(7)
「それは、僕が聞きたいよ……」
「……そうね、あんたは何も知らないんだから聞いても仕方ない。とりあえず、ここであんたの武器を見つけたら町へ戻るわよ。こんなところで一夜を過ごすなんてごめんだわ」
小さくため息をつきながらマリアが再び部屋を探し始めた。その様子を見た後にその部屋を一番理解している智也も探そうと、手始めにクローゼットへと向かう。だが、その扉と向き合ったとき、なにを探せばいいのか、という疑問にぶち当たった。
「あの、……マリアさん。武器って、どんな……?」
「わからない。でもあるはずなの、なにか武器になるようなものがここに……」
「わかった」
漠然としたマリアの答えにいまいち探すべきものをイメージできないまま、クローゼットを開いた。中には綺麗に整頓されたたくさんの衣装ケース。そして、並べられた卒業アルバム。それらが目に入ると、言い知れぬ不安に再び襲われ、智也は一瞬探す手を止めた。
だが、黙っていては迫り来る不安に動けなくなってしまいそうだと心を奮い立たせて再度探索を始めた。だが、視線は必死にアルバムを避けているのがわかる。今これを開いてしまえばきっと、智也の心は折れてしまうと無意識に思ったのだろう。
探索を続けて数十分、武器になるようなものと言われても、先ほど持って行ったバットくらいしか思いつかない。モデルガンも竹刀も何もない。クローゼットの中は探索し尽くしたが、出てくるのは智也が昔使用していた服やおもちゃばかりだ。
なんの収穫も得られずため息をつきながら扉を閉じると、背後で何か嫌な音が聞こえた。テレビで聞いたことのある、鞘から刀を抜くような……。
振り返った瞬間目の前にあったのは日本刀の切っ先だった。
悲鳴をあげて飛びずさると、どんと背中がクローゼットにぶつかった。それを追い詰めるようにマリアが日本刀を持ったままにじり寄ってくる。喉がつまってしまったように声が出てこない。がくがくと足が情けなく震え、恐怖で顔が引きつっているのが自分でもわかった。
「ちょっと、何してるんだよ……冗談はやめてくれ」
「わたしもあまりしたくはないんだから、あんたもおとなしくして」
後ずさりながらなんとか逃れようとするも、それが仇となり完全に角の壁に追い詰められてしまっていた。そんな智也に大人しくもなにもない。すでに逃げ場はどこにもなく、にじり寄るマリアに震える歯がカチカチと音を立てるだけだった。本当にしたくないと思っているのか、疑いたくなるようなすがすがしい顔でマリアが刀を引く。
来ると思ったその瞬間、体が反射的に体が動き、刀は屈んだ智也の頭上の壁に突き刺さった。
遠慮のない舌打ちがマリアからこぼれてくる。
「おとなしくしてって言ってるでしょ?!」
「できるわけないだろ!」
押さえつけるようにマリアの足が智也の足を踏みつける。
足にかかる力からマリアが本気で手にしている日本刀で刺そうとしているのがわかり、智也はめいっぱい力を込めて足を掴んだ。死にたくない思いで精いっぱいの智也には今、マリアの足を力いっぱいどかせることしか頭になかった。不利な体勢でも、一応幼少期には野球をやっていた男なのだ。女に力で負けるはずがない。
そう、力なら。
だが、結果としては切っ先はあっけなく智也の心臓を貫いた。
マリアに真剣を振り回す力があったのかと疑う間もなく、素早く反応したマリアによって刀はあっけなく智也の心臓を貫く。肉にのめり込む刀の感触に痛みで悲鳴をあげる前に智也の視界は暗転した。
「いつまで寝こけてるわけ? 早く起きなさいよ」
死んだと思っていた暗闇の中でイライラのにじみ出る声が降ってくる。つい最近知った少女の声だ。そして智也を死に追いやった張本人。智也がうなった瞬間、わき腹に硬いものがめり込み、勢いよく目を開ける。そこはまだ自分の部屋で、目の前にはマリア。自分が意識を失っていた原因がわからずおぼろげに辿っていった瞬間、智也は身体をべたべたと触り、傷や血の跡がないかを確かめる。それらはどこにもなく、痛みもない。そしてついでに言うとあの日本刀も見当らない。あるのは脇腹に食い込んだブーツの痛みだけだ。
わからないことがあればわかる者に聞くのがいい。
「どうなってるんだ…?」
不安げにマリアを見上げると、何言ってるの、といいたげな顔で見下してくる。そして一瞬考えたのち忘れていたかのように相槌を1つ打ってようやくまだ寝ころんだままの智也のそばへとしゃがんだ。
「武器の継承よ。武器に血を吸わせるの。これでこの武器があなたのものであることをあの刀に認識させる。そうすれば武器は体の中へ消えるように出し入れ自由になって、重さもあんたに合ったものになる。出したいときに武器を思い浮かべると、」
こうして出る、という言葉と共にマリアの手には先ほどみた大きな鎌が握られていた。マリアの理解できた?という顔に、無理やりに何度か頷く。正直もはや智也の理解できる許容量は超えていた。へぇ……としか言葉が出ない。こんなことを目の前で見せられてはもはや自分がゲームに参加している罪人であることを認めるほかなくなってしまった。
マリアはようやくここを出られる、と喜びを露わにしている。その後ろ姿を見ながら、いろいろ助けてくれた恩人にいうのもなんだが、と思いながらも智也は「マリアさん」と声をかける。身体を伸ばしていたマリアがその腕をあげた体勢のまま振り返った。
「マリアでいいわ」
「じゃあ、マリア……1つ気づいたんだけど。血を吸わせるだけなら、なにも殺そうとしなくてもいいんじゃないか」
そう尋ねたとき、マリアの口がにぃっといたずらっぽく弧を描いた。まるでアリスの物語に出てくるチシャ猫のような笑顔だ。
「何事にも演出は必要でしょ?」
軽くそういってのけるマリアに、智也はもはや怒ることもできずただ頭を抱えるしかできなかった。