5.危機
《真騎》
演習場とやらに着くと、そこには金髪の綺麗なお姉さんがいました。
「ユーちゃん、準備ありがとうね。」
「いえ、当然のことです。指示をいただいたとおり、剛獣も準備してありますので、こちらの装置で合図をいただけましたら、いつでも解放することが出来ます。」
「そう、それで審議はどういう状態になったのかしら?」
「・・・最悪の状況です。もしも、ここで」
「うん、大丈夫よ。そこまで教えてもらえば十分だから。じゃあ、一応危ないから、ユーちゃんは離れておいてね。」
「・・・はい、アル様も無理はなさらずに。」
はっきりとはわからないけど、どうやらなにか悪い事が起きているようである。正直なところ、魔法は見てみたいがこれは別に後日でも良いとは思う。何か緊急事態ならばそちらを優先してもらっても良いのだけれど。
「あの、アルさん。もし、急なお仕事とかでしたら、魔法は後日でも構いませんよ。使っているところを一度見ておきたかっただけで、私の我が侭だとわかっていますので。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらにいるユーちゃんは私の自慢の有能秘書ですからね。大体の事は彼女に任せておけば何とかしてくれます。」
そう言って、金髪のお姉さんを紹介してくれました。
「申し遅れました。私はユーファ。アルメルア様の秘書をしております。」
「これは丁寧にありがとうございます。私は本日こちらのディメルへとやって来た来訪者の明神真騎と言います。真騎と呼んでください。」
握手しようと手を伸ばそうして、思いとどまった。ディメルには握手って文化はあるのかな?そう考えているとユーファさんの方が手を伸ばしてきてくれました。
「よろしくお願いいたします。」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。」
この世界にも握手はあるんだね。そういえばさっきアルさんに礼とかもしていたし、それほど地球と礼儀作法は違わないのかもしれない。
「それでは私は仕事がありますので、これで失礼いたします。」
「はい、お仕事頑張ってくださいね!」
「・・・はい、ありがとう・・ございます。」
うん?何かおかしいこと言ったかな?まぁ、良いや。ユーファさんは演習場から出て行ってしまった。最後にちょっと変な顔していたけど、何かやらかしちゃったかな。
「それでは早速魔法を実演をしていきたいと思いますね。まずは、見てみたい魔法の希望とかはありますか?」
「そうですね・・・では、氷を作り出していただけますか?」
「えっ氷ですか?普通の方はまず炎とかを見たがるんですけど、マキさんは変わっていますね。」
「いえ、一応理由がありまして。まずは水魔法で氷を作ってください。その後、火魔法で氷を作ってみて欲しいのです。」
せっかくの希望なので、私は同じことを違う魔法でやってみて欲しいなーと思ったわけである。別になんでも良かったんだけど、パッと思いついたのが、これしか無かったんだよね。それに氷が一番・・・
「マキさんは、本当に面白い事を思いつきますね。これは今後の魔法をお披露目する時にも使えるかもしれません。」
そんなに面白いのかな。そんなことを考えているとアルさんは両手を前に差し出して、手のひらを上に向けた。
「ではいきますね。・・・氷を!」
詠唱とかあるのかなと思っていたけど、そうでもないらしい。氷をと命令しただけで、アルさんの両手には氷の塊が出来上がっていた。しかし、二つの氷の出来方には明らかな違いがある。右手の氷は、まず水の塊が先に出来ていた。そこから水がシュっと凍っていったのだ。対して、左手の氷は手の中心の上あたりに小さい氷の粒が出来て、それがぬうっと大きくなっていった。おそらくだが、右手は水魔法、左手は火魔法による氷だろう。
「これは、右手が水、左手が火ですか?」
「・・・はい、そうですよ。マキさん、あんまり驚いていませんね。魔法を初めて見るんじゃないんですか?」
「ははっ!もちろんはじめて見ますよ。でも、こういうものだって聞いていましたからね。今更、うわっ!とはなりませんよ。」
そう伝えると明らかにアルさんは気を落としていた。
「あの・・・どうして氷を選んだのでしょう?」
「えっ?さっきも言った通りで別の精霊でどうなるのかを見たかっただけですけど。」
「本当にそうなのですか?実は魔法を信じていないチキュウからの来訪者は氷を依頼してくる事が多いのです。」
「・・・すみません、ばれていたんですね。そうです、もしもこれが奇術の類だと考えると、一番目の前で氷を作るというのが難しいかなと考えました。」
「つまり、マキさんは魔法を信じていなかったんですか?」
「いえ、半々という感じではありましたが、全く信じていなかったわけではないですよ。別の精霊で同じ事をするところが見たかったのも本当の事ですし。」
なんだろう?アルさんの様子がおかしいな。今までは、ニコニコしていたけど、演習場に来てから、表情がかなり硬い。うーん、ここは今までどおり質問攻めにして、様子を見てみようかな。
「あの、詠唱とかそういうのは無いんですか?」
「そうですね・・・よっぽど大きな魔法以外にはありませんね。簡単な魔法でしたら魔法名や命令内容を口に出すことすら必要ありません。先程はわかりやすいようにわざと声に出しましたけど、本来は必要ありません。」
「そういえば魔法の説明を受けていた時には聞かなかったのですが、決まった魔法とかはあるんですか?例えば炎の球を出すみたいな。」
「魔法は最初は基本的に詠唱して発動しますね。火球ならば、『炎よ!球を成せ!』」
アルさんの手には一瞬で火球が出来上がった。
「という感じです。これによりこういう魔法力の流れを示せば火球が出来るという事を覚えていきます。それが理解できれば、声に出さずとも魔法は成立しますね。」
「この火球くらいなら、私にも出来たりしますか?」
「うーん、今は止めておいた方が良いと思いますが、すぐに出来るようにはなると思いますよ。」
今は出来ないっていう事は最初は失敗とかしちゃうんだろうね。今日はアルさんこの後忙しそうだし、自重しておきましょうか。
「ちなみにですが、魔法名だけは、ほとんどの人が唱えますよ。自分が今どの魔法を使いたいのかということを自分自身がはっきりと認識する為に有効な手段と言われています。」
「なるほど、つまり普通の人が火球を使うときには『火球』とだけ詠唱して放つということですね。」
「はい、その通りです。ですので、使い慣れていない魔法を使うとなると、どうしても詠唱が必要になりますね。」
「あの、詠唱がわからない魔法を使いたいときにはどうしたらいいのでしょうか?」
そう聞くとまた明らかにアルさんの顔が強張った。
「それは起こしたい魔法があるが、その詠唱がわからない時には、という意味であっていますでしょうか?例えば、水と風の魔法技能は十分にあるし、ここに雨を降らせたい。だけどその魔法の詠唱がわからない。そういった時ですか?」
うん、そうなんだけど。なんだろう?何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。
「はい・・・その通りですけど・・・。」
「技能が足りているならば、詠唱は勝手に頭に浮かびますよ。ですので、人によって同じ効果でも詠唱が異なる場合があります。詠唱をきちんと残しておくと、後世のものが、その魔法を再現しようとしたときに助かるという事になるのです。詠唱があれば、詠唱を作るよりかは、少し技能が低くても魔法を使う事が出来ますので。」
どうやら、魔法の常識過ぎる部分を聞いてしまったらしいね。自分で使ってみればわかることだったのかも知れないけど、気になったんだ。仕方ないじゃないか。というか、さっきからアルさんがピリピリしているように感じる。
「あの、先程から何か様子がおかしいように感じますが、何かあったのですか?」
「いえ・・・そうですね。あの、ちょっと驚かせてしまう事が、この後あると思うのですが、恐慌したりせずに、落ち着いて対処してもらえますか?」
「はい、そう仰るなら、努力はしてみますが・・・どういう事でしょうか?」
「今からディメルにいる剛獣という生き物をこの演習場へ解き放ちます。」
うん?どういうことだろうか?魔法を見るだけではないのかな?
「剛獣はディメルにいる動物が生き残るために強く進化したものです。本来はもっと安全に見学してもらうのが普通です。純帝都の外に出てしまうと、こういった危険が存在しますという事を知ってもらうために用意されているんですけど、今回マキさんにはこのままで体験していただきたいと思うのです。」
うーんと、これは危険なんじゃなかろうか?いや、まぁアルさんがいるからきっと大丈夫ってことなんだろうけどね。
「よくわかりませんが、構いませんよ。それでアルさんが安心できるのであれば、そうしてください。」
「!!!!」
アルさんがあり得ない!!という感じの顔をしているよ。なんだろう、アルさんは何がしたいのだろう?
「そうですか・・・。それでは剛獣を解き放ちますね。どうしても危険なときには私が何とかします。ですので、どうか恐慌したり、逃げ出して私から離れすぎたりしないようにしてくださいね。」
「わかりました。それではお願いします。」
カチッ!
アルさんが装置を起動させると演習場の端の方で、何やら地面からせり上がってくる。それは例えるなら熊だろうか。ただ大きさは4mを超えている。しかも、全身真っ黒の重たい感じの色でありながら、やたらと毒々しい感じの紫の水晶みたいなものが全身の色々なところで光っていた。そして、真っ赤な目がこっちを睨みつけてきた。
グルァ!!!!!
大きな咆哮をあげて、水晶熊は突撃してきた。早い!500m以上離れていたはずだが、5秒ほどで半分は走ってきている。見る見るうちに水晶熊は目の前に迫って来た。そして、大きく振りかぶって、私たちにその鋭い爪を振り下ろす!
・・・というところで、水晶熊の汎用技能系を見てみた。
汎用技能 身体強化 1位
ふむ、剛獣とやらでも技能はあるんだね。ただ、技能を見る限りはこいつは見掛け倒しだという事になる。アルさんは身体強化が6位だった。つまり、こんな獣では全く歯が立たないほどの身体能力があるということになる。他にも特殊な技能でもあるかと思ったら何もない。体が大きいので移動速度こそ優秀だったようだが、所詮はそれだけの奴なのだろう。いや、もしかしたら本来は逃げる為に足が速いのかもしれない。きっとこれはあれだ。剛獣の危険を教えるために移動速度は速い奴にして、来訪者をビビらせようっていうことだろうね。この水晶熊は強い剛獣ではないようだし、アルさんの忠告通り、驚いたりせずにアルさんに任せておけばいいのだろう。
ガキィィン!
案の定ではあるが、振り下ろされた爪はアルさんが作り出した金属の棒で防がれていた。どうやら、金魔法で地面から鉱物を選り出し作った即席武器みたいだ。むしろ仕掛けてきた水晶熊の方が弾き飛ばされていた。
「やっぱりあの熊は見かけ倒しなんですね。アルさんの方が明らかに身体強化技能が高いので、安心していましたよ。」
その時だった。
「どうして!!!」
アルさんから凄い怒りを感じた。その瞬間、目の前の水晶熊へさっき見せてもらった火球が飛んでいた。火球は野球のボールくらいの大きさだったのに、4mはあった水晶熊は一撃で吹き飛んで、粉々になってしまった。
そして、アルさんがこっちへ振り向いた。とても悲しそうな顔をしていた。どうしたのだろう?何かあったのだろうか。・・・いや、もうわかっているだろう。気が付かないようにするには無理がある。
「灼熱球!」
目の前には巨大な火球。先程、剛獣とやらを焼き尽くした火球のゆうに5倍はあるだろう。その大きな火球は今、私に向けられている。
「このような事態になってしまった事は非常に残念です。ですが、保護施設責任者として、私には果たすべき義務があります。マキさん・・・いえ、来訪者マキ!あなたを特級危険指定来訪者として、査問審議を行います!この審議により、あなたの運命が決まると思ってください。最悪の場合・・・あなたは私が殺す事になるでしょう!」
・・・アルさん、これは一体どういうことなんですか?
「アルさん、これは冗談ではないんですよね?」
「えぇ!もちろんですとも。あなたの行動は余りにもおかしすぎる!私もこの演習場へ来るまでは、まだあなたを信じていましたよ。きっと私をまだ信用できていないだけなのだと!ですが、あなたは違う!おかしすぎる!あなたは一体何者なんですか!?」
どうやら、私はどこかで何かを失敗してしまったらしいね。こういう時に出来ることは決まっている。
-そう、考えること!-
私はいつだってそうやって生きてきた。
このディメルで初めての戦いが幕を開ける!
ここからは少しずつ物語が進みだします。ここまではほとんどが部屋で話しているだけでしたからね。次回は初の戦闘シーン?という感じになる予定です。