Gメン
俺は鬼の万引きGメン、名をGと言う。万引きをした女性に声を掛け、その罪を暴き、厚生させる事が仕事だ。
ある日、俺が目を付けたのは周囲の様子をしきりに窺がう、清楚な顔立ちをした高校生と思しき少女だった。
彼女は人目を避け、レジからは死角の、店の奥の棚の場所で、素早く手に持っていたリップクリームをポケットへと滑り込ませたのだ。
『―盗った!』
何食わぬ顔で棚の間を出ようとした彼女の前を塞いだ。瞬間、彼女の表情は曇りを帯びた。……とても良い表情だ。だが今は勤務中だ。この少女を更生させねばなるまい。
私が口を開こうとした瞬間、彼女は「ごめんなさい」と呟き、その場に座り込んでしまった。
「どういう事をしたかは、分かってるね?」「・・・はい。」彼女の肩を軽く叩き、ゆっくりと、周囲に気取られぬように店の奥の部屋へと案内した。
―そこは、十畳程の広さの部屋に防音設備を完備し、内外共に、特別な鍵を使わない限り出入りの出来ない通称「更生室」と呼ばれる場所だった。
光は、頭上にある蛍光灯のみ。窓は無く、ここに連れ込まれた者に圧迫感を与える。―
「……どうしてこんな事をしたのかね」彼女のブレザーのポケットから取り出させたリップクリームを指し、低い声で先制の一撃を加える。
Gメンたるものナメられては終わりだ。これも仕事の内である。「そ……それは……」彼女は既にその目に、うっすらと涙を貯め込んでいた。
俯き、黙り込む彼女。流れを完全にモノにする為に、俺は机に拳を叩きつけた。「更生室」の静寂を破るには十分すぎる、威圧行為であった。
無彩色の戦慄に包まれた彼女は、ついに彼女の目から大粒の涙を零しはじめた。
少女は震えた。Gメンの底の見えない瞳を通し、彼女自身の肉体を透過して、記憶の画廊を検証しているように思えたのだ。
声帯の全機能を動員して、ようやく彼女はささやき声を押しだした。
「ごめん、なさい……」
その声を聞くと共に、Gメンは怒りと被害者意識に満ちた言葉を紡ぎ出し、窘め始めた。
「このリップ1つを店頭に並べるのに、どれだけの人が関わってるのか知ってるよね」「ご、め……さい」彼女の液体化した感情が、完全に彼女の涙腺のドアを突き破った。
激しく泣き出し、言葉にならない声で謝意の表明をする彼女に、更にGメンは追い打ちをかける。
「ごめんで済む問題じゃないんだよ!」Gメンの拳の下で、罪の無い事務机が再度悲鳴を上げたのだ。
瞬間、少女は、自分が蒼白になっている事を知覚した。
そして彼女の意志とは関係無く、Gメンの創り上げたこの状況が、新たな涙となり、体外へと流れ出すのを彼女は感じていた。
トドメと言わんばかりに、無情にもGメンは最後の言葉を突き付ける。「ここで話せないなら、警察行こうか」 絶句した彼女に、二秒ほどおいてGメンが短い笑いを向けた。
「……て、下さい…」「お願いしま……やめ、ください……」彼女は流れ続ける涙を抑えつつ、自分の声とも思えない声で、最悪の事態を避けようとしていた。感情に支配された音声の羅列である。
「なんでもします、から……それだけは……」 机に置かれたリップクリームに、Gメンは目を落とした。
「何でもする……ねえ。」Gメンは苦々しげな声を発した。
暫くの沈黙の後、Gメンはどうしてこんな事をしたのか、と尋ねた。
事情を聴くと彼女は、幼い頃から習い事ばかり、自分の時間を持つ事が出来ず、家に閉じ込められているのと変わらない生活を送ってきたらしい。
両親は彼女に厳しく、彼女に英才教育を施しているつもりではあったのだが、それは幼い頃の彼女にとっては苦痛以外の何物でもなかった。
「……つまり、両親に心配して貰いたかった。両親に構って欲しかった。だから今回の万引き行為をした、と。」Gメンは彼女から聞いた事情を繰り返す。
「……はい」
Gメンは暫くの間不気味に笑い続け、突如口を開いた。「……何が」「……えっ―」「何が心配してもらいたかっただ!」
Gメンは彼女を、怒りに任せ、平手打ちにした。乾いた音が「更生室」の中に響き渡り、彼女は床に倒れ込んだ。
「な、何をっ……」頬に強い痛みを感じながらも、彼女は立ちあがった。
「ほう……、立ち上がるか。」感心したかのような話ぶりで、自分へと近寄りつつある男。その手には荒縄が握られていた。
急にひざが震えはじめた。彼女の精神より、肉体の方が事態を正確に理解し、それに反応したようであった。
一変した男は、自分より遥かに力の弱い少女を床へと押し倒し、手に持っていた縄で彼女の雪の様な白い両の手を縛りあげたのだ。
「何でもするって言ったよなぁ」恐怖に震えあがるその少女に、Gメンは問いかけた。……無論その問い掛けは答えを求めたものではない。
怯えきった少女は、再びその瞳から大粒の涙を零し、嗚咽を漏らし始める。
これから自分がどんな事をされるのか、少なくとも、彼女自身は分かっていた。
分かっていたものの、信じたくは無かった。悪い夢であって欲しい。そう、思っていた。
音の無い「更生室」に、少女の鳴き声が響き渡る。その少女を見降ろし、これから自分の行う神聖な"儀式"にGメンは想いを馳せていた。
これは誘惑からでは無い。自分の生存意義、自分の職業そのものなのだ。私は彼女を更生させてやらなければならないのだ。
縛りつけられ、床に座り込んだ少女を舐めまわすように見つめ、Gメンはそう確信していた。
「更生室」に少女の呻き声が響き渡る。――
宴はまだ、始まったばかりだ。
完
もう4年以上経ちますが、あの頃は若かったです……