はじまり
己がどんな人間かを問われたなら、
ごく普通の男子高校生と答えるだろう。
特に勉学に秀でるでも、スポーツに秀でるでもない。
と言って他者と比べて劣等感に苛まれるほどの矜持も持ち合わせていないため
生まれてこの方16年、特に何の苦労もなく幸せに暮らしてきたと思う。
それは今まで自分を育ててくれた母方の祖父母や、自分や幼い弟妹のために
夜遅くまで仕事に明け暮れる両親、仲良くしてくれる悪友ともいえる友人たち。
それらが走馬灯、まさしく走馬灯のように脳内を駆け巡る。
(ところで、走馬灯ってなんだっけ・・・?)
目まぐるしく回る映像をぼんやり見つめながら思った。
(ああ、あれ、死ぬとき視るっていうアレだ)
混乱する脳内で、ひとつの謎に帰結を得たと同時に、新たな疑問が噴出する。
(え? 俺って死んだの?死んじゃってるの?)
映像は時に鮮明に、ときにぼやけて、すごいスピードで回転する。
その映像を見るともなく見つめていると
にゃおん!
虚空から、懐かしい響きがする。
(そうだ。タマ! タマを忘れるなんて!)
タマは俺の猫。白い体躯で、短めの尻尾の先が少しだけ茶色いちょっとメタボ体型の雄猫だ。5歳の時にはすでに、共働きの両親を困らせることはいけないことだと理解していた俺が、唯一といってもいいくらい、我儘をいって飼うことになった小さな子猫、それがタマだ。5歳児の考える猫の名前なんて安直すぎるくらい安直だけど、当の本人、もとい本猫であるタマが喜んでついてきたのだから許されるはずだ。
当時両親、祖父母と住んでいた賃貸マンションに付随していた、申し訳程度の小さな公園の片隅で段ボールに押し込められて捨てられていたのだ。
そう、あれはいつものように、祖母と手を繋いで近所のスーパーマーケットに夕飯の買い出しに行った帰り道。か細い鳴き声に引き寄せられるようにして、祖母の手を振り切ってその公園に入った。小さく震えるその存在を、ひどく愛おしいと思い、どうしても連れて帰りたくなった。「うちでは飼えないからね」と渋る祖母と、どうしてもと泣いて離さない俺に、のちに祖母から「あの時は本当に困ったわ」と何度も笑いながら聞かされた。
普段寂しい想いをさせているという負い目もあったのだろう、ちょうど住んでいたマンションが手狭になって引越しの話がでていた矢先だったので、トントン拍子に話が進み、思い切って一戸建てを購入して、タマ共々引越しすることになったのだ。
それからずっと、5年後に双子の弟妹が生まれてもずっとタマは俺の猫で、基本的に、俺とご飯をくれる祖母以外には決して懐かなかった。家に居るときはどこにいるときも俺にべったりで、俺の居ない時間帯は、俺の部屋から一歩も出ようとしない。それくらいべったりな俺と、タマの仲に、幼い弟妹が嫉妬して、よく喧嘩していたっけ・・・
にゃおおん!!
ふたたび声がする、
あれは俺を呼ぶ声・・・・
・・・・タマ?
あれ??
俺・・・・何をしていたんだっけ???