オムレツと召集令状
山小屋のつくりはいたってシンプルだ。
扉を開けると、20畳ほどの広いワンホールに出る。ここがいわゆるリビングダイニングスペース。正面が外への扉で、右側の壁沿いに作りつけの大きな竈があり、周囲に鍋やらフライパンが並んでいることから、ここが調理スペースも兼ねていることがわかる。並んだ小さな棚はパントリー代わりに使っているもので、その真下に地下に通じる隠し階段がある。この地下は6畳ほどの貯蔵スペースになっていて、長い山の冬に備え餓えないようにたくさんの食べ物を保存してある。まるでハイジの世界だ!・・・よく知らないけど。
リチェの部屋と並んで、もう一つの扉は、おじいさん、レオンハルトの寝室で、その奥の扉が、バスルーム。さすがに電気やらガスやらはないけど、山中のバンガローっぽく過ごしやすい環境になっている。
暖炉の前には、テーブルと4脚の椅子。
その一つにレオンハルトが座り、熱心に手紙を読んでいるのが見えた。
「お・・・おじいちゃん?」
恐る恐る呼んでみる。
記憶の中のリチェルカーレはレオンハルトのことをそう呼んでいたはずだ。
「おお、リチェ!起きて大丈夫なのか?」
レオンハルトは慌てて席を立ち、リチェに駆け寄る。
正確には、リチェの中の俺。
「う・・・うん。 あの・・・お腹へっちゃって・・・。」
正直に言うと、レオンハルトは一瞬破顔して、それからにっこり微笑み。
「すぐ用意してやる」と、俺を椅子に腰かけさせ、
なんなら、暖炉のそばの籠に折りたたまれていたブランケットを取り出し、
そっと俺の肩にかけてくれた。
それからのレオンハルトの手際といったら、老舗の職人さんの技をみているようだった。
フライパンを取り出し、暖炉の調理スペースに置くと、火種に薪を追加して火かき棒で寄せて温めた。そうしたかと思うと、木製のボウルに卵を2~3個、片手で割入れ、パントリーから取り出した調味料を手早く混ぜ入れる。チーズとバターと思われる塊、それからハムっぽいものをとりだすとナイフでさっと切り分けた。フライパンが温まると、バターを溶かして卵液を流し込み、ついでにチーズとハムを投入。これは・・・あれだね、オムレツ!
おいしそうな匂いに、お腹が刺激されたのか、ぐうううっと良い音がなった。
レオンハルトは思わず吹き出し
「そんなに腹が減っていたのか!それは悪かったな。」
そういうと、俺の前に木製のプレート皿を置き、熱々のオムレツを転がし入れてくれた。
「いただきます!」
目の前のホカホカ、とろっとろのオムレツを前に涎が垂れそうになる。
木製スプーンで真ん中を割ると、とろりと半熟の卵液があふれ出た。
すくって口に放り込むと、じゅわっとハムの油やらチーズのトロトロが口の中いっぱいに広がる。
「おいしい!!」
思わず口に出していうと、レオンハルトが照れたように「そうかそうか」と頭をなでてくれた。
うん、人に頭を撫でられるって新鮮だな。
それから一心不乱にオムレツと格闘し、最後のひとかけらまで丁寧にいただいた。
程よく腹が満たされ、ふうっと息をついてレオンハルトが入れてくれた暖かいお茶を飲む。
そこでやっと、目の前の椅子に腰を掛けたレオンハルトの視線に気が付いた。
目が合うと、
レオンハルトは、テーブルに肘をつき手を組んで、やや険しい顔をしている。
「リチェルカーレ。」
と普段は呼ばない呼び方で呼ぶ。
「なっなに?」
うわー これはヤバかったかな。
なんにも考えずに食べるのに夢中になっていたけど・・・俺が「リチェ」じゃないってバレちゃったとか?
「リチェルカーレ・・・お前に話がある。」
いやに真剣なまなざしに、緊張で身体がこわばる。
ホカホカのオムレツとお茶で十分温まったはずなのに、足先からすうっと冷たくなるような気がした。
レオンハルトは、そんな俺の動揺する様子を特に気にするでもなく、
手にしていた紙束の一枚を、俺の前に差し出した。
「召集令状
リチェルカーレ・クリフ 殿
貴殿の「辺境の巫子」と称されしその才を、当代巫女姫フィオネスカ殿下が検分したいとご所望である。王都グラナダ セルシア神殿まで来られたし。
なお、現在グラナダ第一騎士団がサン・グラニデ山脈リスラテ村近辺で訓練中のため、帰還の際に貴殿の迎えに寄ってもらうように依頼した。
この令状を受け取り次第、準備し待機するように」
・・・・・・と、いうようなことがやたらと難しい言葉尻で書かれていた。
そう、手紙をみて気が付いたけど、俺はあのグリモワールの作用のおかげか、文字が読めるようになったようだ。正確には読めるというよりも、脳内で勝手に翻訳されている感じ?
「これ・・・・」
俺はどうしていいかわからず、レオンハルトの顔を見返した。
眉間にしわを寄せたその顔は、リチェルカーレには全く似ていないが、若いころはずいぶんな美丈夫だっただろうと想像に難くない整った容姿をしていた。クロウほどではないが、浅黒く日に焼けた肌に、白く整えられた口髭。年は60をいくつか超えているはずだが、背筋がピンとして、均整のとれた肉付きから、実年齢よりずいぶん若く見える。
「リチェ、お前はどうしたい?」
レオンハルトの目は真剣で、そしてなによりリチェルカーレへの慈愛を感じる。
「おじいちゃん・・・」
俺は、たまらずつぶやいた。
「神殿の奴らはしつこい。おまけに迎えに騎士団を寄越すなど、強制連行とおなじじゃないか!リチェルカーレ!お前が行きたくないというのなら、無理をする必要はない。じいちゃんが守ってやる。ホッチ村のやつらも協力してくれるだろうよ。王都なんて行かなくてもいい。」
レオンハルトは吐き捨てるようにそういって、苛立たし気に立ち上がり、部屋の中をウロウロしだす。
・・・・うーんこれは、王都になにかあるっていうフラグか?
というより、リチェルカーレ、お前、この可能性に気が付いていたんだよな?
すべてを見通す紫の瞳の少年。
稀代の巫子、辺境の預言者と呼ばれたお前が、この結末を知らないはずないよな?