忘却
「あの・・・・あなたはどなたですか?」
ようやく絞りだしたか細い声でそう告げると、
目の前の男の淡い碧の瞳が見開かれ、異物をみるかのように俺を見返す。
・・・・ヤバい・・・・ハズしたか?
相手は明らかに俺をしっているのに、この問いかけはいくらなんでもマズかったか?
男は数回瞬きすると、ハっと気が付いたように、大きな掌を俺のおでこに伸ばした。
「リチェ!!熱まででたのか?・・・・・・・・・熱い気がするっ!
まっ待ってろ!今レオじいが、診療所で薬をもらってきてくれるはずだから!」
あわてたように、足元にたたまれた包布を乱暴に広げると、俺の身体をぐるぐると簀巻きにしだした。
苦しい苦しい!!
危うく、口と鼻までふさがれるところだ
俺がもぞもぞと暴れていると、やっと気が付いたのか、簀巻きを緩めてくれた。
「リチェ・・・本当に大丈夫か?」
いや、絶賛あなたに殺されそうになっているんですけど・・・。
ゼイゼイと肩で息をしていると、
その整った顔をなおも近づけてくる。
いやぁ、さすが美形、アップに耐えるなぁ
と無言でぼんやり見つめていると。
「俺だよ?クロウだよ?それはわかるよな?」
クロウと名乗った青年に、両肩を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。
予期せぬ攻撃に、全身に激痛が走った。
「ッ!!!」
思わず顔をしかめると、クロウはあわててその手を緩める。
「ごめん、リチェ・・・」
しょぼんとした様子は、叱られた柴犬のようだ。
・・・・かわいいといいたいところだが、残念ながら俺は生粋の猫派だ。
「・・・・本当に、忘れちゃったのか?」
深緑の切れ長の目にうっすらと涙がたまる。
全身痛にともすれば気を失いそうな俺は、それにまともに答えることができない。
「・・・・。」
Yes と答えてもNoと答えてもそのあとに詰まる。
「・・・・とりあえず苦しいから離して・・・」
どうにかそう答えると、やっとのことで、クロウが少し距離をとってくれた。
「・・・・とにかく、今は体が辛いから・・・・後にして・・・?」
痛みと混乱と、その他もろもろでどっと疲れを感じて瞼が重くなる。
重くなるに任せて、俺は深い眠りについた。