8、決着
カット後半です。
完全な不意討ちに反応出来なかった二人は、二板流の俺を間抜けな表情で見ている。
老婆は全く動揺していなかった。
まるで俺が来るのを分かっていたかのようだったが、せめて二板流には反応してほしかった。
一応老婆は手足を椅子に紐で縛られている。
先程上から確認した時は分からなかったが、男は老婆をナイフで脅していたのか。
しかし男の注意は俺に向けられているので、ナイフは明後日の方向を向いていて、老婆に対しては全く意味がない。
まずはナイフ男からやるか。
しかし男と戦闘中に、リーダーに邪魔されるのは嫌だ。
ノールックでリーダーを見ずに魔法を放つ。
「(包む風よ、何人たりとも通すな)“風の障壁”」
風の障壁にはもう一つ使い方がある。
それが今のケースのように、閉じ込めておくために使うというものだ。
この場合はほとんどの人は外に出られないが、時間制限がある。
なので、その前に男を倒す。
右足を前に出し、上体を前に倒しながら魔法を発動。
「(突風よ吹け)“瞬歩”」
ふっ、と一瞬にして男の目前まで距離を詰める。
ここまでに一秒もタイムラグはない。
適当に説明すると、めっちゃ早く移動できる。
多分この世界だったら、感覚が鋭い人でなければとても簡単に暗殺が出来る。やらないけど。
感覚が鋭い部類にこの男は含まれていなかったようで、目の焦点は俺に合っていない。
御愁傷さま。もう、遅い。
「せーのっ!」
まずは右の板を剣のように横薙ぎする。
これは男の右頬に当たった。絶対痛いよねこれ!
「ぶべっ!?」
突然の衝撃に対応しきれず、そのまま横に吹っ飛び床とキスをしていた。
「ざまぁ」
君のファーストキスは床なのか? 本当にそうだったらマジで可哀いそうすぎて笑える。
というか既に超上から目線で嘲笑しているまじざまぁ。
「てっめぇ!」
男もそれだけで気絶するような鍛え方はしていなかったようなので、怒りをわかりやすーく表情に出しながら立ち上がる。
さっきの横薙ぎでナイフはどこかへと飛んでしまっていた。
つまりコイツは丸腰同然。
いや違う、丸腰そのものだこれは。
さっさと片付けよう。
男が警戒しているのは俺の二板流だろう。
変幻自在予測不能超絶シュール意味不明。
四拍子揃ってしまえば、困惑せずにはいられない。
だから、あえて両手に持っている板をパッと手離す。
男が落ちていく板に目を向けたその瞬間に、もう一度“瞬歩”で目前まで詰め寄る。
後は簡単だ。
男の右手首の近くを左手でガッと掴み、右足を軸にし半回転。
男の腹に自分の背をつけるような形になる。
そして腰を低く保ち、右手は服の襟を掴む。
そして思いっきり男の右手を引く!
そう、これは。
「背負い投げっ!」
バン、と男を床に叩きつける。
マットに背中を叩きつけられたならまだしも、固い床に背中を叩きつけられたら、堪ったもんじゃない。
武道はここにあり。
「ぐぇぇっ」
そんな訳で男は気絶してしまった。どんな訳だよ。
多分背中と一緒に頭も床にぶつけたんだろう。
まずは、一人。
「よし」
完全に二板流は囮だった訳である。
まずは今倒した男のナイフを拾う。
これを使って老婆を縛っている紐を切る。
「大丈夫ですか?」
「こんなことでくたばる程、柔じゃない」
他愛もない会話をしつつも、ナイフで紐を切っていく。
――――その時、後ろから殺気を感じた。
「時間切れかっ!」
全ての紐を切り終え、老婆を解放。
すぐさまバックターンすると鬼気孕んだ表情のリーダーがいた。
「てめぇ、よくも好き勝手してくれたな」
時間内には間に合ったが、風の障壁は解けてしまったのでリーダーも自由になってしまったのだ。
「じゃあかかってくればいいじゃん」
とりあえず何食わぬ顔で、板を装備し直す。
「上等だッ!!」
リーダーは腰に提げていた鞘から長剣を抜き、俺に向かって突進してくる。
武器を使われると正直やりにくいが、俺には板という最強の武器がある。
「見せてやろう、二板流の真の力を」
少々カッコつけながら呟く。
「うるせぇ! そんなダサいのに負けるか!」
リーダーが袈裟斬りしようとしたので、それを左板で受け止め、右板で腹に一撃喰らわせようと右薙ぎ。
しかしそれをリーダーは後ろに飛んで避けた。
結構リーチ長いのにな。
バックステップうまいなコイツ。
それにしても、今ちょっと頭にきている。
「てめぇに言われなくても、二板流がダサいのは分かってんだよ!!!」
半ば発狂しつつ、自虐すぎる言葉を叫んだ。
「ああああああああああああッッッ!!!!」
発狂ついでにさらに発狂。
二枚の板を重ね合わせて槍のようにする。
それを構えてリーダーに突進する。
「うおおおッ!?」
俺の狂い具合に怖気づいたのか、ぼけーっと突っ立っていたリーダーの腹に直撃。
クリティカルヒット! 俺はリーダーを押したまま壁まで突き進む。
「おりゃあっ!!」
「ぐふっ」
壁と板に挟まれてしまったリーダーは、そんな声を漏らす。
壁にもたれかかり、かろうじて立っているという状態。
俺は板をそこで離し、あるモノを取りに行く。
「い、今のは油断した」
ようやく意識がはっきりとしたリーダーは、今更な言葉を呟いている。
そして俺は、
「ああああああああああああッッッ!!!」
また発狂しながら椅子を持って突進していた。
「はあああッ!?」
リーダーはさぞかし驚いただろう。
なんせ、板の次は椅子だ。
正々堂々?おいしいのそれ?
「ぐあっ」
椅子の脚がもろに腹に当たり、悶絶。
ちなみにこの椅子は、老婆が縛り付けられていたものだ。有効活用。
最後のために、板と椅子を邪魔にならない所へと移動させておく。
さぁフィナーレだ。
「も、もう何なんだよ」
哀れ、またもや目覚めてしまったリーダー。
いや流石はリーダーといったところか。
そこらへんの雑魚とは違う。
さて、俺が何故板と椅子を寄せたのか。
それは、これがしたいからだった。
ありがとうリーダー!
「レッツ飛び蹴り!」
「ぶびゃあっ!?」
足を揃えて、リーダーの顔に飛び蹴り。
つまり、ドロップキック。
本当なら高い場所からやるのだろうけど、なんか出来た。なんか。
顔は壁にはめり込まなかったが、相当なダメージだっただろう。
ドロップキックをぶちかまし、空中で一回転して軽やかに着地した俺は言い放つ。
「これが、二板流だよ」
「ほぼ板使ってない……」
最後に俺の心を抉る突っ込みを入れて、リーダーも気絶した。
いいんだよこれが変幻自在な二板流なんだよ!
そういえば、今回全く殴ってない。
ぶん殴る、って言ったけど背負い投げとか板とかで倒してしまった。
「まぁいいや」
スカッとしたし、一件落着でいいか。
という訳で老婆に向き直る。
「要らないお節介でしたか?」
これで、別に要らなかった。
などと言われたら俺の精神に大ダメージだ。
「そんな事はない。助かった、ありがとう」
「いえ」
これで宿屋を襲った事件は、第三者の物理的な介入によって解決。
侵入者達は撃退され、おばあさんは家を守れました。めでたしめでたし。
といった所だろうか。
それにしても、眠くなってきた。
戦闘中はアドレナリンがバンバン出ていたせいで、眠気を忘れてしまっていた。
だけど今は深夜。何時もなら寝ている時間に無理矢理起きていれば、眠くもなる。
「あぁでも、コイツら縛っとかないと」
このままにしておいて、目覚められたら気絶させた意味が無い。
ちくせう眠いぜ、と呟きながら、まだここにいる老婆に聞く。
「どっかに紐とかあります?」
「ちょっと待っていろ」
そう言うと厨房の方に消えていった。
あっちに物置でもあるのかな?
眠気と少しの間死闘していると、老婆が紐らしきものを手に戻ってきた。
「これくらいで平気だろうな」
老婆の持ってきた、紐と言うよりむしろ縄とでも呼ぶべきそれ。
彼女(と、言うのには少し抵抗があった)の言う通り十分な長さがあり適度に太い紐は縛るのには最適だった。
「じゃあお借りします」
上からもチンピラを引きずってきて、一人ずつぐるぐる巻きに縛っていく。この時に手首も縛っておくことは忘れない。後は靴に仕込み刃がある可能性もあるので、三人とも靴を脱がせておいた。
「こんなんでいいか」
抵抗は絶対に出来ないようにはしておいた。後はコイツらを家の外に投げれば終わり。
「あいよっと」
ポイっとゴミを捨てるように外に放り投げる。三人放り投げたらドアを閉めておく。ゴミ収集に縛ったチンピラの日、って無いのかな。あったら明日の朝には彼らの姿は何処かへと消えている事だろう。
まぁ十中八九無いと思うけど。
もう眠すぎて足元がふらついてきた。
「あの、じゃあ寝ます」
「あぁ。気をつけてな」
立ったままでも寝そうだったが、なんとか老婆にこれだけは伝え、部屋に戻る。老婆も俺が途中で眠ることを心配してくれているようだった。
大丈夫です、耐えましたよベッドまでは。
今日は色々疲れたなぁ……。
ここまででやっと一日が終わりました。いやぁ長い。
ともかく前話、今話は
とりあえず
チンピラ的な何か
殴らずに倒した
でした!