石の道
「これが、石の道か。どちらかといえば、岩の道だな。」
石の道は、ごろごろとした岩が至る所に転がっており、道とは名ばかりの荒れ地だった。かろうじて、道とわかるような所が切れ切れに伸びている。
自分の背丈ほどある岩をよけ、足元の拳大の石に忌々しさを感じながら、歩き続ける。
「……ん?」
どこからか視線を感じて振り返る。だが、あるのは石や岩ばかりで、人はもちろん、獣すらどこにもいない。
ふと、不自然な陰に覆われて、視線を戻した。
其処には、今にも拳を振り下ろそうとしている、巨大な石塊が目の前に立ちはだかっていた。
考える前に身体が動く。咄嗟に身を引くと、間髪入れずに振り下ろされた巨大な拳が、鈍い風切り音と地響きを立て、硬い地面を難なく砕いた。
たたらを踏みながら体勢を立て直すと、改めて『それ』を見上げた。男の背丈の2倍ほどあろうか、不器用な人間がノミと槌で岩を削ったような歪んだ人型が不気味さを煽る。
ゴーレム。おとぎ話に出てくる怪物がそこにはいた。
驚きと、恐怖が全身を支配した。
これはなんだ?こいつはなんなんだ?
混乱しながらも、すらりと剣を抜き、盾を構え、目の前のゴーレムと対峙した。だが、この重い岩の一撃を盾一枚で耐えられる筈も無い。
そうこうしているうちにゴーレムは距離を詰めて来た。男は、ままよ!とばかりにその剣をゴーレムの腹めがけて振り下ろしたが、ガギン!という空しい音と痺れが手の中に響くだけだ。
「くそっ!」
一度ゴーレムから距離を取ろうとしたが、それは叶わなかった。いきなり左脇腹から胸にかけてに衝撃が走り、男は吹き飛ばされた。暴れ牛が突っ込んできたのかと思うほどに強い衝撃だった。
岩に叩きつけられ、痛みで息をすることすらできない。震える手で鎧を触る。べこりとひしゃげた胴が、さっきの一撃がどれほど強いものか物語っていた。
ごぼりと喉の奥から鉄臭い塊があふれ出し、兜の中からにじみ出た。
ひゅうひゅうと、か細い呼吸だけで精いっぱいの身体に鞭打ち、取り落とした剣を拾おうと必死に腕を伸ばす。だが、無情にも、ごりごりという音は一つではなく無数に聞こえてきた。
霞んだ視界で周りを見れば、周りの岩がぼこり、ぼこりと動き始めていた。
影が、横たわる男に被さる。
自らの頭めがけて振り下ろされようとしている拳を見たのを最期に、男はゆっくりと目を閉じた。
「ああああ!」
この世の終わりかのような悲鳴を上げて、男は起き上がった。息を荒げて、兜を被った頭を狂ったように触る。
「なぜだ……。」
あれは夢だったのか。いや、違う。あの怪物に食らった一撃も、頭を兜ごと潰された感触も確かに残っている。あのおぞましい怪物は、一匹ではなかった。
「う…ぐ。」
そこまで思い出して、酷い嘔吐感がこみ上げて来た。たまらず兜を脱ぎ、背を丸めて道端を汚す。吐いている間、己の身体に怪我すらない事に気づき、茫然とした。
なぜ、私は生きているのだ。
それだけが、頭の中を駆け巡っていた。
胃液を吐きつくし、よろよろと傍に置かれた剣と盾を手に取りながら立ち上がった。
すると、直ぐ下から、あの声がした。
「石の道を行きますか?それとも棘の道を行きますか?」
全身を覆い隠す灰色のローブ。子供のそれなのに、どこか不快感が拭えないその声。そう、ついさっき分かれ道で出会った子供だ。
「貴様、何者だ。」
男は敵意を剥き出しにして、子供を見下ろした。
「石の道を行きますか?それとも棘の道を行きますか?」
だが、子供は全く同じことしか喋らない。男は苛ついたように舌打ちすると、ついに声を荒げた。
「答えろ!」
「迷える羊はただ進むのみ。そして己を見極めろ。」
「何を言っている!」
「何故お前はここにいる。それを思い出せ。」
子供の抑揚のない声が、男の頭の中にこびりつき離れない。
どうして―――
今にも消えてしまいそうな、あの水色の少女の声が聞こえた気がした。