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第4話

わたしは慶一の顔を思い浮かべながら、ゆっくり口を開いた。

「わたしは慶一に拾われたんです。大切に育ててくれたのに、最後の最後でヘマをして…」

「何をしたの?」

かみさまは腕を組みわたしの話を聞いている。

「猫は死ぬ時、主人の前から姿を消す、って言いますよね。

なのに、わたしはあの日…」


残りの人生を後悔で埋め尽くした‘あの日’を思い出す-。



去年の9月初め、まだまだ夏の暑さが残る‘あの日’

いつもの窓際に座り、わたしは自分の体調の悪さと戦っていた。

最近ずっと感じていたことだけど、今日だと思う、死ぬのは。

慶一はいつもと同じように仕事に出かけた。

猫は死ぬ時、主人の前から姿を消すものだと聞いたことがある。

なら、わたしは慶一が帰ってくる前にこの家を出なきゃいけない。

でも……。

いつも優しく笑いかけてくれた慶一の笑顔が忘れられない。

いたずらをした時、しょうがないなー、という顔で怒る慶一の顔が忘れられない。

忘れられない顔、たくさんあるのに

今日最後に見た、慶一

どんな顔してたか思い出せない。

窓際に座って見てたんじゃダメだった。

どうしてもこのまま慶一と別れることができなくて

最後に一目でいいから慶一の顔を見てから死にたいと思い、家に残った。


空が暗くなっていく。

それと同じようにわたしの鼓動も弱くなる。

早く帰ってきて、慶一…。

そう願っていると、足音が聞こえてきた。

慶一の足音だ-。

早く会いたい、最後の力を振り絞って起き上がり玄関へと向かう。

「ただいまー」

慶一がドアを開けると、よろよろになりながら歩いているナツの姿が目に飛び込んできた。

「ナツ!!!」

靴も脱がずナツに駆け寄り抱きかかえる慶一。

「ナツ!!ナツ!!」

あきらかに様子がおかしい。

慶一はすぐに猫用のカゴを用意し、そこにナツを入れた。

「大丈夫だからな、ナツ。すぐ病院連れてってやるから」

そう語りかけ、蓋を閉める。

慶一はカゴを優しく抱き抱え、近所にある動物病院へと急いだ。

わたしは高齢ということもあり、かなり危険な状況だったが

慶一の早急な対応により一命をとりとめた-。



「なら良かったじゃん。何がダメなの」

かみさまは、腑に落ちない、とでも言いたそうな顔でそう言い放った。

「良くないです。わたしが慶一に命を救ってもらったあの日。

代わりに失われた命がありました。慶一のお母さんです」

慶一の人生も後悔一色にしてしまった出来事。

「わたしが死にかけていたあの時、慶一のお母さんも交通事故にあっていたんです。

病院から慶一の携帯に何回も電話があったのですが、

慶一は携帯を家に忘れていて…。

わたしの治療が終わるまで、ずっと動物病院で待っていたので家に帰った頃には

お母さんはもう亡くなっていたそうです」

「それって君のせいなの?」

怒りと悲しみがこみあげてくる。

「全部わたしのせいです!!猫は死ぬ時、姿を消さなきゃいけないのに

そのことを知っていたのに、出て行かなかった。

わたしが1匹で死ぬ道を選んでいたら、動物病院に行くことだってなかったし

慶一も電話に出ることができたんです。

わたしの代わりにお母さんが死んだんです」

「分かったから、少し落ち着いて」

少し優しい口調でかみさまは言った。

「あの日から、慶一はずっと自分のことを責めています。

携帯を忘れた自分のことを責めて、責めて、責め続けて…」

「自分のことを責めてる飼い主を見て、きみは死んだ後も自分を責めているのね」

「慶一はお母さんと喧嘩別れをしているんです」

怒りと悲しみの顔から、再び強い決意の顔に変わる。

「だから!!過去に戻って慶一とお母さんを仲直りさせる。

そして、‘あの日’わたしが慶一の前から姿を消す。

このことを絶対にやらなきゃいけないんです。お願いです。過去に戻して下さい!!」

頭を下げ、かみさまに懇願する。

「はっきり言ってね。それだけ、そんなことで、って聞いてて思ったよ。

状況は違うにしても、そういった後悔ってみんなしてると思うし」

かみさまは同情したりしない。

「大した理由じゃない。言いたいことはそれだけ」

この言い方…。

叶えてくれそうにない。

「かみさま、お願いします」

「過去を変えていいほどの理由じゃない。

後悔なんて生きていればいくらでも出てくるものなの。

命全部使って、たかが1つの後悔消したところで、

飼い主がその後ずっと楽しく生きていけるわけじゃないからね」

正論。

そうだけど、分かっているけど、わたしの気持はこれっぽっちも諦めてくれない。

「わたしにとって慶一と生きた時間、お母さんと生きた時間が全てです。

世界そのものを大きく変えようなんて思っていません。

慶一の後悔だけ、お母さんの命とわたしの命だけ交換したいんです」

話していて1つ疑問が頭をよぎった。

「人間の命と猫の命じゃ釣り合いませんか?」

「それに関してはそんなことない。人間の命が一番尊いと思っているのは人間だけ。

こっちからしたら、どの命も一緒」

「良かったー。じゃあ、問題ないですね」

ふー、と胸をなで下ろす。

「いや、叶えるって言ってないから」

かみさまが食い気味で答える。

わたしも段々イライラしてきた。

全然考えを改めてくれないかみさまに腹が立ってきたのだ。

「言っておきますけど、叶えてくれるまでこの問題解決しませんよ。

わたし折れる気ないんで」

「いきなり強気じゃん」

かみさまもわたしを見下してくる。

それに負けじとわたしもかみさまを、じっと見つめる。


「……」

「……」


少しの沈黙の後、ため息をしながらかみさまが小さく呟いた。

「はぁー。条件がある」

「え!?叶えてくれるんですか!?

やったー!!」

「言っておくけど、かなり無茶な願いだから、きみの命全部使っても

かなりの制限の中で動くことになるよ」

「問題ありません!!」

やっと願いが叶えられると、興奮気味のナツ。

この時をずっと待っていたのだ。


慶一の後悔を1つ消せる。

たったそれだけのことが、嬉しくて嬉しくて仕方がない。












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