9.終わって始まる
《真騎》
新しい朝が来た!昨日このベッドで目覚めたときには不安や戸惑いがあった。だけど、今日は爽やかな朝である。今の気分はわくわくが半分とドキドキが半分という感じだね。
「マキさん、おはようございます。」
目覚めた事がカメラでわかったのだろう。モニターが映り、ユーファさんが挨拶をしてくれていた。
「おはようございます。ユーファさん。」
「お目覚めになられたようですので、早速迎えに行きますね。」
そう、この部屋は安全の為に中からは開かないのだ。だから、24時間体制で監視が付いてくれているらしい。そうじゃないと、トイレが困るからね。
迎えに来たユーファさんに連れてこられたのは、食堂の奥にあった個室だった。そこにはネーさんが待っていた。
「おはよう、マキ。」
「これはこれはネー王妃様、おはようございます!」
と、深々と頭を下げてから、顔を戻し、ニカッと笑って見せた。すると、ネーさんは思った以上に面白かったようで、声をあげて笑ってくれた。よし、頑張ってみた甲斐があったというものだ。
「はっはっは!なんだ?その面白い挨拶は。そういう冗談を受けたのは初めてだよ。」
「冗談だって伝わって何よりです。ネーさん、おはようございます。」
「俺が王妃だってわかってからも、態度が変わらなかった奴はいたが、王妃であることをいじってくる奴がいるとはな。君は大した奴だよ。」
「お褒めにあずかり光栄であります!」
その後、ユーファさんが3人分の朝食を運んできてくれて、一緒に食べることになった。出てきたのは、味噌汁に焼き魚に卵焼きと白いご飯という、日本の朝ごはんだった。
「ニッポンの出身だとお聞きしておりましたので、和食をお持ちしましたが、よろしかったでしょうか?」
「はい、こういう食事もあるのだと安心しました。昨日のグーマ料理の味付けは香辛料が効いている感じでしたが、あれは純帝都の料理なのですか?」
話を聞くとあれはディメル料理って感じのものらしい。ディメルではどんな食材もおいしく食べるためにということで、香辛料や調味料、香草などの使い方が地球よりも遥かに進んでいるとのことだった。さらに、薬草などの体に良い食材を合わせて食べるのが一般的なんだと。
「純帝都の料理って言うと、一般的にはこういう和食を指す事になりますね。ヨシモト様はニッポンの方なので、純帝都にはそういう料理がたくさんありますから。」
ふむふむ、納得である。ところでひとつ気になっているのだが・・・いや、聞かないでおこう。私は昨日の般若の様なユーファさんは見たくない。有能秘書なユーファさんが良いのだ。ここは鈍感の真騎さんでいこう。
「今日の予定ってどんな感じになっているんです?」
今日は朝から外出しても良い事になっていた。いつの時間でも良いというので朝でお願いしたんだけどね。出来るなら今日から自由に町への探索をしてみたい。
「はい、食事の後は、早速町へ出ていく予定にしております。マキさんがこれから生活する住居へとご案内させていただくつもりです。」
「あ、家まで用意していただいているんですね。てっきり寝泊りはここに戻ってくるのかと思っていました。」
「いえ、もうここから先は基本的にはご自分で生活していただくことになりますね。」
そうか。それなら流石に挨拶はしておきたいし、危険があるとわかっていても、呼んでもらおうかな・・・いや、待て待て。本当に大丈夫か?落ち着いて考えよう。うん、会えたら挨拶するという事で良いや。良いよね。良いよ良いよ。怖い思いしたくないし、これ以上施設を壊してもいけないだろう。うん、我には大義名分があるのじゃ。よし、違う話題にしよう。
「ところでどうして、今日もネーさんがいらっしゃるんですか?」
ぐるん!!
まるで人形のみたいな動きでユーファさんの首がこっちを向いた。怖えぇ!!
「どうしてだと思いますか、マキさん?」
「な、なんでだろうなー、ちょっと真騎さんには理由がわからないなー。」
「・・・それは昨日私がやったやつです。」
チクショウメー!!!鈍感の真騎さんの馬鹿野郎!!どうして一撃で地雷を踏み抜いちゃうの!!
「これを届けに来たんだ。」
何事も無かったかのように、ネーさんは一枚の金属製のプレートを差し出してきた。うん、なんだろうか?
「それは、純帝都で生活するときに使っていただく金銭の代用品です。実際のお金を渡してしまうと盗難があったときに困りますので。買い物したいときや食事をしたいときに、その板を出していただければ、それでお支払いが可能です。」
「なるほど。それをネーさんが届けてくれたんですね。」
「・・・そうなんですよ。本来ならば!!とある責任者が来訪者が生活体験に入る前に、国に用意しておいてもらうべきものなんです。それなのに!!それなのにあのあほんだらは・・・」
ギリギリギリギリ・・・・・
ユーファさん、握っている茶碗が割れるどころか粉々に吹き飛びそうです。止めてください。めっちゃ怖いです。
「まぁ、今回はいろいろと正規の手順じゃないんだ。そう目くじらを立ててやるな。」
「・・・わかりました。ネー様がそう仰るのであれば、私はこれ以上は何も言いません。」
「それで、他に忘れていた事は無いのか?アルの事だからきちんと確認をしておけ。」
「そうですね。一応、住宅の確保はされておりました。ですが、生活に必要なものの準備は何もされておらず、このままでは何も無い家にマキさんを案内するところでしたね。さらに言うと、生活補助の為の臨時職員の確保もしておらず、今日の早朝に無理を言って手配を頼みました!その後、まさかと思い、金銭代理証文の発行を確認したところ出来ていない事が発覚。即、発行手続きをして、マキさんの出発までに届けられる人を探してもらいました!!他にも何かないかと思って・・・」
「すまん、俺が悪かった。落ち着いてくれ。」
すると、ハッとして、ユーファさんが正気に戻った。
「いえ、ネー様は何も悪くはございません。私の方こそ、失礼な事ばかりで申し訳ありませんでした。」
朝食はそんな感じで過ぎていった。もちろん私はあれ以来、食事中は何も喋りませんでしたよ。えぇ、勿論ですとも。鈍感の真騎さんではだめだったのです。沈黙の真騎さんが必要だったのです。食事は静かに食べるものだよねって顔して黙々と食べきりました。
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施設の出口へとやってきた。たった一日しか滞在しなかったわけだけど、随分と濃い体験をしたせいなのか、長くいたような感覚になり、ちょっと寂しいものがある。
「マキさんに確認は必要ないかもしれませんが、一応、今後の予定を説明し直しておきますね。今日より一週間に渡り、マキさんは純帝都にて普通に生活していただきます。一週間経ちましたら、迎えのものが参りますので、ご一緒にこちらの施設にお戻りください。そのころには来訪弊害は回復しているでしょうから、そこでマキさんの技能の確認をして、今後の生活をどうしていくのかを決めていくということになります。」
「はい、大丈夫です。わかっています。」
「それでは、最後にこちらを差し上げます。」
そう言ってユーファさんがプレゼントしてくれたのは、大きな鳥がデザインされたペンダントだった。うわぁ、凄い凝ったデザインだね。これはなかなかお高いんではなかろうか?
「とても細工が細かくあしらわれていて、凄くきれいですね。これ、私へのプレゼントですか?」
「はい。マキさんから受けた印象を私なりに表現したものです。そんな風に言ってもらえると、頑張って作ったかいもあったというものです。」
「えっ?これ、ユーファさんの手作りなんですか?」
「はい、趣味みたいなものですので、本格的なものには及ばないと思いますが、喜んでいただいたようで光栄です。」
「これは聖獣レズベルクだな。今回はかなり気合が入ったものを作っているじゃないか。」
デザインされた鳥は聖獣というものらしい。見た感じはオオワシをもっとごつくしたような巨大さを連想させる見た目をしていた。
「レズベルクはどんな鳥よりも高く空を飛ぶと言われている聖獣です。マキさんはまるで大空から世界を見ているように、視野の広い思考を持っている方でした。そこで、あなたにはこのデザインのペンダントを贈ろうと思ったのです。」
「そうでしたか。素敵な贈り物をありがとうございます。大切にしますね。」
「はい。この世界で新しい生活を始めるあなたに聖獣のご加護があらんことをお祈りしております。」
ユーファさんは深々と頭を下げてくれた。
「こちらこそ、たくさんの事をありがとうございました。」
私も自然に頭が下がった。そして、出発の時が来た。
「では、そろそろ行こう。ユーファ、君も大変だとは思うが頑張ってな。」
「はい、ネー様もお元気で。」
そう、実は住宅まではネーさんの方が付き添ってくれるのだ。なんでも、仕事場がそっちの方にあるらしく、ついでだからと一緒に向かうことになった。
こうして、私の最も衝撃的な一日は終わりを迎え、新しい朝に私はこのディメルという新しい世界へ飛び出していくことになったのだった。
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《アルメルア》
「という事で、無事に来訪者マキは当施設を出ていき、生活体験へと進みました事をご報告させていただきます。」
「・・・という事で、じゃないよ。えっ?なんで?なんで起こしてくれないんですか?私だってマキさんに頑張って!とか、お元気で!とか言いたいじゃないですか。もう、ユーちゃんは気が利きませんね!」
「その前にネー様へ御迷惑をかけた件を謝罪する事になりますが、それでもよろしかったのでしょうか?」
うぐっ!そ、それはほらきっとネー様は空気を読んでくれるから大丈夫だったんじゃないのかな。
「さらに、申し上げますが、どのみち来週には一旦は帰ってくるでしょうし、挨拶はその時でも良いのではありませんか?」
「それはそうかもしれないけどさ、ほら、マキさんが寂しがるでしょう。お世話になった人挨拶もできないなんて。」
マキさんには悪い事をしてしまいました。もう、ユーちゃんの意地悪。
「いえ、そんな様子はありませんでしたよ。」
「またまた、そんな酷い事を言って。マキさんはとっても良い人なんですよ。お世話になった人を軽んじるような薄情者ではありませんよ。」
「いえ、本当の事です。実際に今日は朝から一度もアル様の様子を聞かれることはありませんでしたからね。」
「えっ!?そ、そうなんですか!?」
「まぁ、私がその話題出せないように、ちょっと脅しをかけてやっただけなんですけどね。面白いように反応するので、見ていて笑いをこらえるのに必死でした。」
ユーちゃんは、極悪人のような笑みを見せてくれた。
「お、お前のせいかー!!」
どうやら今日もユーちゃんは有能すぎる秘書道をまっしぐらのようですね。まぁ、仕方ありません。また、お会いする事になるでしょうし、マキさんへの挨拶はその時にさせていただきましょうかね。
第一章・保護施設編・完
これにて説明回づくしの第一章はおしまいです。第二章は純帝都生活編となり、世界観を説明しながらも、もう少しテンポよく進めていきたいと思っています。話の中での1日を2話ずつくらいに出来たらいいけどなーと思っている感じですね。
この後、キャラの説明回を挟む予定です。ある程度の設定も載せておくので、そういうのが好きな方は覗いてみてください。