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ロスト・ピルグリム  作者: 片栗粉
10/12

奇妙な騎士

異常なほど闇を恐れるように、松明を掲げながら恐る恐る暗く湿った洞窟を進む。その目は酷く怯え、呼吸も浅く早い。


真ん中の洞穴を進んだゼノは、あれから3回【死んだ】。蜘蛛の化け物こそ出なかったが、至る所に仕掛けられていた罠にかかり、体中を串刺しにされたり、巨大な岩に押しつぶされ死んだ。


まるで通る人間がどこを通り、逃げようとするのか緻密に計算されたかのような、巧妙で陰惨なものであった。


「ない。大丈夫だ。ここは大丈夫だ。」


ぶつぶつと呟きながら、洞窟内を半ば這うようにして進む。必ず何もないか確認しながら進むので、その歩みは酷く遅い。


先刻、落とし穴の罠にかかり、穴の底に仕掛けてあった夥しい数の錆びた剣に串刺しにされた。


すぐに死ねればよかったのだが、運の悪い事に、串刺しにされてから死ぬまでに酷く時間がかかったのだ。その恐怖がゼノを異常な程に用心深くさせていた。


身体を貫通した激痛に、もがけばもがくほど錆びた刀身は半ばで折れ、その痛みが彼を絶叫させた。最期は弱弱しい枯れた声だけが洞窟に響き、絶望の中で息絶えた。


断末魔のごとき悲鳴を上げながら起き上がったその場所は、また分かれ道の直前で。

【生き返る】時には法則があるのか、いつも【分かれ道】の前で生き返るような気がしていた。それが何を意味しているのか分からないが、そんなことはゼノにはどうでもよかった。


あの化け物がいる道、罠の道、あと一つはなにがでるのか。出口につながっているのかすらも怪しいものだ。


夥しい骨に囲まれ、洞窟内を延々と進み続ける。常人なら気が触れてもおかしくはない。だが、そんなゼノも地の底からもう出られないのではないかと、絶望に打ちひしがれる寸前であった。


――誰か、いるのか?


「……!」


暗闇から声が聞こえた。驚きと警戒、そして安堵を少しだけ滲ませて、松明を声の方向へ掲げるが、濃い闇が滲むだけで何も見えない。ここに入ってから初めて聞いた人の声だった。


「ここにいるぞ!おい!そこに誰かいるのか!」


思わず出た大声が、煩いほどに岩壁に反響する。


「ここだ、ここ。」


今度は少しだけ大きく聞こえた。若いのか年老いているのか良く分からないが、良く通る男の声だ。ゼノは注意深くその方向へ向かう。


松明を右へ左へ動かして探したが、声の主は一向に見つからない。


「おい、ここだ。お前の足元だ。」


その声に、ゼノは松明を下へ向けた。すると、一か所だけ洞窟の床面に古びているが、頑丈な正方形の鉄格子が埋め込まれているのが見えた。そこから白い何かがゆらゆらとはためいている。


「うわ!」


それは、白骨化した腕であった。思わずゼノが声を上げる。


「おぉい、逃げないでくれよ。」


慌てた様な声に、ゼノは我に返った。恐る恐る鉄格子に近づく。


「ああ、やっぱりだ。どれくらいぶりだろうなぁ。人が来たのは。はは。」


鉄格子の向うを照らすように松明を向けると、そこには、フルプレートの鎧に包まれた騎士が、先程鉄格子から見せていた白い骨をゆらゆらとその手に遊ばせていた。顔全体を覆う兜の両脇には雄羊の角飾りがあしらわれており、それが印象的でもあった。


「すまんな、驚かせたようだ。」


ゼノを見上げながら、騎士は穏やかに言った。今の状況を悲観したような態度は微塵も見られない。


「き、貴公は……。」


「ん?俺はアルガだ。見ての通り罠に引っかかってな。このざまだ。」


戸惑う様なゼノの言葉に、囚われた騎士、アルガは呑気そうに笑った。


「貴公はいつからここに?」


「さあて、それがわかれば苦労はせんさ。そういえば、お主の名を聞いていなかったな。」


ゼノは慌てて非礼を詫びた。こんなところに鎧姿の騎士がいるとは思わなかったため、つい不躾な質問をしてしまったと後悔した。度重なる悪夢のような出来事に絶望しかけていたゼノに、一筋の光が差した。


「それは失礼をした。私は……ゼノだ。」


その名前を口にするのに、喉に引っかかった小骨の様な違和感を覚える。いまだ自分の名前すら分からないのに、仮初の名前を他人に告げる事がゼノを躊躇わせた。


「そうか。ゼノ殿。すまぬが、ここから出してもらえないだろうか。そこに錠前か何かないか?」


松明をかざして周りを見るが、それらしいものは見当たらない。代わりに不自然に盛り上がった岩に、丸い穴が開いていた。その中には不思議な形の紋章が彫り込んである。


それを告げると、アルガは暫し思案したように黙り込むと、ゼノを見上げた。


「おそらく、特定のカギでしか開かないようになっているのだろう。この先に、この洞穴の主がいる。恐らくカギを持っているはずだ。」


「洞穴の主……?」


「この洞穴内の穢れた者共を束ねる主よ。そいつを倒さぬ限り、この洞穴からは出られん。」


「そんな……。」


あの恐ろしい蜘蛛の親玉、それを倒さない限りここからは永遠に出られない。それを聞いてゼノは目の前が真っ暗になった。だが、アルガは気にせずゼノの腰のランタンを見て興味深げに問いかける。


「巡礼の標を持っているという事は、貴殿は【巡礼者】か。ここに来るまでにさぞや険しい道であったろうな。」


ここまで来れたのも、貴殿の折れぬ心とそれに見合った実力の賜物だろう。とアルガは感心したように頷いた。


「いや、私は……ここまで来るのに幾度【死んだ】か分からない。無様に逃げたりもした。そして、もう死ぬのが恐ろしい。恐ろしいのだ。」


「はは。死ぬことは誰しも恐ろしいものだ。たとえ名の知れた騎士であろうとも。だが貴殿は逃げずにここまで来たではないか。」


ゼノは驚いたようにアルガを見た。沈黙の中でぱちぱち、と松明が炎を弾かせた。


「まあ、無理にとは言わぬ。俺を助けるのも、助けないのも貴殿の自由だ。」


そういうと、アルガはごろりと仰向けに横たわった。こんな所で寝転がるとは随分と豪胆なのか、単に図太いだけなのか、とゼノは呆れたようにそれを見つめた。


「だが、私がこのまま逃げたり、死んだりしたら、貴公はどうする。いつまでもそこで待つというのか?」


「さあな。貴殿が来たのだ。いつかはだれか通りかかるであろうよ。そうでなければ俺はここで此奴らと同じく骨になるだけだ。」


飄々とアルガが言った。掴みどころのない奇妙な男だ。だが、ゼノはここでアルガを死なせるのは惜しいと、なぜか短い会話の中でそう思うようになっていた。

自分の命でさえ危ういのに、そんな事を考える等、正気の沙汰ではない。とゼノは思った。


この異常な世界で久しぶりに人間と出逢って、感情が昂っているのだろうか。もしくはこの奇妙な騎士が醸し出す雰囲気のなせる業なのか、それはゼノにもわからない。


だが、ここで彼を見捨てて行けば、これからずっと孤独な道程を歩き続けるのだ。


これは決して純粋な善意ではない。と、ゼノは心の中で自嘲した。


「必ず、戻ってくる。だから待っていてくれ。」


「おお。それはありがたいな…… そうだ、これを持って行け。」


アルガが何かを放り、慌てて受け取る。手の中にあったのは、拳大の丸い石だった。赤褐色でてらてらと光沢を放っている。


「それはサラマンドラの胆石だ。良く燃えるぞ。いざという時に使ってみろ。」


どう使えば……?と聞く前に、アルガはごろりと横になり、いびきをかき始めた。やはり図太いだけなのだろうとため息をつくと、洞穴の最深部、洞穴の主がいる場所を目指して歩き始めた。



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