僕はンパヤパオ星人
果てしなく続く暗闇の中に、大小さまざまな丸い光が浮いていた。
光は赤かったり、青かったり、金色の輪っかを纏っていたりと、一つ一つ個性がある。この光の正体は天体・星……時には惑星と呼ばれるものの生命の輝きだ。暗闇と星が合わさったこの空間を、人類は宇宙と呼ぶ。
僕は小型船の中で、十六年の人生の中で初めて本物の宇宙を目の当たりにする。
「すっごいなぁ。コロニーで見た写真や映像とは大違いだ。こんなに宇宙は広いのか。なあ、今は宇宙のどの辺りにいるんだ?」
そう問いかけると、僕の前に立体型の大きな地図が浮かび上がる。
<銀河系になります。一番近い星は『地球』と呼ばれる特別指定保護惑星です>
小型船に取り付けられた人工知能が、感情を感じさせない女性の声で答えた。
「ああ、発展途上の人型原生生物が住んでいる星だっけ」
<はい。今から一千年前に、地球人はマスターたちンパヤパオ星人の怒りを買って戦争の一歩手前まで行きました。そして当時の地球人有力者の捨て身の謝罪の後、ンパヤパオ星人の保護下となりました。今では地球の潤沢な資源をちょろまかし――――>
「し、失礼なことを言うな! ンパヤパオ星人の保護下にいるからこそ、地球は宇宙戦争に巻き込まれずにいるんだ。正当な対価だ」
<飼い殺しの間違いでは?>
支配者階級特有の傲慢だと言われているようで、僕の良心がチクチクと痛む。しかし、ンパヤパオ星人として生まれた故に、人工知能の言ったことを肯定する訳にもいかない。
「……お前、人工知能のくせに扱いづらいな……」
僕はうんざりとした顔で溜息を吐いた。
<そうは言いましても、私は90%OFFセールで売られていたのに三年間買い手のつかなかった曰く付きですよ。旧式の中でも、低スペックの中の低スペック。足りないところは、愛嬌で補うしかありませんでしょう?>
「補ってない! むしろ、損なっているからな!」
<というか、そもそもの原因は、初めても宇宙探索任務で浮かれたマスターが経費を散財したからでは?>
「さ、散財なんかしていない! 見ろ、この最新型の宇宙船を。ブラックホールに呑み込まれても歪まない頑丈な作りに、時速三千㎞も出せて小回りもきく。エネルギーは流行のUPA粒子で、砲撃にも転用可能。最高じゃないか!」
ンパヤパオ星人は十六歳になると、仕事を与えられる。それは本人の適性によって振り分けられ、その仕事の成果によって人生が決まる。具体的に言うと、二十歳までに一定の成果が認められなければ不良品として処分されてしまうのだ。
だから、僕たちンパヤパオ星人にとって仕事は特別なものだ。
気合いが入ってしまうのも仕方のないこと。
ちなみに僕に与えられたのは、『惑星調査員』という仕事だ。
ンパヤパオ星人が開拓中の星の調査、もしくは未開拓の星を発見するというもの。未知の生物、環境と対峙するのはとても危険なことで、最も難しい仕事の一つである。だが、その分恩恵も大きく、仕事の成果が認められやすい。
<性能が良くても、操縦する中身が低スペックポンコツ人工知能では不安が残るというものでは?>
「おい、ふざけるな。お前自身に言われると、不安を通り越して不吉な予言のような気がしてきたぞ……」
<せめて、燃料が太陽光だったら扱いやすいんですけどねぇ。最新のUPA粒子は高カロリーで胃もたれするというか……中古にはキツいっす、ゲプッ>
「太陽光なんて旧エネルギーはダサいだろ!」
<そうですか? 入手しやすく、手軽で扱いやすい。充電も簡単ですし、保管に危険性はありません。出力はUPA粒子には劣りますが、低コストで環境に優しい。ほら、太陽光がエネルギー最強では?>
「所詮旧世代のエネルギーだぞ。……まったく、人工知能の相手なんかしていられるか」
僕は地図に手を伸ばし、現在地から地球までを一直線にマッピングする。
「とりあえず、一度地球にあるンパヤパオ星の駐屯地に寄ってバイトをして資金を貯めながら、開拓中の星についての情報を集めなくてはな」
<マスターの小・心・者☆ ここは未開拓の星を発見するぞ!と宣言するぐらいの気概がなくっちゃ!>
「馬鹿か! ド新人が未開拓の星を発見できるほど、宇宙探索任務は甘くない。まずは経験を積まなくては」
宇宙探索任務は危険が大きい。臆病なくらいがちょうど良いのだ。
<なんというかー、マスターは現代っ子らしく冷めていますねぇ。宇宙征服王に僕はなる! ぐらいの野心を抱いていた方が、人工知能的には面白いんですけどー>
「いいから早く地球に向かえ!」
<はいはい。人工知能使いが荒いというかー、自分みたいな中古品はもうちょっと労って欲しいんですけどー>
地図の上に地球までの距離と時間が表示される。どうやら数時間で駐屯地まで着きそうだ。
<ここ百年ほどは地球付近の航路での事故は0件。最も安全な宇宙航路の一つと言えるでしょう。つまり、豪華客船に乗ったつもりでお待ちくださーい>
「地球に着いてからは忙しくなるかもしれないな。仮眠でも取るか」
僕は備え付けの休眠カプセルの入ると、保護ベルトを身体に巻き付けた。
そしてそのまま睡眠に入ろうと、微弱な催眠ガスを噴射するボタンを押す。
――――その瞬間だった。
<警報! 警報! 警報! 第一級危険警報が発動しました。この宇宙船は現在、未知の外敵干渉を受けております>
突如として船内に重厚なサイレンが鳴り響く。
「ど、どうした!? おい、人工知能! 一体何があった!」
催眠ガスで強制的に眠くなりながらも、僕は必死に叫んだ。
<解析には一分ほど時間がかかると思われます。マスターには緊急待避を推奨。宇宙船の破損率20%>
「緊急待避って……」
<救助信号を送信……他の宇宙船からの反応はありません。再度救助信号を送信…………他の宇宙船からの反応はありません>
朦朧とする意識の中で、必死に保護ベルトをはずそうと僕は身体を捩った。
緊急脱出用の小型船は操縦室から離れた場所にある。早く行かなければ、僕は死んでしまうだろう。
「早く、早く脱出を……」
<宇宙船破損率40%を突破。エネルギー回路に壊滅的被害。脱出用の小型船の機能が停止しました>
瞼が重い。息が苦しい。
だけど頭の中は思いの外クリアで、自分がもう助からないことは分かった。
<解析終了。現在、特定宇宙災害であるトルネード級時空嵐に巻き込まれた模様。生還率は00.001%以下>
「……何もできなかったな」
悔しくもあったが、天災に巻き込まれてしまったのだから仕方ない。せめて、催眠ガスの影響で眠るように死ねる幸運に感謝しよう。
<キャリア組になれず、ドンマイでしたね。まあ、こんなこともありますよ、マスター。ファイト!」
静かに終わりを迎えようとする僕の耳に、人工知能のヘラヘラとした声が届いた。
<それでは時空嵐に向けて、逝っきまぁーす!!>
「……この、ポンコツがぁっ」
最後の力を振り絞って愚痴るが、僕の中に溜まった怒りは収まらない。
(……クソがっ! 意地でもクーリングオフしておくんだった!)
そして、僕の意識はプッツリと切れたのだった。