4.来訪
《アルメルア》
私は次の説明の準備をするために、マキを部屋に残し、一人廊下を歩いていた。
今回の来訪者は、かなりの変わり者のようですね。この仕事についてから60年以上も経つけれど、こんなにも注意事項の説明が早かった事はありませんでした。しかも、とっても紳士的で賢くって、それでいて理性的。なんという楽ちんなのでしょう!
ただ・・・おそらく彼は危険度指定を受けることになってしまうでしょうね。この時点で1級は免れないでしょう。うーん、個人的には信じてあげたいんですけど、あの様子では無理でしょうね。
「アル様、ご報告があります。」
「あら、ユーちゃん、ちょうど良かった。次は演習場で剛獣の説明と魔法の実演をしたいと思っていたの。初日でまさかここまでの説明が出来ると思っていなかったものだから全然用意していないのよ。悪いんだけど早急に準備してもらえる?その間に来訪についての説明をして時間稼いでおくから。」
「はっ!了解いたしました。」
そう、歯切れの良い返事をしてくれたのは私の秘書ユーファちゃん。彼女こそが未来視の特殊技能を所持している、ある意味ではこの施設の中心となっている人物なんだけど、私からすればただの可愛い秘書なのよね。
「それで報告ってなーに?」
「・・・来訪者マキが当施設始まって以来の特級危険指定に認定される可能性があります。つきましては、当施設責任者であるアル様より、ネー様の召還依頼を承認していただきたいと思います。」
思っていたよりも事態は深刻だったみたいですね。うーん、こうなっちゃうと流石にかばうのは無理よね。私も責任者として任務を放棄するわけにはいかないし・・・。
「ネー様の召還依頼は私の名をもって依頼して構いません。最悪の場合には来訪者マキは殺処分する事にします。そうですね・・・それでは演習場で、最後の査問審議とし、危険指定の是非を問いましょう。それで良いですね。」
「はっ!そのように進めさせていただきます。それでは、失礼いたします!」
ユーちゃんは深々と一礼すると、急ぎ廊下を去っていった。ユーちゃんは真面目ねー。でも、私も少し真面目にならないといけない状況になってしまったみたいです。
《真騎》
残す説明は来訪についての説明らしい。その説明が終わったら、さっき約束した通りで、魔法を見せてくれるらしく、アルさんは施設内で派手な魔法を使っても大丈夫だという演習場という場所を抑えに行ってくれた。慌てて行ったところを見ると、きっと初日の説明ではここまで進まないのが通例なんだろうね。まぁ、知りたがりな私としては、教えてくれることはどんどん聞いていかないとですよ。
しばらくするとアルさんが戻ってきた。手に持ったお皿の上にはクッキーらしきものが見えるね。
「マキさん、お待たせしました。そろそろお腹も減るかなと思ってクッキー用意してきましたよ。甘いものはお好きですか?」
「あ、はい。それほど甘いものが特別に好きという事はないんですけど、クッキーくらいなら普段も食べますよ。」
うん、クッキーだった。焼き菓子くらいはあると思っていたけど、普通にクッキーがあるらしい。
「それではようやくって感じがしますけど、来訪とはどういうものなのかをご説明させていただきますね。」
「はい、よろしくお願いします。」
といっても、何か聞くことはあるのだろうか?来訪とはこっちの世界へ移動してくること、つまり異世界移動の事だということは最初に聞いているわけですし。
「最初に少しだけお話しした通りで、来訪とはこの世界ディメルへと他の世界よりやってくること、大まかに言ってしまえばそういう意味です。そして来訪には大きな特徴があります。」
「特徴・・・ですか?」
「はい、来訪された方は、必ず固有技能あるいは究極技能を所持しています。」
うん?なんだって?
「それは必ず持っているんですか?そうなると私にも技能があるということになるのですが・・・。」
「はい、あると思いますよ。実際私から見ると、マキさんは『特殊技能系があります』とちゃんと表示されていますしね。」
ここに来て驚愕の事実発覚!どうやら私もこの世界では選ばれた人間になれるらしいよ。やったね!真騎ちゃん!・・・もちろん、その技能が理解できるならですけど。自分で技能って確認できないのかな?
「自分の技能を確認する方法はあるのですか?それが無ければ何が出来るのかわからないという、ただの宝の持ち腐れになってしまうのですが・・・。」
「すぐには無理だと思いますが、時間が経てば出来るようになるはずですよ。今まで自分の技能を確認できないという方はいらっしゃいませんでしたので。」
ふむふむ、それならいずれ私に隠された技能が判明するという事だね。うん、ちょっと楽しみな事ができちゃいましたよ。
「なぜ全ての来訪者が固有技能あるいは究極技能を持っているのかということは、はっきりとは解明されておりません。ですが、今のところの有力説では、このディメル自体がディメルで技能を発揮できる者を呼び寄せているのではないかということになっています。」
もしも、そうだとしたら、相当はた迷惑な話なんですけど・・・。うーん、まぁ、でも何の才能もなく呼び出されるというよりはマシなのかもしれないね。少なくともディメルで生き残れそうな力がある人が呼び出されるわけだし。
「そして来訪のもう一つの特徴が、実は来訪しているのは魂の一部のみであるということなんです。」
「はえ?」
おっと思わず変な声出てしまいましたよ。何よ、魂って?まぁ、魂自体はなんとなくわかるんだけどさ。
「はははっ!マキさん変な声出てますよ!これは説明しなくても良い事なんですけど、マキさんは知りたがりなので、補足説明という感じですね。実は来訪した方々は、元いた世界であった怪我や病気といった体の不調がディメルに来ると回復するらしいんですよ。それがどうしてなんだろうかと、長年研究が進められたんです。その結果、この先程のような説が出てきたんですよ。」
「その現象から魂だけが来訪しているという間の過程がさっぱりわかりませんね・・・。うーんと?」
「これは想像でわかるものではありませんので、当然だと思いますよ。来訪の瞬間をたまたま目撃した人が出たことが、この説の始まりでした。ディメルに来た来訪者は最初透明な球体なんです。」
「透明な球体?」
「えぇ、本当に真ん丸な感じです。そしてしばらくすると赤い色に染まっていき、さらに待っていると突然球体が弾けて中から来訪者が現れます。時間にすると30時間くらいかかっていたそうです。これだけでは先程の説にはまだ辿りつかなかったのですが、その後に驚きの現象が確認されたんです。来訪者の球体が葬儀中だった遺体を取り込むという事件が起きたんです。」
「えっと?どういうことです?」
「最初はいつも通りの透明な球体だったそうです。普段ならばその場で動くことないのですけど、その時に限り、遺体があるところまで球体が移動をして、その遺体を吸収したんですよ。そしてその途端に来訪者が現れたそうです。その後、その現象は再現出来るのかという実験が始まりました。当時にも来訪の時期を未来視するということは、既にありましたので、出現する時期と大まかな場所はわかっていました。その出現場所近くに遺体をいくつか並べてみたそうです。その結果、全ての来訪者の球体は遺体を吸収したそうです。あ、もちろんですが、遺族の許可を貰った実験だったんですよ。」
「・・・来訪者に吸収されてしまうとしても、その遺体の持ち主の何かが世界に残ってくれる。そんな風に考えたのかもしれませんね。」
そう言うとアルさんは驚いた表情を見せた後で、にっこりと微笑んだ。
「ふふっ、素敵な考え方ですね。」
「えっ、そうですか。自分では切ない感じかと思ったんですけど。」
「いえ、とっても優しい考えだと思いましたよ。それでですね。この話、実はマキさんが知りたがっていた事に繋がるんですけど、もうお気づきですか?」
わざわざ説明してくれているのだから意味があるだろうとは思っていたが、きっとここに繋がるのだろうね。
「来訪者をこの施設に誘導した技術がこの話ということですね。」
「はい!その通りです!今では遺体は使わずに、人工肉で出来た特別性の人形に、さらに専用の魔法をかけることで、来訪者の球体をかなりの広範囲から呼び寄せることが出来るようになっています。」
うん?でも、そうなるとまだ疑問が解決していないような気がするけど。きちんと聞いてみようかな。
「あの、それで、ここからどうやって来訪は魂のみという事になったのでしょう?」
「あ、はい。それはすごい偶然からわかったんです。この来訪者の球体を呼び寄せる技術が広まったころにやって来た、とある来訪者が同じ世界から先に来訪された人に、このディメルで出会ったんです。先に来訪されていた方はその世界では有名な音楽家だったそうです。その音楽家を見つけた新しい来訪者は興奮し、声をかけたのですが、その音楽家には新しい来訪者が何を言っているのかが、わからなかったらしいんですよ。それもそのはず、その音楽家はメジャーデビューをする前にディメルへとやって来ていたからです。」
「・・・つまり、元の世界には来訪を受けた後にも、その音楽家は存在してたということですね。そして、ディメルに来た音楽家とは別に生きていた。そういう事ですね。」
「はい、その通りです。このような事態は、先程の遺体を使った実験の前には一件も確認されませんでしたが、この後には何件か確認されることになります。これらの事態を全て統合して、現在では、来訪とは、最初、肉体と一緒にディメルの近くまで呼び出される。その後、技能を内包している魂の一部が来訪者の球体としてディメルへと来訪する。その時に、球体の近くに魂を持たない肉体があれば、それを吸収して来訪が完了するので、元々の肉体は元の世界へ送り返される。肉体が存在しない場合には、ディメルの近くへ呼び出されていた元々の世界の自分の肉体も時間をかけて強引に来訪させてしまう。どちらにしても、肉体はディメルで再構築されるために体の不調は回復するのではないか。このような結論に至ったわけです。」
「なるほど、肉体が変換された元の世界でも来訪者が生きているため、魂は一部だけ来ているという表現になったというわけですね。」
「そういうことみたいですよ。来訪で他に聞きたい事はありますか?私としては説明できそうなことは言ってしまったと思っているのですけど。」
むしろ、ここまで詳しく教えてくれるとは思っていなかったくらいだから、特にはなさそうかな。別に後半の来訪の仕組みは聞かなくても良かったような気もするけど、疑問に思っていたことが解決したし、聞いて損はなかったよね。
「大丈夫だと思います。かなり詳しい説明をいただけましたし。」
「・・・そうですか?それでしたら、良いのですけど。それでは、そろそろ演習場へ移動しましょうか。魔法の実演をさせていただきます。」
「了解しました。やっと魔法が見られるのですね!ちょっとわくわくしていますよ。」
私たちはずっと滞在していた部屋を出て、演習場へ向かったのだった。この時は相当浮かれていたと思う。魔法という現実では見られないものを見ることが出来る。その事で頭がいっぱいで油断していたんだろうね。もしも、この時の私に忠告が届くならこう言いたい。
-目の前の人を簡単には信じるな!-
とね。
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目の前には巨大な火球。先程、剛獣とやらを焼き尽くした火球のゆうに5倍はあるだろう。その大きな火球は今、私に向けられている。
「このような事態になってしまった事は非常に残念です。ですが、保護施設責任者として、私には果たすべき義務があります。マキさん・・・いえ、来訪者マキ!あなたを特級危険指定来訪者として、査問審議を行います!この審議により、あなたの運命が決まると思ってください。最悪の場合・・・あなたは私が殺す事になるでしょう!」
・・・アルさん、これは一体どういうことなんですか?
1話目のタイトルが「主役」に変更になりました。「来訪」は4話のタイトルにして、4話目は来訪についての解説になります。世界観の説明は思ってたよりも長くなりそうなので、おいおいしていくことにします。かなり長かったですが、ここまでが説明回となります。この辺りは最初に決めていた基本的な設定ですので、伝えておかないと後に忘れそうなので、がっつりと盛り込みました。世界観などは徐々に説明を入れていくようにしていきたいです。