思考
恐る恐る、もう一度右手を眼前まで持ち上げてみる。
さっきよりは幾分力が出たが、室内が薄暗くそこににゅっと真白い手が浮かぶ。
華奢で、女のそれのような白い手。
試しに指先をまげてグーパーしてみる。
やっぱり・・・「俺」の手なのか?
離握手を繰り返してみる。
なんだろう・・・この感覚・・・ああ
最近流行りのVRゲームをやっている感覚に近いんだ。
目の前に見えているのに、疑似世界のような・・・疑似世界なのに、リアルを感じるような・・・なんとも言えない不思議な感覚だ。
他人の身体に入って操縦しているみたい・・・・。
ふと手を伸ばすと、白い掌に続いて、これまた華奢な腕が伸びる。
薄く血管が浮かんで、病人のようだ。
ふと、腕に黒い・・・墨のようなものがついている。
ぼんやりと見つめると、模様のようでいて、それがなにかの文字であるとわかった。
それは恐ろしく汚いひらがなで、「たな にっき よむ」とかろうじて読めた。
・・・・?
どういう意味だ。
ギョッとして、もう一度しっかりみようと思ったとき、コンコンと、ノックをする音が響いて、それと同時にやや乱暴気味にドアが開けられた。
「リチェルカーレ!」
部屋は俺の部屋とそう変わらない広さだから、8畳くらいか。ドアと向かい合わせの壁にピッタリとベッドが据え置かれ、ベッドの両側には本棚が並び、ぎっしりと本が乱雑に並べられている。
寝ている姿勢では、姿かたちまで判別できないが、声からして若い男。
のしのしと、ベッド端まで歩いてくると、ぬっと俺の顔を覗き込むようにして見つめてきた。
「リチェ、大丈夫か?倒れたってきいたぞ」
男はまだ20歳前後か、浅黒い肌に短く刈り込まれた赤茶けた金髪、たいそう整った彫の深い顔をしている。
そして明らかに西洋人だ。
流暢な日本語で、俺を「リチェ」と親しげに呼ぶと、大きな掌でわしわしと俺の頭を撫でた。・・・・おい!ちょっと乱暴だぞ!
俺があまりのことにびっくりして黙っていると、さらに心配げに顔を歪めて、
「無理するなっていつもいっているだろう?水汲みぐらい俺がいくらでもやってやる」
そういってさらにわしわしとなで繰り回してくる。
イタイイタイイタイ
「あ・・・あの・・・」
あ、よかった。声でたよ。
ただし、間違っても「俺」の本来の声質とは程遠いけれど。
「ん? ああ、レオじいなら、いま村の診療所にいっているぜ。俺が留守を頼まれたんだ。ポパスの店で偶然会ってな。お前が水汲みの途中で倒れたって聞いて、すっ飛んできたんだ。本当・・・大丈夫か?」
・・・・・・・・・レオじいってだれ?
ポパスの店っていうのは、なんだ。「ポパス」という人の名前なのか?それとも「ポパス」っていう謎のアイテムの名前なのか?どちらにしても、ファンタジーなRPGにありがちなネーミングセンスだ。
頭の中は、過去にやったことのあるゲームやらラノベ小説の知識を総動員だ。
気遣わし気に俺を覗き込む男。
少なくとも危害を加えられる心配はなさそう・・・というより、むしろ助けてくれそう。
「あの・・・・あなたはどなたですか?」