ありがちな創世記
サン・グラニデ山は、今は静かに緑を称えるただただ美しい山に見えるが、
その昔は荒々しい活火山だったという。度重なる噴火により台地は焦土と化し、生き物どころか植物さえ根を下ろすことを許さない。荒れ果てたその地に、創造神エピテの娘である聖女セルシアが降り立った。セルシアは大地の荒廃を憐れんで、三日と半日かけてその地を歩き回り、彼女が踏みしめた大地からは緑が生え、森を築いた。さらに三日かけて、鳥と獣を呼び、森に住まわせ、やがて豊かな台地となった。さらにここに人を呼び、そのものに国を築かせた、それがグラニデ国の始祖ベリオロス、その人だという。ベリオロスは、セルシアを妻に娶り、国を作った。国は栄えたが、セルシア自身は下界に留まったことで神としての資格を失い、若くしてこの世を去った。嘆き悲しんだベリオロスは妻の骸を祭壇に掲げ、神殿を建てそこに祀り再び神として崇めた。以来、国と神殿は切っても切れない関係にあり、セルシア神殿はグラナダ国では、国王と同等、あるいはそれ以上の力をもつ存在になったという。
(ありがちな創世記寓話だな。)
ぱたりと本を閉じた。
リチェルカーレの本棚からみつけた、幼児向けの創世記。リチェは時々村の子供たちに文字を教えていたから、そのためのものだろう。
・・・俺は確かに、リチェルカーレの記憶を見たけれど、
なんていうか、本当に「見た」だけなんだよね。
俺とリチェは、別の個体であるという意識がまずあって、
あくまでもリチェの目を通して、事象を体感したという感覚なので、
リチェ自身がどう考えていたとか、感じていたのかというのは、本当にぼんやりとした感覚的なものでしかない。それに、記憶映像にもいくつかの欠落があって、例えばリチェが生まれて自我が生じるまでの期間であるとか、断片的な映像しかなかったものもあった。
そもそも俺という個体には、「記憶の保持」なんて高等能力があるはずもないので、見た端から忘れてしまったものもいくつもある。でも言わせてもらえば、ノンストップで長編映画を見せられて、二幕の最初のセリフはなに?と言われて答えられるわけないだろう?
・・・だからこそ、こんな幼児向けの本を引っ張り出して国の成り立ちなんてものを復習するはめになったのだけども。
あれから、レオンハルトと話をした。
レオンハルトは、もともと王都グラナダに居を構える騎士の家に生まれた。
長兄であり、才にも恵まれ、期待されて近衛騎士総長にまで上り詰めたものの、上流貴族のやり方や、神殿の在り様に辟易して、弟のアーロンに家督を譲ってあっさり引退した後、縁あってこの山小屋に住むようになったらしい。それ以上詳しくは語らなかったし、リチェの記憶にもないことから、相当ないざこざがあったようで、終始苦虫を噛み潰したような顔で「とにかく神殿だけは信用ならん」と言い切った。
現在のグラナダ王ファビル二世は、ただただ血筋だけで王に成り上がった凡庸な男で、姉であり、現在の神殿の主でもある、巫女姫フィオネスカの言いなりになっているとの噂だ。
当然力をもった神殿は、我が物顔で、政治の場を取り仕切り、部隊のあれこれにも口を挟むわ、私用に使うわで、相当荒れているという。
この国では、巫女姫とはただのお飾りではない、聖女セルシアの声を聴き、力を借りられる唯一の存在である・・・はずである。噂では、フィオネスカにその才はないとかなんとか、それを糾弾した活動家が闇に葬られたとかなんとか、王都では、ひっそりとそんな噂で持ち切りらしい。
そこへきて、辺境の巫子との名高いリチェルカーレを召集するとは、きな臭いことこの上ない。一体なにをさせるつもりなのか、レオンハルトでなくとも、危惧する案件である。
レオンハルトは、鼻息荒く、「あいつらが来たら叩きのめしてやる!」と、どこからか取り出したのか、リチェルカーレの背丈ほどありそうな大剣を持ち出し、竈のそばに陣取って、おもむろに手入れをしだした。
う・・・うーん
殺気立っているレオンハルトにそれ以上声をかけることもできず、
俺は自室・・・リチェの部屋に戻った。
身体はまだ本調子ではないものの、腹が満たされたせいか、さっきほどふらつく感じはない。ベッドの端に腰をかけると、ようやく頭に血を巡らせて怒涛のように過ぎ去ったここ1週間ほどを振り返った。