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GOD EARTH  作者:
第一章 生
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Episode02 Eren Brando -白き運命の少年- (1)

 頭を抱えている智也をよそに、マリアはさっさと窓から外へと出ていってしまう。置いて行かれるとまた閉じ込められるのではないかという不安に押されるように、智也は窓から外へと転がるように出た。窓から踏み出すことに一瞬、背がぞくりと震えたが、びくついている智也の足は空中で無くしっかりと大地を踏みしめた。足元には青々とした草が生えていて、コンクリートも土も見えない。顔を上げればそこには草原が広がっていた。視界に入る草原は確かにゲームなどで見る映像などと違い、風に吹かれては緑色のカーテンが波打つように揺れている。その光景に圧倒されてしまい、言葉も出ない。何分、都会で暮らしてきた智也は見渡す限りの草原はもちろん、山でさえ実際に上ったのは小学校の遠足の時くらいだ。こうして考えてみると、ずいぶんと自然に接することなく生きているんだということを実感する。吹き抜けていく風に草の香ばしくみずみずしい匂いが混ざり、自分の置かれている状況も忘れて深呼吸を何度も繰り返す。だが、そのまま振り返った瞬間、目の前にあるはずの智也の部屋の窓がなかった。どこを見回しても、遠くに山とそのふもとに町のようなものが見えるだけで、智也の家などどこにも見当らない。


「どうなってるんだ、僕の家が消えた……」


 放心して吐き出した言葉に、智也の隣で風を受けながら体を伸ばしていたマリアが答えた。


「消えたんじゃないわ。最初から無かった。強奪者(スナッチ)が飛び込んでいかなかったら、わたしだって気づかなかったでしょうね」

「でも中からは出られなかった……。つまり、マリアが来なかったら永久に、あの家の中に閉じ込められていたってこと……」

「まあ、そうなるわ。あんた……カミサマに相当嫌われてるみたいね」


 冗談ぽく笑ったマリアに対し、智也はひきつった顔しか浮かべられなかった。カミサマに嫌われるようなことは何もしていない、というよりそもそもの話今までカミサマなど意識して生きたことなどないのだから。


「でもまあ、運だけはいいと思うわ」

「あぁ、うん。それは自分でも思うよ」


 取ってつけたようにマリアが慰めれば、智也は息をついて頷いた。

 マリアが宿を取っているという町は家のあった場所から十数分歩いた場所にあった。さきほど遠くに見えていた山のふもとに栄えている町らしい。遠目ではきちんと確認できなかったが、近くに寄ればその町はまさに映画で見るようなファンタジーな造りになっている。石の壁がぐるりと町を囲い、門こそはないが入り口となる位置にはアーケードがかかっている。顔を上げてアーケードを眺めると、不思議なことにそこに書いてある文字から、ここがアランという町であることがわかった。英語ともちがうフランス語とも違う、当然日本語でもない。だが、確かにアランと書いてある。読めるのではなくぼんやりと頭に浮かぶように理解する、という方が正しいだろう。

 これもカミサマの計らいなのか、これなら言語に不便はない。まさにファンタジーなのかゲームなのか、本当に今いる場所が現実なのかと疑うたびに、肌を撫でる風が今が現実であることを知らしめてくる。ため息をついて鳥が横切る空を眺めていると、マリアが急かすように声をかけてきた。


「智也、早くして」

「わかった」


 人が多く行き交っているわけではないが、歩く人々はみんな穏やかな日々を過ごしているのか、優しい笑みを浮かべてマリアへ声をかけたり、会釈したりしている。マリアはここの町にだいぶんなじんでいるらしい。その後ろから金魚の糞のようについていく智也へもみんな挨拶してくれる。それにあわただしく会釈を返しながらレンガの敷きつめられた道を踏み締めて進んでいく。まっすぐに伸びたレンガ道が続き、その奥が広場のように開けている。その広場には噴水があり、皆の憩いの場となっているのだろうか、子供が走り回り、朗らかな笑い声が響いている。その先は行き止まりになっており、ここからでも目視できるほどに小さな町だった。


 その広場へ行く前に一角の、道と同じくレンガ造りの店へマリアが入っていく。中へ入ると、外のちょうどいい気温に対し、むわっとした人が密集している空気が迫ってきた。その空気と人の喧騒に押されながらも受付へと向かう。木でできた簡素なカウンターの中には男が1人。その奥には厨房が見え、男の指示に合わせて、ウェイターがあくせくと注文の品を運んでいる。どうやら飲み屋らしい。薄暗い照明の中でも、元気のよい女性が手際よく、料理や飲み物を運び、注文を聞いて店を回している。


「宿屋はここよ。言っておくけど……部屋は別にしてもらうから」

「僕……お金ないんだけど」

「ゲームの参加者は無償よ。カミサマも太っ腹ね。右の手首に刺青があるでしょ。それを見せるの」


 マリアが袖を捲って智也に見えるように差し出す。確かに右手首に一周ぐるりと赤い線のようなものが入っていた。有刺鉄線のようなその赤い刺青を確認しようと自分の手首を見れば確かにその刺青は智也の右手首にも入っていた。自分の身体に烙印を押され、刺青を入れられ、自分の身体を好き勝手された複雑な心境で手首を睨む。


「これを見せるの」

「有刺鉄線みたいだ。……なんだろう、拘束されているみたいで気分悪いな」

「本当ね、カミサマも洒落たことするわ。ホービー、ただいま」


 マリアが受付で忙しそうに指示を飛ばしている男に声をかけると、朗らかな笑みを浮かべた男が振り返った。


「マリア、おかえり。もう1泊か?」

「えぇ、しばらく滞在する。あとついでに新人も拾ってきた。優しくしてあげて、智也よ」

「よろしくお願いします」


 マリアの紹介を受けて男の視線が智也に向く。マリアに習って自分に刻まれた赤い刺青が見えるようにしながら会釈するように頭を下げると、トントンと肩を叩かれた。だが、智也よりも大柄な男の叩く手は力強く、その力に押されたようにふらついた智也をそのがっしりとした手で支えてくれる。顔を上げるとにぃっと男が笑っていた。まだそこまで老けているようには見えないが、白い歯の中にある一本の金歯が目立つ。だが、ふさふさと元気な茶髪が金歯と相反して若さを表しているようだ。


「俺はホービーってんだ。よろしくな、新人。ここでゆっくりしていけ。ところでマリア、エレンは……」


 挨拶を返す前に再び視線がマリアに移る。実に忙しない男だと思いながら、初めて聞く名前に智也もマリアを見た。マリアはホービーを見上げて小さく頭を振った。それを見て先ほどまで笑顔だったホービーの顔からも笑顔が消えてしまう。


「見当たらない。また明日探すわ。でも今日追いかけた強奪者(スナッチ)は何も奪っていなかった」

「そうか。マリア、悪いことは言わねぇからよ、エレンは放っておけ。今のあの子は誰にも救えねぇ。力がねぇんだ、力がねぇ奴は潰される、それが自然の摂理だ」

「そうだけど……」


 強気なマリアの顔が一瞬にして曇る。


「マリア、エレンって……」

アラン(ここ)にいる子どもよ。数日前、強奪者(スナッチ)魂の欠片(チェイン)を奪われたところを見かけたんだけど、何処かに行っちゃって。魂の欠片(チェイン)を取り返そうと思ったんだけど……」

「それでマリアは強奪者(スナッチ)を追いかけていたのか」

「とりあえず……しばらく滞在するから今の内に町を見て回って刀振る練習してなさい、サムライみたいに」


 マリアが疲れたようにひらりと手を振る。歩き出したマリアの姿は混み合った酒場の人混みを縫うようにすり抜け、2階への階段を上がって消えた。


「とりあえずお前も休め、智也。ほら、これ鍵な。シャワーはそっちの扉、腹が減ったらここに来たらなんか出してやる」


 ホービーに鍵を渡される。簡単な説明を頷きながら聞いていると言い終えた直後、彼は再度智也の肩を叩いた後、そそくさと仕事へ戻って行った。

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