! わたくしだって、自分が弱いと思ったことはありませんものッ! ええい、ゾフィー=ドロテアッ! 骨が二、三本折れる程度は覚悟なさいッ!」


 ヒュン――ルイーズがゾフィーを迎撃する為に、鞭を振るった。金髪の少女の首筋を狙い放たれたそれは速く、そして正確だ。

 しかしゾフィーは馬上で身体を捻って躱し、前進を続けている。金髪が数本、宙に舞った。鞭の先端部にある「うろこ状の金属」がゾフィーの髪を数本、斬り飛ばしていた。


「当たるものか、そんなもの」


 嘯くようにゾフィーが言う。双眸には怒気を湛え、ルイーズを切り刻まんと馬を疾駆させていた。


「鞭は、刺突用の武器ではありませんの」


 ルイーズは余裕の笑みを浮かべ、僅かに手首を翻す。すると鞭の先端がしなり、くるくるとゾフィーの首に巻き付いた。


「……くっ!?」


 手首を捻ったルイーズの動きに合わせて、鞭が引っ張られる。抗う術も無く、首を縛られたままのゾフィーは落馬した。

 それでもゾフィーは中空で身体を捻り着地して、首に巻き付いた鞭の先にいる朱色髪の少女を睨み付けている。


「これでも、わたくしがあなたの二刀に対し鞭で戦うことは、無謀かしら?」

「――貴様、名は?」


 ゾフィーは首を動かし、気道を確保しつつ言う。


「ルイーズ=フォン=ヴァレンシュタインですわ、お嬢さん(フロイライン)。最初から聞いて下されば、素直に名乗りましたものを」

「父に付き従って、こんなところまで来たのか。殊勝なことだな」

「あなただって姉に付き従って、ここまで来たのでしょう? ああそうだ、特別にわたくしのことも、お姉様――と呼んでもよろしくてよ、ゾフィー=ドロテア」


 勝利を確信して、ルイーズが余裕の笑みを見せる。


「ふん――なぜ貴様などを、姉と呼ばねばならんのか。だいたい、もう一度手首を翻せば、わたしの首を折れるだろうに。なぜ、そうしない?」


「だ・か・ら! わたくしは、妹分を殺したくありませんのッ! あなたがミーネの妹なら、それはわたくしの妹も同然。大人しく降伏すれば、悪いようには致しませんわ。というかさっさと――お姉様と呼びなさいッ! 可愛くないですわねッ!」


 琥珀色の瞳に威厳を湛えて、馬上からルイーズがゾフィーを見下ろしている。


「ふむ、なるほど。あなたの鞭が達人級だということは理解した。それにヴィルヘルミネ様との関係性も。が――……しかし、武器には相性というものがある。やはりソレでは、わたしに勝つことなど出来ない」


 ゾフィーは仏頂面で言うと、左手のマンゴーシュで鞭を切り。

 ルイーズは飛び出さんばかりに目を見開いて、あんぐりと口を開けてる。


「あ、あなた、わたくしに捕まったフリをしていましたのッ!?」


 その間に首に巻き付いた鞭を解き、ゾフィーは馬を呼び戻して飛び乗った。


 再びゾフィーはルイーズに向かって馬を疾駆させ、斬撃を振るう。しかしそれは鞭を絡め取る為で、殺す為の攻撃ではなかった。


「話を聞けと言ったのは、そちらだろう」

「あっ! わたくしの鞭がッ!」

「あなたが、ヴィルヘルミネ様を憎からずに思っていることは理解した。だから、殺しはしない。ただ――……あの方の前に跪けッ!」


 ゾフィーの鋭い突きが、ルイーズの肩口に迫る。ルイーズは腰の刀剣サーベルを抜き、これを弾き上げた。


「それは、絶対に嫌ですのッ!」


 ルイーズは実のところ、かなり強い。

 ただし最も得意な武器は鞭であり、これが封じられてしまった為に酷く動揺をしている。それでも何とかゾフィーの猛攻を凌ぐ、朱色髪の令嬢なのであった。

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