拾得物2
「拾ったって・・・コレ、ですか?」
2階建てレンガ造りの兵舎の南側突き当たり、カイン総長のために割り当てられた特室。・・・もっともこの部屋の主は、畏まった部屋の装飾が気に入らないと、下級兵士に混じってテントで酔っ払って雑魚寝して不在なことの方が多かったが・・・
その部屋の中央に備えられたキングサイズの天蓋付きのベッドに小さなシーツの塊が一つ。
それが先ほどから、かわいそうなまでに小刻みに震えている。
シーツの中身は人の子だった。
丸い顔、年端もいかない小さな子供。シーツを蓑虫のようにかぶって、大きく見開いた暗い色の瞳にはめいっぱい涙の粒を携えている。
「・・・ひっっく」
しゃくり上げるので、思わず慰めようと、テオが手を伸ばすと、あからさまにビクっと怯えられ、なんならベッドの上で後ずさりまでされた。
その様子をゲラゲラと腹を抱えて笑いながら、
「逃げられてやんの!」
と揶揄する。
「・・・・・で、なんなんですか?」
たっぷりと間を置いて、まだ笑いを堪えるカイン総長の脇腹をつついて問う。
子供は、警戒心たっぷりの瞳でその様子をうかがいながらシーツを身体に巻き付けてなおも震えた。
「あ~いや~、昨日傭兵上がりの寄せ集め部隊が合流したろ?ん中に、何人か昔なじみがいたからよ~一緒に飲みに行った帰り道、メヌ湖の湖畔で拾ったんだけど・・・驚くなよ?こいつスピサーガと一緒に転がってたんだ。それも真っ白な特A級のガタイのやつ。」
「スピサーガってまさか、こんな人里近くにいるわけないでしょう!冗談も休み休み・・・」
スピサーガはもはや伝説の生き物とすら言われるくらい希少な獣だ。それも白だなんて、あるわけない。
グラナダ国騎士団は、騎獣部隊と言われるほど、獣を飼い慣らし兵力として使役しているがどんな獣でもいいわけではない。ただ乗って身を運ぶだけなら馬や牛で事足りる。だがこの国で、騎士団、それも第一騎士団に入るにはいくつかのテストがあり、その一つに騎獣ができることが挙げられる。たいていはヒッポスという身体の大きな水陸両用型の獣だが、まれにリリオンや、トゥーラという猛獣を相棒にすることもある。リリオンやトゥーラもこの大陸にはごく少数しか存在しない上に、かなり気性が荒く、飼い慣らすことが困難なため、乗りこなせるものはほとんどいない。目の前のカインが異例中の異例で、騎士団総長に選ばれたのも、傭兵時代すでに、リリオンを飼い慣らして騎乗していたからだ。それもリリオンの中でも希少な、漆黒の獣を。この大陸では、人でも獣でもはっきりした色を持つものが、より魔力が強いとされている。特に白と黒は最上級の属性とされておりリリオンやトゥーラ、それにスピサーガのそれは、もはや伝説の域である。
カインは時折リリオンを捕まえたときのことを面白可笑しく酒のつまみに語るが、そもそもそんな簡単に出会えるものですらない。何年も何十年も生息地を彷徨って、やっと運良く出会えたとして、それを従わせるなど、到底常人にできることではない。
「んだよ!俺が嘘を言ってるって?今、とっ捕まえて獣舎にいれてるから後で自分の眼で確かめてみろよ」
・・・とんでもないことを、こともなげにいうと、
「それより、こっちだ!こっち!この坊主の頭みてみろよ!」
まるで宝物を自慢する子供のように得意げになってシーツの端を引っ掴んで、中身ごと転がした。
ベッドの上でコロンと見事に一回転したその子供は・・・・
黒い髪?!
そんな、ばかな?!
際ほど垣間見えた瞳が黒に近い色だなとは思った。
だがそれだって光の加減でそう見えてるだけだろうと思っていたのに、
目の前の小さな子供は、紛うことなく短く刈られた黒い髪と
びっくりしてこちらを見上げる黒い瞳には大粒の涙を宿している。
その昔、このグラナダ国を救った女神はセルシアが黒髪、黒い瞳を持っていた。
この国に同じ色を宿したものは存在しない・・・それは神にだけ許された色なのだから。
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