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6、コンパスと宿屋

やっと話が進んだ気がする……。


 城から脱出し、不気味な森から直ぐに抜け出すために城壁沿いを走っていると、



「あ、街だ」



 木々の隙間からたくさんの人々や建物群が見えた。

 相当に栄えていて、城の近くにあるので城下町に分類される街だろう。

 がやがやと喧しい声が聞こえ、中世風の服を着た人々が盛んに行き交っている。

 どう考えても日本ではまず見ない光景だ。


 遠目に見る限り何らかの日用品らしき物を売っていたり、

 何らかの武器を売っていたり、

 何らかの薬を売っていたり、

 何らかの食べ物を売っていたり、

 得体の知れない正体不明な物を売っていた。

 ちなみに最後の物はマジで何なのか分からない。


 とりあえず街の方に行くために、今まで走って来ていた道を逸れ、枝葉をかき分けながら森を抜ける。



「あー……きったねぇ」



 強引に突破した所為で葉っぱやクモの巣、虫類が服に付着してしまい、見た目がやばかった。

 着替えも無いし、諦めるしかないけど精神的にダメージを負ったぜグフッ。

 出来るならば精神のダメージの数値化をしてほしい。

 絶対に瀕死だよ、俺。


 顔を顰めながらも保健衛生上の問題(きたないし)精神衛生上の問題で(見た目がヤバいから)、葉っぱなどを服から取る。

 難しい事を言っているようで、実際普通の事を言っているだけだった。

 ちなみに服はここに来る前のままだ。

 召喚されたからだろうか。

 まぁいいか。

 知る由も無いし。


 そんなこんなで(何があった)完全に森を抜け、街の店らしき建物の裏側に辿り着く。

 正直ここからでも人の声がうるさい。

 後暑い。

 あんまりメインストリートの方に出たくないな、と思っていたら、


 ピリリリリリリリリ!!!!!



「うっわうるさっ!?」



 急にポケットに入れていた執事さんに貰った袋の中身が音を出し始めた。

 今まですっかり忘れていた。

 あたかも携帯の着信音のようなけたたましい音を鳴り響かせるので、思わず袋を落としそうになった。

 鼓膜が破れるくらいの高音の発信源を手づかみで取り出す。



「……コンパス?」



 それは立体コンパスだった。球状で中には針が浮遊している。

 上下左右も指せるようだった。

 かなり重みがあるので金属製だと思われる。

 本来ならば北を指すであろう赤い指針は、どこかを向いていた。

 それが北なのかどうかは分からない。


 いや、何なんだよ意味分からん。

 脱力。

 それでもって俺が取り出せば音は止んだ。

 何だよコレ。



「執事魔法のアイテムだなそうに違いない」



 もうめんどくさいので考えるのを諦めた。

 執事魔法とは多分執事のみが使える特別な魔法だと思う。

 適当。


 ついでに、まだ他に袋の中に何か入っているかな?

 と思い、覗いてみたが何にも無かった。

 悲しい。

 ちなみに袋には意匠を凝らした刺繍が施されていて、唯物では無い雰囲気を醸し出していた。

 まぁただの袋である事には変わりない。

 立体コンパスの用途は全く持って不明なので袋にしまっておく。


 さて、どうしようか。

 空を見上げると徐々に夕焼け色に染まってきている。

 心なしか、聞こえてくる人々の声も次第に少なくなって来ている。



「あーもう夕方かぁ」



 確かに城内でうろうろしてたのを考えると、夕方になっていてもおかしくはない。

 今日は急展開が多すぎて時間が進むのが早く感じていたのもあるかもしれない。

 現に、今は異世界の街にいるし。

 知り合いがいないのも悲しいもんだ。

 いや、知り合いがいないなら作ればいいか。

 なるほど。

 でも夕方だしな、なんか遠慮しちゃうな。


 ……今日どうやって夜を明かそう。

 野宿?

 いやいや襲われるから物理的に。

 人間だって信用ならない。

 でも今の状況じゃ寝床を提供してくれる友達もいない。


 ということは、だ。



「や、宿屋探さなきゃダメじゃね?」



 突如吹き抜けた風が俺の問いを肯定してくれたように感じた。

 全身の血の気がサーっと引いていく。



「うわあああああああ!!!!

 ヤバい!!

 どうしよう宿屋なんて知らないよ!!」



 試練!?

 これは試練なのか!?

 頭を抱えて絶叫するがそんな暇もなくなってくる。

 理不尽だろ!!



「大人しく城にいればよかったのか?」



 いや、騎士ボッコボコにしたの忘れたか。

 お尋ね者になってるよ今頃。



「じゃあどうすればいいの!?」



 ……シーン、と突然の静寂。


 知らないわ、と自然に冷たくあしらわれた気がする。

 それだけでもありがたい気がするのは何故だろう。



「話し相手がいないからだな!」



 開き直る必要性皆無だし。

 もうそれは諦めてるよ理不尽な。

 焦り過ぎてどうでもいい事ばかり頭に思い浮かぶ。



(海老の天ぷら、めんつゆ、三色そうめん……?)



 あぁこれ、本当なら今日の晩御飯のメニューじゃないか。

 さくさく海老天食べたかった。


 だからそうじゃなくて。

 お泊まりどうするの。


 と、またうるさい音が再び鳴り始めた。



 ピコーン! ピコーン!



 今度は探査レーダーのような電子音。

 音を出している物はお分かりだろう。

 さっきのコンパスだ。

 袋から取り出してみる。

 周囲の明るさに反応しているのか、光っていて見やすかった。

 針は大通りの方を指している。



「おいおい、そこに行けってか?」



 しかし、もう日没は近い。

 完全に夜が訪れる前に安全を確保しなくてはならない。

 否定など出来るはずもなかった。



「しょうがない……!」



 コンパスを左手に持ち、店と店の間を抜けてメインストリートに出る。

 まず目に飛び込んでくるのは明かりと行き交う人々。

 流石は城下町の大通り、夜は夜で栄えているようだ。

 酒場や料理屋など、食事をしている人が目立つが、まだまだ人通りは多かった。


 そして、コンパスはこのメインストリートを城から離れるように真っ直ぐ進め、と指していた。

 正直人が多いので気が滅入るのだが、突っ込むしかない。



「よう、兄ちゃん。ここらでは見かけない顔つきだなぁ?」


(やっべ……)



 もたもたしていたら酔っ払いに肩を叩かれ、話しかけられてしまった。

 あああいらないテンプレ!

 つーかどうして俺に気付いたし。



「面白い服着てんなぁ」



 それが原因か!

 嫌な予感しかしない。

 よし、逃げよう。

 不必要な事はしたくないが、止むを得ない。



「……(風のように何人にも捉えられない)“認識阻害”」



 小声で魔法を発動。

 今の魔法は言ってしまえば影を薄くする魔法。

 風のように目で認識出来なくなるように、俺自身の存在感を希薄にした。

 そのため、俺は吹き抜ける風のようなもの。

 誰の目にも止まらない。



「あれ? 何処行った?」



 無事に酔っ払いの目を眩ます事に成功したようだった。

 きょろきょろと辺りを見回している。


 しかし、この魔法には時間制限があるので、さっさとここからおさらばする。

 そのために魔法をもう一つ重ねがけ。



「(すり抜ける疾風となれ)“疾走(ダッシュ)”」



 ふっ、と鋭く息を吐き、全力で人々の間を疾走する。

 俺自身が風になっているので、人に掠って気付かれる事は無く、間をすり抜けていく。

 認識阻害も合わせているので、傍から見れば風が吹き抜けただけである。


 走りながらコンパスを確認すると、真っ直ぐだった針が左前斜めを向いている。

 丁度十字路が目の前に来たので左に曲がる。

 そうすると針は真っ直ぐを指すようになった。

 コンパスというよりナビゲーションシステムのようなものだろうか。

 だったらもう少し便利な方がいいな。


 おっと、この路地を右か。

 コンパスが右を指したので細い路地に入る。

 少しして路地を抜けると宿屋がたくさん立ち並んでいた。



「なるほど、な」



 ここからは走っても仕方が無いので歩く事にする。

 そしてそれと同時に認識阻害の効果が切れたので、俺の姿が周りに認識されるようになったはずだ。

 ここまでくると人通りは少なく、今から宿屋に帰る、といった風情の者が多く見られた。


 なるべく厄介事を避けつつ、コンパスにしたがって歩いていく。

 この宿屋通りに案内したということは、俺を泊めてくれる場所があるんだろう。

 だよねコンパス君?

 冗談抜きだよ?

 ちなみにお金は持っていないので、普通に考えて泊めてくれるか分からない。


 まだコンパスが反応を示さないので、通りを歩いていく。

 そろそろ適当な宿屋にこっそり入るのもありじゃないか?

 と思い始めた時に、声をかけられた。



「あら、こんな時間でうろうろしてるなんて、どうしたの少年君?

 ここからは色街よ」

「……はい?」


 俺に声をかけたのは色っぽい格好をした女性だった。

 色街?

 いや知らないですよ城下町の地理なんて。

 そして俺はまだ女性から見れば、少年レベルなのかよ。


 聞けば女性は忠告してくれたようだった。

 ここから先に行くと色街で、男が一人で歩いていれば引きずり込まれるそうだ。

 女性は最後に、バチコーンとエフェクトを撒き散らしそうなウィンクをして立ち去った。

 確かに、金も無いのに色街突入☆

 とかバカだ。



「おい、コンパス。こっちは色街……らしいけど?」



 色街について今更言う事は無いだろう、俺そんなの知らない。

 レーティング15以上なんでダメですよー。

(※残念ながらこの小説はR15なんで、ぎりぎり15禁は平気です)


 ……誰だし。


 さて話を戻そう。

 先は色街。

 しかしコンパスは無情にも色街の方向を指している。

 ……だから、襲われるんだってば。

 色々と。

 ちなみに認識阻害の魔法は一日に一回、という制限があるので再使用が出来ない。


 いやどうしろと。

 日はもう半分沈みかけている。

 じきに夜が訪れ、一応の境界線であるらしいここにも強引な勧誘は来るだろう。



「……走り抜けるか」



 もうこれしか手段がない。

 疾走なら疲労が溜まるけどいくらでも使える。


 息を吸って、吐く。



「“疾走”!!」



 踏み込みと同時に前方へと吹き荒れる風となる。

 ふっ、と地面から足が離れ、色街に突入。

 姿は隠せていないので最大スピードで駆け抜ける。

 女性たちやら男共やらの間をすり抜ける。


 コンパスの針が段々、右側の店々の方を指してきた。

 大丈夫かな、これを信じて。

 少々の疑念を浮かべつつも人を避ける事に集中する。


 ちなみにこの状態で人や物に正面からぶつかると強制的に魔法が解除されてしまうので注意が必要なのだ。

 体の一部だけなら掠り判定なので、前に言った通り気付かれない。



「ここっ!?」



 ピコン!

 と、一際高い音を発し、コンパスの針が急に右横を向いた。

 無理矢理体をねじ曲げて、指した建物の入り口に滑り込む。

 ナビゲーションを終えたコンパスはここを指したまま動かなくなったので、袋にしまっておく。


 俺が突入した建物の中にはまず大きなテーブルが二つあった。

 左に行けば厨房らしき設備が、右に行けば階段があり二階に昇れるようだった。

 うーん、一般的な家屋だなこれは。


 そして、誰もいない。



「あのーすいませーん……」



 夕食時なのに夕食を取っている人が誰一人としていない、というこの状況。

 ここ宿屋なの?

 そもそも営業中?

 というか宿屋じゃない気がするよ?

 しかし明かりは灯っているので、誰かがいる事は確かだ。

 なら誰か答えてくれよ!



「どうしよう」



 どうしようもない。



「なんだ、客か」

「うわあああああああっ!?」



 突如左横からヌゥッと老婆が現れた。

 あまりの唐突だったので、右にステップし距離を取る。

 影薄すぎだろ!



「え、えっと、ここの人ですか?」



 激しく動揺しながら聞くと、謎の老婆は頷いた。



「ああそうだ。青年は何故こんな場所におる?」



 杖を必要としないくらいしっかりとした姿勢を保っているので、健康体である事が伺えた。

 それはいいとして質問に答える。



「あーなんというかその、成り行きですはい」

「理由になってないぞ」



 そんな事自分でも分かってますよ! 

 一瞬躊躇したが、本当の事を話す事にする。



「……あの、実はこのコンパスがここに行け、っていうんでここに来たんですよ」



 説明しながらコンパスを袋から取り出す。

 自分で言った事だけど、自分が説明される立場なら絶対納得出来ないお粗末すぎる説明。


 あぁ、絶対納得しないよな……。



「ん?

 待て、その袋をよく見せろ」



 納得したかどうかは保留らしい。

 そして袋に興味を示したようだった。

 もし盗もうとしたらすぐさま取り返す、と考えつつも素直に渡す。



「はぁ、なるほどな。

 青年、城から来たのか」



 その袋を、どちらかというとその袋に施された刺繍を見て納得したようだった。

 しかも俺が何処から来たのかをどんぴしゃで当てている。



「そうですけど、何で分かるんですか?」

「青年は知らないと思うが、この刺繍は国王直属の隠密部隊のマークなんだよ。

 そんなものが刺繍された袋を、を軽々しく誰かに譲ったりなどはせんわい」



 ……隠密部隊?

 いや執事さんから貰ったんですけど、何でだろうか。

 国王直属、という意味は理解できるにしてもそちらが分からない。



「ちなみに夫が隠密部隊に所属していた。

 なので、分かると言った所か。

 その夫も今はこの世にいないがな」



 悲しげな表情も見せずにストレートな物言い。

 なんというかその、男勝りな人だな。


 というか始めの目的忘れてた。



「話は変わるんですけど、ここに泊めてもらう事は出来ますか?

 ちなみにお金の類は全く持ってないです」

「別に構わん。

 どうせしがない老婆が一人で住んでいるだけの場所だ」



 ふっ、と笑いを見せると、そのままベンチのような椅子に座った。

 なるほど、二言は無いですよ?



「ありがとうございます!!」



 全力で感謝。

 やった、寝床が確保出来た!



「部屋は勝手に使え。

 飯は食うか?」

「あ、はい。お願いします」



 どうやら夕食も明日の朝食もつくというのに無料にしてくれるらしい。

 袋、ありがとう。

 君のおかげで僕は生き延びられるよ。

 おばあさんもあざっす。


 しかしこれから先、この袋を見せても今回のように通用する確率は低いだろう。

 というか今回が奇跡だよ!

 それだけは肝に銘じておく。




 ◇




 夕食は老婆特製、肉のトマトらしきもの煮込みだった。

 肉もトマトも俺が食い慣れている味だったけど、トマトは本当にトマトなのかは分からない。

 異世界だし。

 まぁおいしかったのでよし。

 ちなみにコーンスープとパンもついてきた。

 御馳走さまです。


 適当な部屋を使わせて頂き、その部屋備え付きだったベッドの上に今はいる。

 意外と部屋の中は綺麗に掃除されていた。

 暇なのかな?



「さて、一応警戒しておくか」



 ここの老婆だって、もしかしたら俺の寝首を掻きにくるかもしれない。

 そして外敵の侵入を防ぐためにも一つ魔法を使っておく。



「(包む風よ、広がりて守れ)“風の障壁”」



 不可視の風の障壁をこの建物の周りに設置。

 これで並大抵の者は入って来れない。

 そしてもし何者かが通り抜けるような事があれば、俺に直接その事を伝えてくれる。

 これも一日に一度が使用制限。


 だけどこれだけでは心もとない。

 もしも老婆に俺の部屋に入られてしまうような事があれば、いけないのだ。



「(風よ、地に這い蹲らせるほどに下降せよ)“暴走下降気流・(トラップ)”」



 ドアの上辺りに風の罠を設置。

 仕組みとしては並の人間なら地面に叩きつけられる威力の下降気流を発生させる。

 そしてそれをドア罠にする。

 トラップ式の魔法は設置する事ができ、その魔法が発動する条件を指定出来るのだ。

 今回はドアが開いたら、という風にしてあるので、侵入者は俺の元までたどりつけない。


 もし老婆が悪人ではなく、良心から俺の部屋に入って罠に引っ掛かっては困るので、あらかじめ部屋に入らないでください、とだけ言っておいた。

 特に理由も聞かれなかったので、多分肯定なんだと思う。


 服はそのままで、靴を脱ぎ、ベッドに横たわる。

 それでは明日に向けて、おやすみなさい。

 



次回、戦闘。


戦闘、とは書いたものの一方的な殴り合いですね。多分。

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